初めに若干、きわめて事務的だと感ずることを御質問しますけれども、これは局長さん、放送の時間帯はどういうふうに選ぶのですか。
初めに若干、きわめて事務的だと感ずることを御質問しますけれども、これは局長さん、放送の時間帯はどういうふうに選ぶのですか。
これは働きながらこの学校に入る人はかなり不便になると思うのだけれども、何かそれをカバーする方法はありますか。
日曜日もやるのですね。
それから、先生を選ぶ方法ですね、どういうふうに先生をお選びになるのですか。
たとえば経済学の例をとれば、正統派の経済学の先生がおる、あるいはケインジアンの先生がおる、あるいはまたマルキシズムの先生がおる、こういう場合に、どういうふうな選び方をするのでしょう。
それにしても、これは放送を全国民が聞くわけですから、この放送大学の教育にについての、聞く方から見た選択の自由というものがあるわけです。そういう問題について、この法案をつくる前に見通しをつけておく必要があるのじゃないか、この問題についてお聞きしているわけです。
これはいまからよく検討なさっておかないと、必ず問題になることだと思うのです。いま私は経済学の例を引きましたけれども、どの学問の分野でも、教養課程の段階でも、いろいろ違った、しかも、かなり権威のある違った学説があるわけです。それに従って先生ががらっと変わってくる、受ける人たちの印象も変わってくる。代表的な先生を選んで、その人たちに放送してもらって、そして勉強、この勉強をするのは、申し込んだ人だけじゃないわけで、一般の国民も見ているわけですから、公正な教育をするために、その問題は非常に大事な問題になってくるわけで、これについての方針——選んだ役員に任せるということですけれども、それはまあそれでいいのです、いいのですが、やはり設置される、
局長さん、これが普通の大学と違うのは、普通の大学では、この大学にはこのような教授、先生がおりますということを承知の上で生徒は入ってくるわけです。その生徒だけがその先生の話を聞くわけだ。ところが今度の場合は、一定の生徒になる人がおりますけれども、対象は広く全国民だと考えなければならない。そうした場合に、ある特定の先生がおることを承知の上で入った学生とそうでない学生、その点非常に違うわけだ。その問題についてはっきりした考え方を持たないと、私は、今後やっていく場合に非常に問題が出てくると思うのですが、大臣、こういう問題いかがでしょう。
私は、これに賛成しているわけじゃないけれども、仮につくるとして、この問題ぜひとも検討をして一つの方針づけをしておかなければならない。経済学であれば、代表的な三人なら三人の違った先生を配置して、同じような時間帯で放送するというような配慮はぜひとも持っておっていただきたいと思います。それから、単位の問題ですけれども、ここでもらう教養課程の幾つかの単位は既存の大学とお互いに交換ができるという制度があるようですけれども、これはどういうふうな形でおやりになるのですか。
たとえば東京大学で教養学部へ行っている学生が、何かの都合で半年ほどアメリカへ行って勉強した、そして受けられていないその単位は、放送大学でやっている同じような科目の単位を取って、それに当てるというようなこともできるのですか。
つまり、そういうふうな問題も特に大事な問題の一つなんですね、単位の各大学の交換制というのは。関係の大学とあらかじめよく打ち合わせをして、そういう考えはよかろうというような根回しはいままでなさっておられるかどうか。
私どもも最近、この放送大学に対してかなり突っ込んだ、いろいろ専門家を含めての議論をする機会を持ったのですが、一番議論をされた問題の一つがこれなんですね。つまり、職業と密着した単位が取れない、取れる可能性がない、この問題が一番議論になった一つなんですが、これは先生にはなれるのですか。
