正課並みの扱いというのは、具体的にどういう扱いをするわけでありますか。
正課並みの扱いというのは、具体的にどういう扱いをするわけでありますか。
拝見いたしますと、年間十二時間ないし二十時間の時間をさいて交通教育というものを正課並みに扱わせようと考えておるという見解の発表のようでございますけれども、年間十二時間ないし二十時間、月に直せばせいぜい一時間ないし二時間程度だと思うのです。このような時間のさき方で、はたしてそれが正課並みの扱いと言えるのかどうか。また、このような時間のさき方によって、いまや人命を尊重すべき一番重要な問題である交通安全の問題を小学生や中学生に十分教育することができるとお考えなのかどうか。
いま文部省がお考え程度の教育体制であるならば、すでに自発的に各学校においてこの時間程度をさいてやっておると思います。あらためて文部省が交通安全を正課並みに扱おうというからには、さらにもう少し積極的な姿勢がなければ、これは文部省としての刮目すべき発表だとは私は言えないと思う。特に現在すでに小学校や中学校からは、交通安全教育が正課でないために十分な時間がとれないということを申し出ておりまして、そういうことを背景として文部省が踏み切ろうとなさるからには、いまの答弁ではいささか所期の目的を達成するのにはその体制が十分でないように思うわけなんですが、さらにひとつ……。
いずれにしても、今後こういう交通安全問題を正しく子供に教えていくためには、それを教える指導者、先生方の教育というものが、非常に重要な課題になってくると思うのです。したがって、小学校や中学校だけで交通安全教育を正課並みに扱うということよりも、むしろ教育者となる人たちに対して、もっと徹底した交通安全を指導し得る能力を与えるということが先決問題になってくると思うのでありますけれども、そういう点についてまで文部省はお考えになっているのかどうか、お伺いいたします。
特に小学生、中学生に対してこの種の教育を行なっていく場合に、警察官をこの指導の側に充てると申しますか、警察官も一緒にこの小学校、中学校の中でこの種の教育を手伝わせるという考え方をお持ちになっているかどうか、伺いたい。
次に、義務教育の問題について少しお伺いをいたしたいのでありますけれども、憲法で保障されておりますとおり、義務教育はこれを無償とするということには定められておりますけれども、今日の義務教育の実態は、いよいよこれと逆行をいたしております。学校の備品とか、教材とか、教具とか、あるいは給食設備であるとか、プールの維持費であるとか、いわゆる父兄、PTAにかかる負担は、いよいよ激増しているという現状でございます。昭和四十年現在の調査によりますと、PTAが学校教育費に負担した総額は、すでに五百億をこえておるという数字を聞いております。だといたしますと、父兄一人当たり年間三千五百円程度の負担を義務教育に対して行なっておるという状態であると思いますし
文部省もいろいろと努力をしておられるとは思うのでありますけれども、一方、教育に対する関心、さらにその教育水準を高め、充実していこうとする父兄側の要求も年とともに高まってまいっております。そういたしますと、相当文部省が思い切って義務教育に対して国費を膨大に負担していかない限り、この父兄にかかる負担というものは軽減するどころか、ますます増加していく傾向にあるのではないか、こういう将来に向かっての、この種の問題での文部省の見解をもう一度ただしたいと思います。
われわれは、給食費も全額国庫負担すべきはないかということを絶えず申しておるわけなんでございますけれども、文部省としては、義務教育における給食費を全額将来国庫負担しようとするお考えを持っておられるかどうか。
次に、入試問題についてお伺いを申し上げたいのでありますけれども、いま一番関心の深い問題は、高校入試の場合に、その入試科目を従前のように九科目で、大体全教科にわたって試験をしていくというのが正しいのであるか、あるいはこの際もっと入試科目をしぼっていくことのほうが、将来の子供のために、あるいはまた子供の体育のためにも正しいことなのであるかどうかというような両論があるようでございますけれども、その点、文部省としてはどのようにお考えになっておられますか。
