いや別に弁明もいたしませんが……。
いや別に弁明もいたしませんが……。
ええ。
私これも何と申し上げていいか、私どもが特に安くしていただきたいということで裏面工作をし、また私自身がお役所の方にお会いして、そういうような値段にきまつたとしますと、私ども国家に対して相済まぬと考えますけれども、私といたしますと、お役所の皆さんのお顔も存じませんのですから……。
そういうことなんです。
そういうことでございます。
場所でございましようか。
場所は存じております。
それは最初の私ども買おうとして買えなかつた分でございましようか。それともあとで払下げを事実受けた分でございましようか。
申し上げます。最初の分は土地一千百十二坪五合六勺です。それから建物は二階建の建物で延べで八十坪一棟……。
これは当時、先ほどお話の中にもありましたように、私どもの投資会社の太洋自動車株式会社との間に——間と申しましても、秋葉原支店が名前を借りたものによつて、この契約ができております。
これは太洋自動車株式会社の名前を借りたのでありまするが、事実は日本通運の秋葉原支店との契約であるということでございます。
太洋自動車株式会社と聖十字学園との間の契約でございましようか。
契約書は今持つておりませんが、あるいは契約書がありますかどうですか。こういう内容でございます。昭和二十四年四月二十五日に約束しましたのが、太洋自動車と聖十字学園の間でございます。事実はこれは名前を借りただけですから、日本通運秋葉原支店で、先ほど申し上げたように土地が一千百十二坪五合六勺、一棟八十坪ですが、支払い条件は契約と同時に三百五十万円を聖十字学園へ払つて、それから所有権の移転登記がなされたと同時に残りの七十二万七千七百二十八円を支払う、こういう契約内容でございます。そうしまして二十四年四月二十五日に三百五十万円払いまして、それからその後に幾つかに分割いたしまして、残りの七十二万七千七百二十八円を支払つております。従いまして移転
はい、そうであります。
はい、そうであります。
これは申し上げますが、国家の地所であるということは承知しておりました。従いましてまた聖十字学園の所有でもないということもはつきりしておりました。ただ聖十字学園といたしますと、三百五十万円の支払いをすれば、あとは——これは聖十字学園と役所との契約書の内容にございますようですが、三百五十万円を第一回に払い込め、あとは延納を順にして行けばよろしい、こういう契約であるようでありまして、それが聖十字学園の名義に移るから、そこで日通と契約の内容のものは日通へ引渡す、こういう約束であります。
それは当時もうかつでした。秋葉原の店とすると調査をいたしませんでした。
はあ、そうでございます。
そこで私どもも、聖十字学園の当時渡辺、磯川両氏と、秋葉原の店も支社に対しても本社に対しても申訳ないというので、必死になつて追いかけまわしたようですが、もう居留守を使われる、ぬらりくらりで、どうにも相手にならない、一箇年以上も過ぎ去つている事実なんで……。そこでその後に磯川をつかまえまして、厳談いたしましても、これだけはどうにもならなかつたということであります。
そこで私どもも会社といたしまして三百五十万円、そのほかに……。