もう一つ、国鉄の哲学を問うておきたいのでありますが、国鉄問題を取り扱うに当たって、国鉄というのは官鉄時代を入れると百十余年の歴史を持っている。つまり、その歴史の重みにふさわしい慎重な取り扱いを要するということだろうと私は思うんですね。 周知のとおり、明治政府の大隈重信や伊藤博文、アメリカなどの要求をけって自力建設を進めて、明治五年に汽笛一声、新橋から出発をした。このことは、日本の独立主権の確立にとって重要な意味を持っていたわけであります。すなわち、国鉄というのは国の体面や国のありようと一体となった国民の共有の財産であったわけであります。私たちは、国鉄という存在をとらえる哲学があって初めてその経営形態を含めた百年の大計を考えるべき