これは全般にわたる問題の一つなんですけれども、この放送大学学園法案が非常に中途半端だ、あるいはあいまいだと言われる点はそこにあると思うのです。せっかく新しいものを大きな国費を使ってつくるわけですから、第一段階は現在のようなことだけれども、第二段階ではこうだとか、第三段階ではこうだとか、そういうものを余り隠さないで、もっと持つ必要があると私は思うのです。私どもも、この放送大学法のアイデアが出た当時は、これは大変なことだ、これがすっかり軌道に乗っていけば、いままでの大学はほとんど要らなくなるだろう、特につまらぬ大学なんていうものはなくなってしまう、あるいは大学は自分のものだと思っておるような不届きな先生もなくなってしまう、そういうふうな
たとえば先ほど私、先生のことを最初にお聞きしたのは、日本なら日本、あるいは世界の他の国からでもいいのですが、権威者だと思われる先生を偏らないで選んで、その人が一つの基礎的なテーゼになるような教育をする、それで、いまの各大学のスクーリングをもっと組織的にしたようなものというふうに考えていけば、これは画期的なものになるというふうに私は思うのです。 これは学問の自由とか学校別のいろいろなことがあります。あるのですけれども、そういう気宇の大きな考え方を持たないと、このままであればいかにも中途半端だし、このままだといまの既存の大学を拡充すれば、そしてもっと門戸を開放して、NHKでももっと気張ってやってもらえば、この状態だとできるんですよ。
また、この問題は、いま日本で一番困っているものの入学試験の問題、大学入試の問題、これなんかにも一つの解決の目安をはっきりつくれると私は思う。つまり、いま中学校、高等学校でも、試験の場合には、中学校ぐらいのところでこの男は大学へ行けるかどうかということを、いろんなテスト機関でやっているのはヨーロッパ諸国には幾つかあるのですけれども、しかし、だれでも入りたいものははめて、そして最後のテストをちゃんとやって、大学卒業の免状を与えるという二つの方法がありますね。その後の方法を、この方法だとぼくは非常によくできると思うのです。放送大学にはだれでもとにかく希望者は入れる、しかし、四年間の教育の中でひとつ厳密なテストをやって、出るときにはしっかり
もう一つは、義務教育というものははっきり区別して、いまのような状態をしっかり拡充してやれると思うのですが、高等学校ですね、この高等学校の教育の問題をなぜ放送大学法案の中に入れなかったのかということについての疑問を持つのですが、どうでしょう。
私、特に高等学校の問題を問題にしますのは、現在中学校から高等学校へ進学する人は大体九三、四%だ、こう言われておりますね。また高等学校の義務制という考え方も有力に出てきておるわけです。しかし、高等学校の義務制ということになると、これはまたいろいろ問題が出てくると思いますけれども、実際上これを義務制にする方法として放送大学の——他のいろいろな大学にも、大学があって、その下に高等部があったり、中等部があったりするのですから、将来、高等部を設けて、全部、高等教育を受けたい人は、この教育に入ってもらうというような考えをすれば、高等学校の義務化と同じような効果を持つようになりはしないか。そういうことをお考えになりませんか。
これはまあ後からひとつ、こういう場所でなくてゆっくり文部省の方にいろいろお聞きしたいと思っておるのですけれども、その問題はそれとして、局長、放送大学というものを何か小さな——まだやってみなければわけはわからぬのだ、それは実際わからないところはある。しかし、そんな小さなところに限定しないで、もっとこの将来への意義をしっかり認めた考え方をぜひとも検討してもらいたいと思うのです。 それで、この問題についての最後の問題は、文部省の方は専門教育はこの方法ではできないというふうにもう結論しているのですか、どうですか。たとえば資格を与えられるような専門的な教育はできないかどうか。
壮大なものじゃなくてもそのすぐ前の、たとえば経済学士とかあるいは法学士とかそういう資格はどう、この問題はすぐでもやれるのじゃないか。
それは私大の通信教育との関係から理解できますよ。じゃ、いまの私大の通信教育がかなり苦労して実績を上げているから、この放送大学ではそのような問題は取り上げなかったという御答弁ですか。