お二人は土地問題に対しての権威者でございますから、一言でけっこうですけれども、確かにめちゃくちゃに暴騰するということはないとしても、この上がっていくという傾向を持っておることは御否定なさるわけではないし、したがって、地価対策として何らかの対策をこれとともに並行させなければならないということについては、そういうふうに思われると思うのですけれども、一言でけっこうですが、思われるか思われないか、御意見をいただきたいと思うのです。
お二人は土地問題に対しての権威者でございますから、一言でけっこうですけれども、確かにめちゃくちゃに暴騰するということはないとしても、この上がっていくという傾向を持っておることは御否定なさるわけではないし、したがって、地価対策として何らかの対策をこれとともに並行させなければならないということについては、そういうふうに思われると思うのですけれども、一言でけっこうですが、思われるか思われないか、御意見をいただきたいと思うのです。
どうもありがとうございました。
突然の御質問で、格別な資料なんかは要らないと思いますが、宮澤長官は、昨年の春に、牛乳価格について農林省の行政指導をはずされて、自由価格にしたわけですね。その後約一年間の状態をごらんになって、大体見通しどおりの満足するような価格の動きをしているとお思いになっておられるかどうか、この問題をまず御質問いたします。
この一年間の牛乳価格の問題は、価格問題について非常に重大な示唆を持っておるんじゃないかという感じが、私はしてならないのです。つまり行政指導という状態をはずして、そうして自由な競争下における価格形成、こういうふうなことを物価問題懇談会でも宮澤長官はおっしゃっておられるのですけれども、はたしてこのことが、実際上いい効果になってあらわれてくるかどうかという問題ですね。私は、何か政府の物価問題についての行政責任を、自然な一つの市場価格の形成というメカニズムに転嫁しておる、そういう感じがないのかどうかということが、危ぶまれてしかたがないのです。たとえば、いま問題になっております再販制度の問題で、最近公取がいろいろな品目を大整理しようとなさって
再販制度の該当品目をできるだけ少なくしていく、きびしく内容を点検していくというその方針に、私は異議を申し立てておるわけではない。ただ、先ほど申し上げたように、はずしたままで政府が何もしないという状態で公正な価格形成というものが期待できるか、したがって、特に何らかの対策が必要ではないかということを考えながら御質問申し上げているわけですけれども、たとえば、一つの例として薬の問題を考えた場合に、現在医療制度の抜本対策が論議せられております。有力な意見として医薬分業という考え方が出ておるわけですね。いろいろ御批判もあるのですけれども、非常に有力な意見でそういうものが出ておる。医薬分業を考えた場合に、そういう制度のもとで薬屋さんが自由に薬の価
そういうお気持ちはよくわかりますし、宮澤長官のそういう態度も間違いではないと思いますけれども、つまり、そういう態度で行政指導をなさっていくときに、実際やる方がそういう問題を理解されない場合もあると思います。 そこで、もう一つの問題は、つまり再販の問題でも、これをはずしっぱなしでなくて、どうすればよいかという問題なんですけれども、やはりこれは重要な国民生活に影響のあるものについては、もっと政府が責任をとる形で、価格の安定をはかるために、何らかの形で、メーカーの段階である一つの幅を設けてチェックしていく、チェックのしかたというものは、政府が直接やるか、あるいはもっと公正な機関を考えるか、いろいろあると思いますけれども、そういうことを
公正取引委員会が法律に基づいて厳重に監視をしていく、これは非常にけっこうでありますが、監視するだけで、将来どういうふうにしたらいいかということを考えるどころじゃないわけですね。その問題は、特に宮澤長官、私どもは物価の問題を考えた場合に、たとえばこういうところでいろいろ質問したいことがたくさんありますけれども、どうしてもこれを何とかしょうという意欲が、正直に申し上げてなかなか起こってこない。それは、物価の問題については手詰まりになっているという感じがするのですね。政府はいろいろおっしゃっておられる、総理もおっしゃっておられるけれども、実行することは、公共料金なんかいい例ですけれども、なかなか押えられない。また、一般の価格にしてもうまく
特に一般の問題でも、たとえば暴風雨とか災害で何千人の人が死にますと新聞は大きく書きますけれども、あれはしかたがないんだ、自然になるんだからしようがないという感じがあるのです。人殺しでは、一人人殺しをすればたいへんなことになる。こういう問題は、政府が自分の責任になる問題まで、これは自然の状態にまかしたほうがいいんだという——これはちょっと問題は違いますけれども、共通した感じがするのです。問題の困難さに辟易して、政府がもっと積極的にとるべき責任をとらないで、もっともらしい経済理論みたいなものにあれしていく、そういうようなことのないように、これは宮澤長官以外に適任者はないと思うのでありますから、ぜひともそういうことを御要望申し上げて、質問
厚生大臣にお伺いしたいのですが、きょうは、いまの御質問と関連をしておる問題なんですけれども、精神薄弱児の問題にしぼりまして、厚生省の今後の方針、あるいは文部省の特殊教育の問題にも関係をして御質問したいと思うのです。 昨年の五月ごろでしたか、私、島根県のある友人から手紙をいただきまして、昭和三十九年に埼玉県の秩父学園に入園を希望した、間もなく入れると思ったがなかなか入れない、それで実情を調べてもらえぬかというようなことで、厚生省に電話で聞き合わせましたら、現在秩父学園、千人待っているうちの五百番だというのですね。つまり昭和三十九年に申し込んだ人が、昭和四十二年にまだ五百人も待たなければならない、全体で待っている人が千人おる、こうい
