昨年の十月ころだったと思います、東京フォーラムで福島県主催の自主避難者の方々が集まって、私、そこの、ままカフェに行って、いろいろなお話を伺ってまいりました。それはまだ三月前でございますので、不安、いろいろな心配事も聞いてまいりました。 でも、全国二十六カ所でよろず相談、全てのことに対する相談の窓口を設けております。それでもし足らないのであれば、もっと充実したところもこれからやりたい、このように思っているところでございます。
昨年の十月ころだったと思います、東京フォーラムで福島県主催の自主避難者の方々が集まって、私、そこの、ままカフェに行って、いろいろなお話を伺ってまいりました。それはまだ三月前でございますので、不安、いろいろな心配事も聞いてまいりました。 でも、全国二十六カ所でよろず相談、全てのことに対する相談の窓口を設けております。それでもし足らないのであれば、もっと充実したところもこれからやりたい、このように思っているところでございます。
福島県も家賃補助等の支援策をつくっておりますので、福島県との情報の共有、このところをきちんと復興庁としても把握していきたいと思っております。
委員おっしゃるとおり、地震、津波被災地域につきましては、生活インフラの復旧はほぼ終了し、住まいの再建も来年春までには九割以上が完成する見通しであり、復興は着実に進展をしております。 福島においても、この春には、帰還困難区域を除くほとんどの地域で避難指示が解除されるなど、復興再生に向けた取り組みが着実に進んでおるわけでございます。今後は、帰還に向け、医療、介護、教育等の生活環境の整備の一層の推進を図ってまいります。 議員御指摘のとおり、インフラなどのハード面での復興は着実に進んでおり、今後は、コミュニティー形成や生きがいづくりなどの心の復興や、産業、なりわいの再生など、ソフト面での復興に全力で取り組んでいきたいと思っております
委員のおっしゃるとおりで、復興庁をつくるときに、東北、被災地に置けという議論が、私も含めて論陣を張ったわけであります。その結果、今の東京に置くという形で六年を経過したわけでありますので、残り四年でございます。 今の時点で東京から被災地に移すということはいかがなものかな、一番最初、最初に議論したときに移っていれば、委員の思ったとおりに、本当に地域のためにもなるし、私もそういう思いで発言をしてきたところです。 ただ、岩手、宮城、福島にも復興局という形で出先を置いてあります。東京にいる職員よりも、この三つの復興局の方が人員は多うございますので、そういう意味ではきめ細かい対応を今しているのかな、こんな思いでございます。
日本維新の会におかれましては、毎月、議員報酬の二割を被災地に寄附しておられ、本当に被災地出身の私として、敬意を表したいと思います。 今おただしがありました法テラス、この問題についても、前向きに閣内の中で議論をして検討していきたいと思っております。
森議員にお答えを申し上げます。 今、六年前のことをお話しになられました。全く、森議員と私とで手分けをしながら、被災地、いろんなところを歩いてきたところを思い出しております。 私が復興大臣になって、被災者に寄り添ってという本当に耳触りのいい言葉を皆さん使いますけど、本当の被災者に寄り添ってとはどういうことなんだ。 実は、ある避難所に私行ったことがあります。たくさんの人がいましたけど、最後の一人になってしまいました。そこの責任者は、周りの方は出ていってもらおうと言っていたんですけど、責任者は追い出さなかったんです。その避難している方が自発的に出るまで待っていました。 この心が被災者に寄り添ってということなんだな。復興大臣
お答えいたします。 復興庁をつくろうというそのときの議論の中に、復興庁は被災地に置くべきだ、私も森先生も同じ意見だったというふうに記憶をしております。でも、東京に置くことになり、もう既に六年を過ぎております。 おっしゃるとおり、復興庁の設置期間は平成三十二年度末とされております。それまでの間は、被災地の復興に向け全力を尽くして取り組んでいきたいと思っております。 ただ、福島の原子力災害被災地域の復興再生には中長期的な対応が必要であります。復興・創生期間後も継続して国が前面に立って取り組むことが大事であります。このような観点や復興施策の進捗状況、そして森議員の御趣旨等も踏まえながら、復興庁設置期間経過後の対応につきましては
