宮田氏は、最初から、秘書の宮田ですと言って、役所にも来られたことがございましたから、よく承知しております。
宮田氏は、最初から、秘書の宮田ですと言って、役所にも来られたことがございましたから、よく承知しております。
宮田秘書と宴会場で何十回と会ったということは、絶対にございません。
堀田参事官は、現在も国防会議事務局の参事官でございますが、筆頭参事官としてずっと総務的な仕事をやっておられますし、それからこの前の証言でも申し上げましたが、参事官はオーバーラップで仕事の分担をしているものでございますから、いろんな仕事に携わるわけでございますが、堀田氏は警察の出身の方でございますから、そういった方面の観点からの仕事を主としてやっておられたようでございます。それから船後氏は、防衛庁、現存は防衛庁の中に調達庁が一緒になりましたから、防衛庁と調達庁の仕事を担当している主計官でございます。それと国防会議事務局の兼任の参事官でございます。
間接侵略等の問題でございます。
侵略を分けて直接侵略と間接侵略とございますが、直接侵略でない部面の侵略でございます。
従来の諸外国における革命の様相と申しますか、そういったものとか、革命の起る要因とか、そういったものの研究をされておったこともあるようであり戻す。
当時は天川氏と親しいつき合いで、相当回数飲んだわけでございまして、公務員としてちょっと飲み過ぎたという点で謹慎しておるわけでございますが、当時、別に業者から実質的な負担がなされておるというふうには全然考えなかったわけでございまして、その点につきましては、ずっと、この前、いつでございましたか、証書に呼ばれたときまで、そう考えておったわけであります。その後、委員の御質問で、金の出どころはどうだということでございましたから、その後天川氏にお会いいたしまして聞いたときに、おれが払ったやつのほかに、実質的には三洋に大部分持ってもらっておるというふうなお話を承わったわけであります。
当時はそういうことは全然考えなかったわけでございます。
天川氏から伺いましたところでは、私が払ったほかに三洋電機が大部分だ、一部ほかに会社があるんだというようなことを伺いました。
妻の弟のところから買ったわけであります。
同番地でございます。
扶桑建設という建設会社でございます。
先ほども申し上げましたように、十九坪余りの建て増しと既存の家屋の大部分の改修と合せまして二百万円でございます。
土地の百五坪のうち百坪分は、だいぶ前の昭和二十四年でありまして、たしか坪当り千円前後のものだった。あと四坪何勺を、これは区画整理の意味で買ったのでありますが、そのときには時価一万円かそこらじゃなかったかと思います。家屋につきましては、先ほど申しましたように二百万円でございます。
だいぶ前の話でございますし、それから国防会議でお願いしました講義、講演の前半は、一年間の分は、私は出ておらないのでございまして、わからないのでございますが、私が出まして以後の分につきましては、国際情勢の関係のトピックが多かったような気がいたします。そのほかに人工衛星なり、ICBM、IRBM、そういった最新の、あまり日本にないテーマについて先生のお話を聞いたような気がいたします。
謝礼と申しましても、これは科目の上で二つから出ておりまして、一つは例の調査委託ということで、謝礼とかなんとかいう今問題になっております分で、これがたしか十万円であります。そのほかに月々一回なり二回お話を願っておったような次第でございますから、その分に対しては一回幾らというふうなことで払われておっただろうと思いますが、その点につきましては、私は経理担当でないからよくわからない、そういうふうにお答えしたはずなんでございますが……。
堀田参事官でございます。
その諸元比較表というものは、おそらく大蔵省の書類かと思いますが、それはむろん国防会議に出されておりませんし、それから天川氏が作られた文書で国防会議に出されたということはございません。
国防会議じゃなくて、今の御質問のなにでございますと、おそらく国防会議事務局かと思いますが、事務局でもそういうBM何年計画というものは、私は見たことがございません。
見たことはございません。