そこで大臣、欠損法人への課税を検討されるに際して、同時にこの問題も私は検討されるべきだと思っているんですが、いかがですか。
そこで大臣、欠損法人への課税を検討されるに際して、同時にこの問題も私は検討されるべきだと思っているんですが、いかがですか。
還付金との関連でちょっと一つだけ聞いておきますが、五十四年度の決算で電力会社はどこでも大幅な欠損を出したわけです。この欠損に対して巨額な還付金が払い戻されているわけですね。たとえば東京電力の損益計算書を見てみますと、百二億四千三百万円が還付されたと書いてあるわけです。国税庁、この損益計算書にあらわれた還付金は何を根拠にしていますか、これ。
レクチュアのときにはここはちょっと……、後から思いついたものだから、入れてないんですが、非常に一般的なことだから別にすぐ答えられると思って……。
たとえば、五十四年度における東京電力の百二億四千三百万ぐらいの還付金はどういう計算なんですか、これ。欠損額はずっと出ていますけれどもね、大幅な。
それを疑って言っているんじゃないんです。
これは少し後ほど論議を続けたいと思います、きょうのことじゃありませんが。法人税の引当金について伺いますが、貸し倒れ引当金の法定繰入率ですね、これは若干引き下げたわけですけれども、その理由は何ですか。
そこで、法定繰入率が、いま言われた貸し倒れの実績率となお相当乖離している。そういうことは、現行の税務会計の上においてこの貸し倒れ引当金は評価性引当金に純化されていないということをお認めになっているというふうに私は解釈するんですが、これはいかがでしょう。
これは私全くわからないから聞いているんですが、会計学者の多くのものを読んでみますと、ちょっとやっぱりニュアンスが違うんですね。貸し倒れ引当金を評価性引当金として考えるのであったならば、発生原則はきわめて厳格に押さえるべきである、こういうのがどうも学説としては私は強いと思うんです。 いま局長は、言ってみれば実績と繰り入れ傘との間に一定の幅といいますか、幅と言えば語弊があればゆとりを持たせるべぎだと、こういう御調にいまのところ、いろいろの要件を考えながらそうだと、こういうことを言われるわけですね。そうすると、会計学の説とは食い違っているということはお認めになるのですか。
国税庁、ちょっとこのことで承りますがね、実際の会計事務としてはこんなふうに、これは大臣の方が詳しいかもしれませんが、処理されているんでしょう。これは私も素人ですがね。 つまり、貸し倒れの実績がこの法定率を上回るときは実績によって選定する、まあ局長のさっきからのいろいろ答弁の中にもあるように。そうすると、逆にこの貸し倒れ実績が法定率を下回るときには法定率によって処理する。つまり大きい方を選択する。これは実務はそういうふうになっているんですね。
つまり大きい方を選択するということでもって実務は横行をしている。これは私の調査は間違ってないと思うんですけれども。 ということは、次期に貸し倒れが実際にあろうがなかろうが、また極端に表現しますと、全く貸し倒れが予測されなくても引き当てられる引当金である。これは局長、そうですか。
私は、評価性引当金とここの場合言っても、これはいま言われた減価償却引当金とは全く性質は異なるものであると言ってよい。少なくとも異質である。これはそういうことでしょう。
実は、ここのところ私はもう非常に試行錯誤しているんですが、あなたの先輩である泉専売公社総裁の著書「税法条文の読み方」、これまあ大蔵からお見えになったときも、これ読みながらの私の説できょうの質問を構成をすることの話はしたんですが、「もっとも、引当金のうちでも、たとえば、貸倒引当金については、本来ならその企業としての過去の貸倒れの実績等からみて必要な範囲の金額を引当金としてもっておれば十分なはずであるが、税法上では、後述のように、業種別に期末貸金額に対し一定割合までの引当金は損金算入を認めることとしており、その点では、引当金には全く利益留保の色彩がないとはいえない。」つまり、法定繰入率という限定額の設定というのは、利益留保的性格があると