増子議員には県会議員時代からの先輩として御指導賜っておること、本当に御礼を申し上げたいと思います。 さて、東日本大震災からの復興は安倍内閣の最重要課題でございます。省庁の縦割りを排し、現場主義を徹底することにより、被災地出身の大臣として、被災者の最後の一人まで責任を持って対応するという気概を持って、被災者の心に寄り添いながら、復興を更に加速していきたいと思っております。
お答え申し上げます。 震災から、私は地元の実情を伝えようという形で、あらゆる委員会、予算委員会から全ての委員会に出席をさせていただきました。自分でも記憶にないんですけど、朝日新聞が五十六回質問したと書かれてありますので、五十六回地元の現場の声を伝えてまいりました。 私の仕事は政府に対して現場の声を伝えることということでやってきたわけですけど、今度は内閣に入ったわけであります。でも、内閣に入ったからこそ、五十六回質問をして現場の声を届けたと同じように、今度は福島の声を、また宮城、岩手の声を、茨城も、青森もございます、その声を内閣できちんと伝えていく、これが私の大きな役割なのかな、こんな思いでおるところでございます。
先ほど森議員の答弁でもしましたように、復興庁をどこに置くかという最初の段階で、我々は被災地に置くべきだという論陣を張ったわけですけど、東京に置かれてしまったわけであります。それから復興十年という時間軸の中で、今六年たって残り四年となったわけでございますので、今ここで動かすよりは、今復興庁の持っている弱いところ、そこを強化をして、今の復興行政、これを私はやっていきたい、このように思うわけであります。 そして、福島の場合は、これはあと四年で終わるわけではございません。森議員にもお話ししたとおり、この新たなる中長期的な組織はどうあるべきかということを、森議員の質問を踏まえながら、これから検討してまいるところでございます。
福島の復興の課題はいっぱいあるんです。オンサイトの廃炉問題、汚染水問題、ここが一番の原因でありますから、ここを先にきちんとさせる。でも、時間軸から言うと、三十年、四十年という長期の課題があります。また、オフサイトでは、本当にやっと三月末、四月一日で避難指示が解除されました。まさに今からスタートなんです。今からスタートというところと、もう既に、例えば広野町のように既に解除されているところ、これは今、八割の方々が戻ってきております。 ですから、課題、一口で言えと言われても、全て私にとっては大事な大事な課題でございますので、たくさん課題があるということを申し上げたいと思います。
委員おっしゃるとおりでございまして、福島県は、二〇四〇年頃を目途に県内のエネルギー需要量の一〇〇%以上に相当する量のエネルギーを再生可能エネルギーで生み出すことを目指して今取組を進めているところは御承知のとおりでございます。このような取組は、新しい産業を育て、雇用の場をつくり、福島の復興再生を進めるに当たっても大変重要なところでございます。 政府といたしましても、昨年、福島新エネ社会構想を取りまとめており、福島県の再生可能エネルギーに関する取組を後押しをしているところでございます。 復興庁といたしましても、各省の取組とよく連携を図りつつ、引き続き福島の復興再生に取り組んでいく所存でございます。
原発再稼働については、エネルギー基本計画を踏まえ、いかなる事情よりも安全性を最優先し、高い独立性を有する原子力規制委員会が科学的、技術的に審査し、世界で最も厳しいレベルの新規制基準に適合すると認めた原発のみその判断を尊重し、地元の理解と協力を得ながら再稼働を進めると承知しております。
端的にお答えさせていただきます。 先ほども申しましたように、私が閣僚として政府の方針に従って取り組むのは当然でございますけれども、私が内閣に入ったからこそ、福島県の声、第二を廃炉にしてほしいという声を内閣の中に伝えていきたいと思っております。
政府の一員でありますので、記者会見で述べたことが私の公式答弁でありますけど、内閣の一員として内閣にきちんと物を申していく、伝えていく、これが私の役割だというふうに理解しております。
賛否を問われると、記憶にちょっとないものですから。 二国間の原子力協定は、移転される原子力関連資材等の平和的利用、不拡散を法的に確保するための枠組みであると承知をしております。 二国間の原子力協定については……(発言する者あり)
私の記憶にはございません。
事実関係は精査をしてお答えしたいと思います。今、私の記憶の中にございませんので、精査してからお答えしたいと思います。(発言する者あり)
賛成しました。
お答え申し上げます。 株は持っておりません。政治資金の献金も受けたことはないと思います。