私の、委任状のコピーであったか本書であったか、つけてやっておると思います。従って私自体も、私の気持でございますけれども、立川の委任を受けて、委任状に基いてやったという考えでしたのであります。
私の、委任状のコピーであったか本書であったか、つけてやっておると思います。従って私自体も、私の気持でございますけれども、立川の委任を受けて、委任状に基いてやったという考えでしたのであります。
そのときには私はたしか委任状を渡して、個人でサインをしたように覚えているのでありますが、私の手元に何がございませんので、ちょっとその点……。
あのときには私が委任状を持ってきておりまして、今まで手紙が来ておりましたサインと照らし合せまして、絶対間違いないということがわかったものでございますから、その委任状を私はとらなかったわけでございますけれども、一応私の方が受け取る立場であったものでございますから、私はサインをここにしろといわれてサインをしたような形になっておるわけであります。
その問題は、私がそういう話をいたしましたときに、立川としては期限も切れておるし、あなたの方には委任状も何も渡さないからということで、私はそのときに初めて立川からこの問題についての権限を剥奪されたといいますか、処理をまかされておったことを取り消されたようになりまして、結局それでその契約は破棄してしまったわけであります。
それは私の方のライセンスの写真のコピーが東方貿易行にいっておりますから、そのナンバーが全部入って、そのナンバーに基いてこれを持ってきたんだということが書いてあったのであります。ライセンス・ナンバーは全部入っていましたが、ライセンスのコピーはついておりませんでした。
このライセンスの延期の問題でございますね。
ちょっとお聞き下さい。延期の問題が重要な問題であるのでありまして、一度目延期をいたしましたときに、これ以上延ばすことはできない、しかしながら向うが砂糖を積み出した場合には延期をしてもいいということを通産省は言っておられたわけであります。従ってその当時これの延期をしてもらいたいということを頼みに絶えず日参しておったことは事実なんであります。だから私は何を対象にということを言われると非常に困るのでありますが、当然延期をしてもらえるものだと思っておったのであります。
延期の場合、しろうとの場合はわからないとおっしゃいましたが、延期ができるということは砂糖の業界のどなたに聞いても言っておられたわけです。くろうとが大ていそういうことをおっしゃっておられたわけです。
私も期日のことをはっきり覚えておりませんが、ライセンスが切れてから向うを積み出しているでしょうか、もう一度その何を調べていただきたいと思うのであります。少くとも積み出しの何は一日や二日の差はあったかもわかりませんですが、ライセンスの有効期間中にすべての手続は行われていると思います。こちらに着いたのがおくれたのではないかと思うのです。
その当時は毎日のように私は通産省に嘆願に参りまして、通産省の中でも延期ができるだろうという空気を私は感じておったのであります。それと、今までの慣例上積み出した場合には延期ができるということを言ったのは砂糖の業者の各商社でございます。そういうような輸出入をやっている砂糖のセクションの連中にも私は聞いたのであります。そういう方々も、もし入らなければ困るのであるから、もう計画に乗っているのでありますから、延期をするということに対しては認めてもらえるだろうということを絶えず言っておったのであります。
今百万ドルを支払わなければならないということをおっしゃいましたが、そんな必要は全然ないのであります。
この延期はそのとき初めての問題ではなかったのであります。二度延期したのでありますが、一度目の延期のときも、われわれが想像するよりももう——砂糖もそのときはまだ全然動いていないわけなのであります。保証の問題でごたごたしているから、もう一回延期してもらえないかということで、非常に簡単に延期をしてもらったわけなのであります。従って私は、もちろんこういうことについての経験は初めてでございますし、延期というものは実際に輸入計画に入っているものの物資でありますから、これを延期するのは当然でないかというような考え方をしておったわけであります。
それは周さんが持って来まして、これは延期ができないものですから、非常にやきもきしておった当時のあれで、これにサインをしろということを言われて、半ば私は強制的にサインさせられたような形になっておるのです。
これはメモ的なものでございまして、私の方には別にサインをしたものをとってないのであります。私がサインをして渡したのであります。
その前後か同じころだったと思うのですが、これは絶対延長しないということを通産省からはっきり申し渡されたのがその前後だったと思うのであります。それから周さんは私に対してもちろん会おうともいたしませんし、新しい何かの形に処分すべく、いろいろ狂奔しておられたように私は思うのでありますが、それから連絡は全然ないのであります。
それはあくまでライセンスが的確になっての前提条件になっておるはずであります。延長がきかなかった場合は、この砂糖は一応通関も何もない外国の貨物でありますから、私の方はさほど責任を感じる必要はないと思うのであります。
それはライセンスをもらう、通産省のライセンスが最初に出た前後でございます。それは保証書が入って初めて通産省がライセンスを切ったのであります。
当時は立川氏はたしか本社の研究所の方におったと思うのであります。従って私としては円満にこれを取るということについては——立川氏は現在はどうか知りませんが、その当時は全面的に私にまかしておったわけであります。だからそういう了解といいますか、基礎の事項は特許を渡すことに最後はなるわけでありますから、それに逸脱したやり方に対してはもちろんいけないわけでありますが、それ以外のことであれば何も相談をする必要はなかったわけであります。特に立川氏は砂糖ということは全然わからない人でありますから、そういうことに対してできるだけタッチもしなかった状態でありますから、あえてそういう相談をしなければならないという状態ではなかったわけでございます。
もう一度相済みませんが……。
私はライセンスが切れるまでの間は絶えず——ここに証人にお立ちになっていました日比野農水産課長や何かから、あれをどうするのだということで、砂糖を取ることについては非常に責任を感じておったわけであります。どんなことをしても砂糖を取らなければいけない。それは私は十分責任を感じておったわけであります。