局長の衆議院におけるところの論議などをずっと聞かしてもらって、貸し倒れ実績と繰入限度額の乖離についてさっきも言ったように、一定の余裕があった方がよいとのお考えは明確なんですが、中小企業を例示してそういうことを述べられる。中小企業には繰入限度額の特例が認められているわけですよね。そうするとこれはなお二年延長するということですから、中小企業を例示して余裕があった方がよいというのは私は議論の筋がどうも違っているように思うんです、議論の筋が違う。資本金一億円未満の貸し倒れ引当金残高は九千七百億円で、全体の三割弱でしかない、これは昭和五十五年ですね。そうすると問題は一億円を超える部分にある。 貸し倒れ引当金の性格論のまとめとしてお尋ねをい
私も別に学問上の問題だと思っていないんですよ。主税局長、経験者の鋭い指摘がありますからね、いまの主税局長と余りにも変わっていちゃ困るだろうと思って問題提起をしただけです。 ちょっと異なる視点からここの問題で最後に質問をいたしておきますが、法人税法というのは、この偶発損失やあるいは利益留保性の引当金を排除してきたわけでしょう、局長。その理由というのは——そうでしょう。私はそういうふうに理解しますが、そうじゃありませんか。
もう時間がなくなりましたから、あとの問題は後に譲りますが、ちょっと払いまあれですが、あなたと私が一番基本のところで解釈が違っていると困りますから、評価性引当金というものの定義だけひとつ言ってください。そこが違っていると論議がかみ合いませんからね。
大蔵大臣に、まず経済の概括的な動きについての見解をお尋ねをいたします。 大臣は、よく経済は生き物だと言われる、私も全くそのとおりだと思うのですが、実際のところ、大臣が財政方針演説をされた時点から一月ぼどの間に、すなわち昨年末からことしの年初めにかけて日本の経済の実態が明らかになってきているわけでありまして、それは一月前とはある意味では大きく異なった様相を呈しているのではなかろうか。 二月十六日の本委員会で、景気については「次第に改善し、明るさが増してくる」と大臣は述べられているわけであります。今日の時点から見ますと、明るさが増してくるどころではない、停滞、私はむしろ後退、リセッションの入り口とでもいいますか、そういうようなと
日銀総裁、同じ質問なんですが、景気は一体一服しているのか、あるいはリセッションなのか、その辺のところはどういうふうにお考えですか。
私は政府関係機関を別に信用しないわけじゃありませんが、どうも景気をよく見ようよく見ようという思惑の方が先走りをしているとでも申しましょうか、そういうような意味で目を曇らせているのではないだろうかという感じがして仕方がないのであります。 なとえば、一九二九年世界恐慌を考えてみますと、当時アメリカの政府は、恐慌が発生してから一年を経てもなお楽観的な見通しを変えなかっなという有名な話がずっと今日歴史的に語られているわけですね。どうも私から見るといまの日本政府も、日本経済というのは健全なんだという、その健全性神話とでも申しますか、そういうものに取りつかれているという気がしてなりません。どっちみち私なちの見通しが当なるのかどうかというのは
大臣、同じ質問なんですが、さらに関連して、円安の基調が続いています。その要因は何だろうかということなんですが、日本経済のファンダメンタルズがどうも芳しくないのではないだろうか、そういう見方が強まっているわけです。事実、国際収支は悪化をいなしています。日銀総裁も予算委員会の議論の中で見解を表明をされておられなのを読んだんですが、、大蔵大臣、この辺はどういうふうにお考えになっていますか。
言われるように、アメリカの高金利が円安に影響しているというのは間違いがないわけでありますが、ファンダメンタルズといいますか、あるいはもう少し広く経済力というふうに言いかえますか、そういう点から見て円は安く評価をされています。ECの蔵相理事会のニュースがいろいろ伝えられてきていますけれども、ここでも言っていますように、日本政府というのはやっぱりもっと円高への努力をすべきだ、こういうロジックになるのだろうと思うのですが、この辺はいかがお考えですか。