お話の通り、私も憲法調査会法案の審議に関する政府の立場を代表して来ているわけです。その点はお話の通りです。
お話の通り、私も憲法調査会法案の審議に関する政府の立場を代表して来ているわけです。その点はお話の通りです。
だから意見の食い違いはありません。
それで先ほど食い違っている点については私の発言を取り消しておいたのです。
政府としてはその再検討をした上で改正することが適当であろうかと思いますけれども、(「さっきとまた違うじゃないか」と呼ぶ者あり)とにかく憲法調査会というものを、案が出ておりますから憲法調査会というものですべて審議した上で、その結果、政府の最終的の態度をきめたい、こういうことなんでございます。
大体、(千葉信君「大体じゃなくて」と述ぶ)お話しの通りであります。(「はっきり言えよ」「大体なんという言葉じゃいけないと呼ぶ者あり)これはしかし人が違うのですから、同じことを言うのでも言葉の何もございますから、それでいいと思います。(「内閣は一つですよ、はっきりして下さい」「それでよろしいと思いますと言ったじゃないか」「千葉君の言ったのでいいということだ」と呼ぶ者あり)
それでは申し上げますが、憲法調査会が、この法案が幸いに成立しましてできましたならば、憲法調査会の審議というものには一切注文がましいことはつけない、これは自由であるということです。(「それはわかっている」と呼ぶ者あり)しかし今お引きになりました、あるいは総理大臣がいろいろな機会において述べられました、これはこういうふうに改正した方がよろしいだろう、こういうことは政府もその意図を持っておる、こういうことを申し上げておきます。
大体それでいいと思います。(「大体じゃない、はっきりあなたの答弁を」と呼ぶ者あり)そう仰せられますけれども、私はこれは代人ですから、(「代人なんて、そんなばかな」と呼ぶ者あり、笑声)代人じゃなくて……、政府を代表はしておりますが、総理大臣ほど有力ではないものですから……。(笑声)
どうも総理大臣が、今お引きになったように「私は」と、こうおっしゃっていますね。ですから総理大臣は私であって、その私というものがイコールすなわち政府だと、こういう御解釈なら、それでよろしいと思います。(「そう解釈する以外にどんな解釈があるんですか」と呼ぶ者あり)
それは認めますということを申し上げます。
その点についてはこれは公正にやるんですから……。もしお話のように、政府の自由になる者をみな選ぶということであれば、これは調査会に対して押しつけないと言いながら押しつけた結果と同じことになるんです。そういうことはやらないんですから、御安心を願います。
それは大へん私の失言でございまして、そういうことはございません。
つまり私の言葉の使い方が少し慎重を欠いたのです。(「鳩山さんに似てきたな」と呼ぶ者あり)政府の代人じゃなく、政府の代表という言葉がいいでしょう。代人という民法上の言葉を使ったのはよくないです。代表です。(「了承」と呼ぶ者あり)
案を出す考えは持っておりません。
間違いとは思っておりません。
間違いでないのですけれども、しかしそのことについて世間にいろいろな論議がございますから、それで改正した方がいいだろうということを総理は述べられたんだろうと、こう思います。
つまり自衛権があるかないかということは、憲法九条の規定によって生ずるのではないのです、御承知の通り。これは独立国家として当然あるのですから、自衛権というものがあるかないかということは、あの規定から出てくるわけではないのですから、それですから一つも自信がゆらぐとか、ゆるがんとかいうことは一つもないと思います。
吉田さん、鳩山総理の信念にどういう動揺があったかということは、ちょっと私もわかりかねます。
いや、決してうそだということは申し上げないのです。お話の通りであれば、その解釈が変っているのですね、憲法九条の解釈が。私の申し上げたのは、憲法九条というものは、あれによって自衛権というものができたのじゃない、独立国家である以上は自衛権があることはこれは当然なんですから、それですからその原則というものは音も今も変りがないと思うのであります。ただそれに関連して九条の解釈を、今お話の通り承わっておりますが、吉田さんにしても同じ吉田さんが時を異にして違ったような解釈をしておる、こういうことであります。それですから率直に私から申し上げれば、そういうような一体疑いを生ずること自体がおもしろくないのであって、もう少し憲法をはっきりした方がいいのじ
従来、私はそのいきさつは存じませんが、吉田さんにしても鳩山総理にしても、その解釈というものを二様にいたしたということはお話の通りだと思います。現に総理は、自分は解釈を変えたというようなことをどこかの機会におっしゃっておる通りでございます。しかし私みたいな者からあの憲法の記事を読みますというと、自衛権があるということは当然なんで、あの規定によってくるわけじゃないのでございますから、それですから自衛のための兵力と申しますか、戦力と、戦力というと、またそこの戦力の言葉にいろいろ議論がございますから、なるべくそういう言葉を避けて、自衛のための力ですね、力というものを持つということは一向差しつかえないのですから、それを持つために憲法を改正する
それですが、今おっしゃった通りいろいろそこに疑義があって、世間には自衛力の行使のための力も持てないのだと、この憲法の規定から。こういう疑いもありますから、さつき提案者もるる述べたようでございますが、その疑いというものを明らかにするためにおいて条文を改正した方がよかろうと、こういうふうにおっしゃっておるのです。私もそうだろうと思います。