こういう重要な問題を、各府県の実情に即して適当におやりなさい、たとえば三教科でもよろしい、あるいは九教科でもよろしいというふうな文部省の指導のしかたというものは、私は、非常に自主性のない、定見のない考え方だと思うのです。したがって、その辺、もう少し必要教科にしぼっていくべきであるのか、あるいは体育その他の教育もなおざりにされないために、この際全教科にわたって受験科目に繰り入れていくことのほうが正しいのであるか、その辺ぐらいの検討は文部省として当然なさって、そして指導なさるべきだと思いますけれども、重ねて……。
一般的な傾向として、大都市では入試科目をしぼっていく、あるいはその他周辺の地域においては、つとめて全教科にわたって入試を施していこうというふうなことは言えますか。
大体公立高校に入り得るワクと申しますか、いま局長から話がありましたように、ほとんど一〇〇%近く入学できる府県もあれば、あるいは半分くらいしか通らないところもあるというような、こういうアンバランスを生み出していくというところに、今日の文部行政の一つの欠陥があるのではないか。そのアンバランスというものが、たとえば重要な入試の科目自体の選択に対しても、このような不均衡を生じつつあるのではないか、そのようなことが、統一さるべき日本の教育行政の中で、ますますいろんな食い違いを今後生じさしていくことになりはしないかという問題について、お考えになったことがございますか。
大臣がお見えになりましたので、あらためて大臣にこの問題をお伺いを申し上げたいと思うのでありますが、実は最近、高校入試をめぐって父兄の心配が年々寄せられております。それはどういう心配かと申しますと、ことしは受験科目は幾つになるのであろうか。文部省の——先ほどもお伺いいたしましたように、それは各府県の実情に即して、必ずしも九科目にこだわる必要はない、場合によれば必要な三科目だけでもよろしいというような指導のしかたをなさっている。現にそういうしぼられた入試科目で選考をしている学校もある。こういうふうになってまいりますと、子供たちも、親たちも、受験に対してなかなか腰がすわらないわけなんです。こういう現状もさることながら、日本の大事な中学教育
いま大臣がお述べになりましたように、われわれも、戦後六・三・三制の教育が実施されてちょうどことしで二十年になると思いますが、やはりこの辺の段階で戦後の教育制度がもたらした成果と欠陥というものを真剣に検討すべきではないかと思う。一つの問題は、あまりにもこま切れになっておって、そして受験勉強のための学校でしがなかったということが、非常に大きな社会問題になってきていると私は思うのです。実は、この間、ことし初めて国立工業高専が卒業生を送ったわけでありますけれども、ある国立高専の校長さんといろいろお話をいたしておりましたところ、ことし国立高専を出た青年たちが、普通の大学出の人たちと一緒に大きな会社の入社試験を受けた。全く同じ試験で受験をした。
時間もないようでございますからはしょって申し上げますが、特に大臣がおられなかったときにお伺いした問題でありますけれども、実は交通安全教育について、文部省はきのう、今後小、中学校において正課並みの扱いをしてこの問題と対処していこうという見解を発表されておられますことは、まことに時宜に適したものだと思います。しかし、問題は、その正課並みに扱う今後の扱い方をよほど本腰を入れてやらないと、単におざなりのものに終わってしまうのではないか。私はこの際、特に交通安全問題だけではなしに、いわゆる公徳心と申しますか、道徳ということばは何か縦の、昔の暗い影を伴っておりますけれども、しかし、横のルールと申しますか、ルールズ・オブ・ヒューマンリレーションズ
先ほど来いろいろな論議をいたしましたが、特に進学対策の問題、受験地獄の問題、あるいはテレビが非常にはんらんして子供の教育に悪影響を与えておるという問題あるいは貧富の差による教育の格差がいよいよ激しくなってきておるというような状況の中でいろいろな問題をとらえていくときに、青少年の不良化防止を考える場合、そうしてまた、いま必要な交通安全等を考えていく場合に、大臣も申されましたような新しい、正しい人間をどのようにつくり上げていくか。それは、古い「期待される人間像」とかいうような発想法ではなしに、もっと近代的な、新しい人間関係のルールをどう設定していくかというような問題に対して、この際、文部省が大いに前向きに取り組んでいただきたいと思うので