大体そうだと思っておりますが、中には、コンベア社のように、直接何か郵便で舞い込んできたようなものもございます。
大体そうだと思っておりますが、中には、コンベア社のように、直接何か郵便で舞い込んできたようなものもございます。
私の方としましては、大体あそこの防衛局を通じて、あるいは装備局を通じて借りておったわけでございますから、そのどちらかだったと思います。
諸元比較表と申しましても、ちょっとわからないのですが、どういう……。
その大蔵省主計局の文書の件につきましては、前回も御質問がございまして、たしか私の方の山中政務次官が調査をしますということでお答え申し上げたのでございますが、その後調査いたしましたら、私の方にございました。これは、日付が実は三十一年の四月の十三日ということになっておったものでございますから、今まで三十一年度の書類のフアイルを探しておったのでございますが、このフアイルにはなかったわけです。三十二年度のフアイルを見てみましたら、そのちょうど御指摘のF86、1〇〇それから104の比較したものがございまして、それがあったわけでございますが、これは、ほんとうのことを申し上げますと、大蔵省で中身を作ったのではなくて、天川氏が当時——これは、日付が
はっきりした記憶はございませんが、私も、その当時主計官として話を聞いておりまして、私がおそらく頼んだんじゃないかと思うのでございますが、ただ、それが参りましたのは、私が向うに行ってからなものでございますから……。じゃ、天川氏の作った文書になぜ大蔵省と書いたり、あるいは極秘の判を押したかという御質問が当然あると思います。これは、当時あまり世間にも広がっていない話の結果のデータをまとめたものでございますし、先生自体も、あまり公けにしないように、部内限りにしてくれというふうなことをおっしゃられて、事務の補助者が極秘の判を押して——これは、手抜かりでございますけれども、大蔵省が複製の労をとったという意味で、大蔵省と書いたんじゃないかと私は推
文書で頼んだかどうか——私、先ほど申し上げましたように、どうも私が頼んだのではないかという程度の記憶で、当時国防会議事務局に転任する際でございまして、あるいはそのまま言わずに行ったのかもしれません。あるいはその話を聞いておったときに、話だけじゃ断片的でよくわからぬから、まとめてくれまいかというふうに言ったんじゃないかというような気もしますが、だいぶ前のことでございますから、ちょっと記憶がないのでございます。
私が三十二年の四月五日に主計局から国防会議の事務局に参りましてから、あの書類が出てきたわけでございますから、その後どういうふうに扱われたかは、私は知らないのでありまして、それは、想像するにそういうことではなかろうか、ということを申し上げたわけでございます。
別に、天川氏に渡してくれと頼んだというよりも、そういう書類が出てきたのは、私が国防会議の事務局に参りましてから、あとで知ったわけでございますから。私のあとの防衛関係の係としては、おそらく天川氏から原稿をもらって、それを複写したわけでございますから、原稿を渡すべきところを、複写したものを返したのではなかろうか、かように考えております。
中身は天川氏の作られたものでございますが、それを、一応形式的にも極秘の判を押し、大蔵省と入れたからには、形式的にはそういった極秘文書の扱いをとろうじゃないかというなにが、むろんあったと思いますが、そもそも原案を作られた方に原稿を返すべきところを、原稿がきたなくなったものでございますから、写真版にとった分をお返しして、その他は部内限りということで、そういう意味で極秘の判を押した、そういうふうに考えております。
先ほどから問題になっております大蔵省主計局の極秘の判の押されました文書の中身は、天川氏が作られたものでございます。
先ほどの書類につきましては、私が離任後の書類でございまして、どういう経緯でそれが作られたかについては、その前に、たとえばF86とか1〇〇とか104とかの性能の断片的な比較なり、性能そのものについては、ときどき話は聞いておったわけであります。それは、予算の査定なり、防衛担当の主計官として当然知っておくべき知識でございますから、聞いておったわけでございますが、ただ書類で出てきたものについては、私の離任後でございまして、どういう経緯で作られたかは、はっきりしないのです。私としては知らないのです。
私が出ましたあとで事務をやっております者から聞いたのであります
田中主査でございます。
ときどき飲んだことがございます。
先ほど問題になっておりました大蔵省主計局の極秘文書というのは、これは機種決定の問題が正式に国防会議で取り上げられる前に、われわれが事務の参考のためにもらったような格好になっておるわけでございまして、天川氏に十万円の調査委託費を出しまして、国防会議の事務局で機種の性能比較の考え方について委嘱をしましたときのなにとは違うわけでございますが、天川氏にお願いしたのは、どういうふうな考え方に立って次期戦闘機の性能を比較するか、というふうな点を重点にして作業を願ったわけでございます。たとえば、各会社のデザイン・ブックをわれわれがながめておりますと、戦闘機の重量が何ポンドと書いてございますが、これは燃料を何ポンド積んたときの、あるいは兵器として何
次期戦闘機の性能を決定するための会合というものは、天川氏とは持ったことはございません。
主として次期戦闘機の関係は私がやっておりましたから、私が天川氏のところをおたずねしたり、あるいは役所に来ていただいて、議論したことは数回あるわけでございます。
天川氏と主として接触しまして話を聞いたのは、多分私が非常に多いと思いますが、あと、どういうふうに考えるべきかというような点になりますと、それは部内の参事官とか、あるいは部外におります兼任参事官を加えました参事官会議あたりでも慎重に検討しておったわけであります。
契約書の中身がどういう定め方をしておるか、私は前回申し上げましたように、現物を見ておりませんから、わかりませんが、そういう趣旨で先生にお願いをしておったと思います。
別に各会社のデザイン・ブックを天川氏に差し上げた記憶はないのでありますが、天川氏も軍事評論家であると同時に、軍事情報については非常な資料を持っておられるようでございますから、方法論をやるためには、別に最新の資料が全部要るということではなかったように思います。