そうしますと、その中にある宮内庁病院だとか、あるいは内閣賞勲部あるいは皇宮警察本部、こういうものは今の公務員宿舎と同じあれで公用財産ということになっておるわけですか。
そうしますと、その中にある宮内庁病院だとか、あるいは内閣賞勲部あるいは皇宮警察本部、こういうものは今の公務員宿舎と同じあれで公用財産ということになっておるわけですか。
ちょっとその辺少しこまかく内訳表か何かをいただいた方が早いと思うのですが、今の方で言いますと、公務員宿舎が宮内庁で所管をしておる公用財産だと言われる。たとえば宮内庁病院というのは同じようなことではないですか。
書陵部あるいは楽部等でお使いになっておるのはどっちなんですか。
わかりました。わかりましたが、今のような御説明によると、たとえば書陵部であるとか、あるいは楽部であるとか、こういうのは宮内庁で、宮内庁所管の役所と申しますか、今の言葉でいうと、役所に必要な云々ということで、これは皇室用財産というよりも、本来は宮内庁管理の公用財産として実は取り扱われるべきものであるけれども、その辺についてはまだ截然となっておらない、こういうふうに了解してよろしゅうございますか。
わかりました。 おとといの答弁の内容によりますとそうした宮内庁でお使いになる役所の敷地あるいは呉竹寮の敷地等あるいは建物について、なお、たとえば書陵部、楽部のごときは移転を将来しなければならないでしょうが、移転に伴って東部を開放したい。こういう御意向のように、新聞なりあるいは速記爆を拝見するのですが、大体そういうように了解してよろしいのですか。
わかりました。東部については、御説明を聞いておっても、公用財産もあり普通財産もある。それから実際に今まで開放されてきた一1きたというか、馬場にしろ、テニス・コートにしろみんなで使っている所もある、こういうところで開放を考えるとするならば、東部地区ではなかろうか。こういう意向が出てくる。私どもにもその気持というか、あるいは案といいますか、わかるのですが、図面を見てみますと、写真でも大体そうでしたが、まん中の所は堀もあり、それから大きな道路があって、乾門から坂下門にこれは抜ける大きな道路があるのではないでしょうか。
今までは、何といいますか、私一ぺん乾門の所から中を見ようと思ってそばまで寄って、何といいますか、衛視ですか、皇宮警察ですかに、見ることも許されなくて追っぱらわれたことございますが、これはどの程度の道ですか、技術的なことですから、事務局の方からでもけっこうですが……。
こまかいことはその程度にいたしまして、きのう実は速記録を読んだり、多少何と申しますか検討しております際に、この皇居全体が、いわばまあほかのイギリス等の皇居にくらべてどうであろう、こういう話をしておりました際に、イギリスのバッキンガム宮殿の前にあったハイド・パーク、あるいはもう一つの何といいましたか、セント・ジェームズ公園ですか等は、あれは前にはやはり宮殿の一部だったのではなかろうか、ハイド・。パーク、あるいはセント・ジェームズ公園が開放をされて、これは一般国民、外国人にしても自由に出入りをいたしておりますが、中の、今の英国の何といいますか、バッキンガム宮殿の広さと、この皇居はどの程度に比較されるのだろうという話も出たのですが、実際に
重ねて恐縮ですが、あのハイド・パークなり、あるいはセント・ジェームズ公園というのは、あれは前には今のバッキンガム宮殿と一緒に向うで皇居に使っておったのではありませんか。
ウインザー宮というのはあれですね、イートン大学の近くにあるちょっと高い……。
その今言われたウインザー宮は、あの中にあります建物……。
それから三十万坪というのは、前の、ウインザー宮とは言わない大きな公園でしょう。城それ自身は、公園というか自由に出入りができるが、建物は離宮といいますか、別荘といいますかに使われておるようですが、ウインザー宮自身は自由に出入りができるようですね、約三十万坪というのは宮殿ではなくて公園だと思うのですがね。
まあ一つの例ですけれども、民主化された皇室のあり方として、イギリスは一つの例だと思うのです。イギリスの例を考えてみても、やはり東京のまん中にある今までの皇居というものは少し大き過ぎるという感じがする。これは賛否あります、賛否ありますが、東地区等についての開放のことも考えられるというのは、私は一つの考え方だし、あるいは成り行きから考えてみると当然の考えとも思うのですが、このハイド・パークなりおそらくセント・ジェームズ公園は前に宮殿の一部であったものが開放されたものと考える。そうすると、皇居についてこれから審議会で考えていただくわけですが、宇佐美長官なりあるいは次長も大体御肯定いただきましたが、そういう東地区の開放もお考えいただくという
まあまた小さいことを聞きますけれども、谷という所はあれですか池になっておる所で、赤坂離宮の裏の部分ですか、庭園になっている部分ですか、今仰せられた谷というのは。
そうすると谷の部分を除いて五万坪が平地とおっしゃる。そうすると十四万坪ばかりがその谷の部分というわけですか、傾斜地ですか。
谷なり傾斜地の十四万坪というのが、何といいますか、紀州公の時代の庭園であった部分が大部分ですか。
そうすると、その十四万坪ばかりのものが紀州公の時代からの、とにかく庭園といいますか、まあ平地が五万坪、それから十四万坪ばかりのものが谷とおっしゃるが、その谷というか、池や庭園で、前からの紀州公時代からの庭園だと、こういうことですね。その十九万坪の中に今の国会図書館の土地が入っておるわけでありますが、国会図書館は今あすこの赤坂離宮の建物を使っておりますけれども、東に建築中、これは国会図書館としては移ることは大体まあ既定の方針だと思うのですが、そうするとあとはどうなるのか、まあどこかきまっておるのか知りませんけれども、私どもが聞いておるところでは、どこがきめたのかしらぬけれども、外国の使臣その他の接見の場所等に使うというような話等も聞い
あの皇室用に返してもらうことを希望するという、まあいわゆる希望がついて、皇室経済会議で議決になり、国会図書館が使った。まあそれが国会図書館でなくなった場合にどうなるかというときに出てくる観測といいますか、の基礎になるんだと思うのでありますが、皇居を作るに当って、まあ一万坪のもの、それから坪当りまあ七、八十万円、何年かになるかもしらぬけれども、七十億ないし八十億の金が要る。こういうまあ希望が述べられておる中で、外国使臣の接待についても不自由を感じておるからと、こういうまあ話がありました。そうすると、赤坂離宮は将来返してもらうことを希望するという最初の話があったし、あるいは迎賓館等にもそのまま使えぬかもしれないけれども、価らかの用に供し
東宮御所の庭園整備だとか、あるいは東宮御所新営費等も今年度予算に入っておるのですから、むしろ大宮御所の図面等をいただいて検討をすべきかと思いますけれども、これはまあ希望として出していただくことを希望いたしておきまして、今、大宮御所の中で、もとの赤坂離宮、今の国会図書館の東ですか、開放されて運動会等に使っている土地等もあるわけですが、一応その公開されているのがどのくらい、それから国会図書館の敷地はどれだけ、それから下の方の、谷を含んでいるのですか、下の方の部分はどういう工合に所管をしておるのか、一応御説明いただきたい。
運動場になっております土地は幾らですか。