これは私、昨年も大蔵大臣に、予算委員会の一般質問で御質問申し上げたのですけれども、全体をやりましてもそう金のたくさんかかることじゃない、大体二百億くらいの金があれば充足できるということになると思うのですけれども、先ほど局長からお話がありましたような早いテンポの年次計画を確立されて、ぜひともひとつ実現していただきたい。 と申しますのは、これは順位を待つ性質のものではないのですね。同じ程度の人が、一人の人が五年前に、あとの人が五年後にまで残らなければならぬという形のものじゃない。同じレベルの人のことですから、あまり長い年度計画だと、そのような目的は達成できない。同じ人を同じレベルでということになりますから、できれば三年くらいでこの問
その区別は、精薄の問題ですからなかなかつけにくいと思いますけれども、区別をめぐりましていろいろ悲劇が出ていると思うんですね。特殊学級へ入る人の数は、必要と思われる人の中でわりあい少ないというんですね。できるだけ普通の学校でめんどうを見てもらいたいという人が多いという話を聞くんですが、課長さん、それはほんとうですか。 〔主査退席、登坂主査代理着席〕
私、手紙をもらっている人は、五十前後の人じゃないかと思うんですけれども、精薄で、どこへ行っても受け付けてくれない。やっと頼んで入れてもらったけれども、何か妙な差別的な扱いを受けることもあるということで、学級、学校へ子供を通わしながら、いつ断わられるかわからないというふうなことで、おずおずしておられるんですね。そういうふうな感じを持っている人が、あの学校に入れているそういう下のほうの人の中には非常に多いのですね。 こういう状態とともに、もっと知能指数の高い人は、学級に入れないで、普通の学校でめんどうを見てもらいたいということで、特殊学級というものの対象にしておる人が、何か宙ぶらりんな感じを受ける。したがって、必要とする人があまり入
いまの問題は、いまのところ一応バランスがとれておるというお話なんですけれども、私特殊学級を最近二、三ヵ所拝見をし、そしてこういう施設の内容を見たんですけれども、つまり精薄の方々を対象にした教育は、普通のものを教えれば理解できるような子供を相手にする人とは、はっきり違った性質を持っている。それを同じ資格にすることは間違いじゃないか。あるいは間違いというよりは、もっとそれを補足するものがなければならぬじゃないか。 たとえば特殊学級の例を見ましても、八人なり十人なりの子供がおり、先生が一人おる。教えていることを見てみますと、たとえば何か遊戯をしている。たまをころばす、それを拾ってくることまで全部先生がしなければならない。つまり教えるこ
理論的にいえば、経費の問題からすれば私のいまの提案申し上げていることは、たとえば特殊学級の先生あるいは精薄児の施設の指導員に五万円の金を出しているとしますね。五万円の金を出しておれば、三人おれば十五万円ですね。それが八人の子供を見ている。一人が八人でなくて十五人の人を見るとなれば、その五万円でたとえば一万五千円の人を三人雇えるということですね。そういうふうにしたほうが、より効果のあがる教育ができるのではないかということを私申し上げておるのです。同じ高度の、八人の人を見る人がずうっと並んでいく。その高度の人が、たとえばたま拾いまでやらなければならないような、からだでもっての教育なんですから、そういう教育の対象から見て、扱う子供の数を多
私は、いまのそういう直接関係者を先生にするということは、特殊学級の場合でも、施設の場合でも、いろいろ問題があることはよくわかっております。わかっておりますけれども、この精薄児の場合は、子供を持っておる親御さんたちは、他の問題と違って非常に連帯感を持っております。自分の子供はむろんかわいいけれども、他の子供も同じようにかわいいという連帯感を持っておるのです、社会から特殊扱いされるわけですから。そういう連帯感が非常に深いということを考えられて、連帯感の深い人の中から、あの人に頼めばという人がおるから、選ぶ方法があると思う。そういう方法があると思うかう、ひとつ普通の学校教育と一緒に見ないで、形だけを見ないで、教育の内容も相手も違うのですか
いままでの質疑で大体の要点がわかりましたけれども、三点につきまして豊川部長さんに御質問申し上げたいと思います。 昨年、東大の卒業資格を持ったような人が三、四人私の部屋に参りまして、インターン制度は反対だ、こういうようなことについてひとつ御理解をいただきたい、いろいろ一時間ぐらいにわたってお話ししてまいりました。私はそのとき、よくわからなかったものですから、あなた方の指導教授ないし学部長あるいは病院長さんに相談をしてのことかと言ったら、そういう相談はしてないが、相談しても話にならないのだというお話を伺いました。私ども普通考えますと、こういう医学の研修、学習等についての問題は、学生のあまりがやがやした意見を述べさせるような状態であっ
秋元さん、この問題どのようにお考えでございますか。簡単でけっこうでございます。
私ども大体そういうふうに感ずるんですけれども、話によりますと、昭和四十一年、昨年、そして今年卒業する医学生、この人は青年医師連合というお医者さんの名前を使っておるんですけれども、大部分は国家試験を受けておりますか、青年医師連合として運動しておる、発言しておる人たちは。これは豊川先生ひとつ……。
国家試験を受けて医師の免許を受けてない人たちですから、当然医療行為はやっておられないわけですね。東大の例なんかはどうでしょうか。率直にひとつお答えいただければありがたいと思います。
こういう問題を私がお伺いしますのは、これは三年にわたって、しかも東京大学といえば日本の大学のシンボルみたいなところですが、そこでそういう状態があるということは、これは医師法という法律から見ても問題があることでございますので、急速に打開していただきたいと思うのです。 この問題と関係しますのですが、インターン制度は非常にまずかった、インターン制度を日本で受け入れる条件がなかったのだというお話で、それの代案として今度の制度が出ているわけですけれども、先ほどからのお答えを拝聴いたしておりますと、非常に受け入れる条件が心もとないのだというお話が、財政的な面でも、制度あるいは現在の施設の面からもあったように思うのです。これも簡単でけっこうで