今申し上げました通り、温存するというほど積極的の意味はございません。ただこれを特に無効だと宣言するほどのことはあるまい。ただ過去のものは過失のものとしておくだけであって、それは今度の栄典法による栄典ではないのですからそれでよかろうというくらいの軽い意味、形式的な意味でこれを有効とした、こういうことでございます。
今申し上げました通り、温存するというほど積極的の意味はございません。ただこれを特に無効だと宣言するほどのことはあるまい。ただ過去のものは過失のものとしておくだけであって、それは今度の栄典法による栄典ではないのですからそれでよかろうというくらいの軽い意味、形式的な意味でこれを有効とした、こういうことでございます。
申し上げました通り、潔癖な議論をすればそういう御議論にもなろうと思いますが、そこまで割り切ってお考えにならない考え方もあろうと思うのです。それで、現在のやつはただあるのですから、この栄典法案による栄典でないということだけで、経過的には置いてもいいだろう。これは栄典審議会の答申にもそうなっておりますし、それから二、三年前にやったこの世論調査というものも、せんさくすればどの程度に世論を代表しておるかという議論もありますけれども、そういう方面でもそう潔癖に言わぬでも、ありきたりのものはありきたりのもので、新しく認めるというのではなくて、そのまま放置しておいてもそう弊害がなかろう、こういう答申もございましたので、その答申によって政府は今度立
観念的には金鵄勲章とほかの勲章とは私はやはり区別があると思う。お話によれば、これは一緒くたに皆軍国主義のものだというようなお話ですけれども、そうは考えないのであります。金鵄勲章の方はもっぱら武功の方のことでありますから、これは事実上はお話の通り、軍人の方が多く持っているという事実はございましょう。しかし観念的には私はそこに若干区別は考えてもいいものだと考えております。
まあその有効という言葉にこだわれば、そういう御議論も出ますけれども、この有効とするというのは、消極的に、せっかく今まであったものを全然無効にするほどのことはあるまいというだけの意味でありまして、この法案によって今度きめられる栄典として有効としておくという意味じゃないのですから、私はそう割り切ってお考えにならなくても差しつかえないのじゃないかというふうに考えております。
位の方は残しません。 それから金鵄勲章とほかの勲章は表裏一体というお話がありましたけれども、私は表裏一体ではないと思うのです。つまり金鵄勲章は、私から申し上げるまでもなく、これは武功がなければやらないのです。ただ軍人であるからというて、単に軍人なるがゆえをもって金鵄勲章というものをやるのではないのです。それだから、同じものだというお考えには私はちょっと御賛成しかねるのでございまして、その間はやはり観念的にははっきり区別してよろしいものだ、こういうように考えております。
金鵄勲章の方は、すでに過去において無効であるというふうに立法的の措置がなされておりますので、この際にまたそれを有効だということも、情勢上やりにくいと思います。ですからただ問題は、従来の勲章が今度は有効になっておりますけれども、有効という意味も、ただそのままあれば使ってもいいというほどの、ごく軽い意味でございますから、金鵄勲章についても、無効とはなっておりますけれども、これをあるいは佩用といいますか、使うということを認めていいかどうかということは、これは一つの問題にしてもいいものではないか、こう思うのでございます。それはあるいはこれをつけるときに、政令なら政令というものの問題で、若干考える方が権衡がとれるのではないかと思います。しかし
私が申しました通り、いわゆる筋が通らないということは、若干通らないことは私も承知しております。さりとて、政治的考慮と申しますか、この情勢において筋を通すからというて、今さら金鵄勲章の有効立法をもってやるということもいかがであろうかというところにちゅうちょせざるを得ない、こういうことでございます。
私の考えはたびたび申し述べたところでございまして、そこが大へん違うところで、軽い意味で経過的の意味で申したのであります。そして審議会なりまた世論と申しますか、これも一部の何ですけれども、そうそう割り切らないで、従来のものは何も毒にも薬にもならぬからそのままにしておいたらよかろう。(「毒にも薬にもならぬならなくしてもいい」と呼ぶ者あり)そこが御意見の違うところですが、そういう意味でごく軽い意味で私どもは考えておって一向差しつかえないのじゃないかというふうに、繰り返し繰り返しお話を申し上げたのであります。
言葉が少し過ぎて、取り消します。さきに私が申し上げたのは金鵄勲章について申し上げたのではないのであります。今の毒にも薬にもならぬという言葉は何ですけれども、ただその言葉が、法律的にいえば本法案による栄典とは認めない、そういう意味で、軽い意味で経過的に考えたということで、さきの言葉はつつしんで、取り消しておきます。
勲章は私は瑞宝の勲二等しか持っておりません。非常に低い方の部類でございます。それから位の方は幾らですか、これも人並みよりは低い方だと承知しております。
私の申し上げたことはだびたび申し上げた範囲を出ませんので、これ以上つけ加えて新しくお答えすることもないわけであります。
だんだんのお話は、よく私も了承しております。私の申し上げたことも、先ほど申し上げた通りでございまして、それ以上につけ加えることはございません。
お話の、等級をつけないということも、これは一つの御意見だろうと思います。しかし政府の提案者といたしましては、やはり功労というものの大小によって若干の等級をつけるということも、これは別に外国がどうだという意味でもございませんけれども、どこの国でもこういったような制度を置きますときには、その例になっておりますから、私はそれでも差しつかえないだろう、こう考えております。
提案者といたしましては、国家社会に対する功労の大小によって若干差をつける、こういうことであります。
実質的に否認する考えは少しもないのでございまして、産業に功労のあった人、その一部はやはり国家全体に功労があったものとしての勲章になりますし、それからまた文化的な産業の分は文化勲章によってカバーされるのですから、実質的に否認する考えは一つもないのです。
産業は平和国家においては一番重大なことでございますから、すなわち産業に功労あるということが即国家社会に功労がある者だ、こう解釈して一向差しつかえないと思います。それですから産業勲章という特別のものを置かずして、産業界に功労のあったという方はすなわち国家のために功労があったものとしてこの勲章をやる方がよろしいだろう、こういう考えもございまして、ことさらに産業勲章というものを設けなかったのであります。
その通りでございます。
詳しいことはその衝に当っておる政府委員の方からお話を申し上げた方がよいと思いますが、一応私から簡単に申し上げます。その功労竜の方は旭日章に実は合併して一括してやった、こういうことでございます。なお必要があれば政府委員の方からそのいきさつをお話申し上げてよいと思います。
具体的にどういう標準にするかということは、先ほど政府委員から申しました通りに、本法案が成立いたしましてから後に、栄典審議会というものによってこれをきめる、こういうことでございます。ですから、今私からこういう具体的な標準だということを申し上げる段階にはなっておりません。しかし今例に引かれましたような、非常に国家に功労があるというような場合でございましたならば、これは当然最高の方の勲章を与えるに適するものだと、私個人としては考えております。
承知いたしました。なお今の点につきまして、政府委員から補足的に説明をさしていただきます。