店舗の認可なんですがね、この認可について資金量で差をつけるというようなことですね。資金量の大きい金庫ほど認可が取りやすいということを聞かされるわけです。もしそういうことであるとすると、これはもう規模の格差をますます招くということになるんじゃないだろうか、そういうふうに懸念されるわけですが、これはいかがですか。
店舗の認可なんですがね、この認可について資金量で差をつけるというようなことですね。資金量の大きい金庫ほど認可が取りやすいということを聞かされるわけです。もしそういうことであるとすると、これはもう規模の格差をますます招くということになるんじゃないだろうか、そういうふうに懸念されるわけですが、これはいかがですか。
判断の要素にはなっている……。
ちょっと邪推かもしれませんが、大体において大蔵省は、大きいことはいいことだという言葉じゃないですけれども、どうも大きいところの意見に従うとは言いませんがね、ならう傾向があるのではないだろうか、この点今後の行政に私は、大臣、ぜひ小さいところの意見が反映をするということをやっぱり真剣に考えてもらいたい、こういうふうに思うのです。
相銀協会が譲渡性預金、CDの発行単位を引き下げてほしいという要望を持っておるようですね。当局としてはこの点、どういうような見解をお持ちなんですか。
最後に、大蔵大臣、財政再建でいろいろ御苦労されていると思うんですが、どうもシーリング枠の設定をめぐっていろいろの議論があるようですね。毎日、新聞をにぎわしていますね。二十日の日経を見ますと、あっと驚いたんですが、見出しが何と「防衛予算1〇%増 防衛庁要求へ」となっておりますね。それから、昨日の読売の夕刊を見ますと、防衛、援助、エネルギー、科学、これらがまた別枠設定、聖域であるかのごときシーリングの中でそういうふうな書き方もある。厳しい財政事情を抱える財政当局は、これは報道を信用するなと言えばそれまででありますが、どういうふうにこれは一体動いているんですか。
まず佐々木会長にお願いをしますが、一九七九年六月に答申をされた「普通銀行のあり方と銀行制度の改正について」の基本的な考え方と申しますか、そのプリンシプルとは一体一言で言ってどういうものなのか。私の印象では、どうも金融の効率化、自由化という点に力が入っている。これまでのいわゆる護送船団方式といいますか、過保護行政とまあ世上言われてきた、そういうような現在の金融制度と、それを前提とした制度を市場原理に基づく自由化体制へと転換させる、そういうようなトーンが非常に強いのではないかと感ずるのですが、いかがですか。
答申を読ませていただきまして、効率化という概念と自由化という概念が等値をされている。効率化というのはイコール自由化である、こういう背景があるような気がいたしますが、ありませんか。
まあ、われわれの読み方が悪いのかわかりませんが、自由競争というマーケットメカニズムを導入するということが非常にどうも強いように感じて、そうなってくると、一般の企業間のそれと金融機関のそれとは私はかなり異質なものだと考えますね。最近はケインズ政策が行き詰まるということもありまして、自由主義的な考え方が、たとえばマネタリストであるとか、サプライ・サイド・エコノミーとかという考え方の台頭が著しいわけでしょう。しかし私が考えるには、自由主義といったところで、それが十九世紀のものに戻ってしまう、言ってみればアダム・スミスの世界に戻るなどというようなことはあり得ない。一般的な産業政策で言うと、チェンバリンの独占的競争理論だとか、クラークの有効競
この答申を読ませていただいて、どうも大きいことはいいことだといった大規模化のメリットといいますか、その辺の強調が非常に強くて、そしてデメリットの部分というのが非常に弱い、これは私の感じですが。たとえば、金融機関の適切な合併による規模の拡大に関して四点を挙げていますね。そしてこの四つの効果が考えられ、「経営の効率化、安定化及びより適切な金融サービスの提供等に資する面が多いと考える。」というふうに述べられているわけです。答申はそういうふうに、いま引用した個所の後段で、規模の拡大の限界、寡占への配慮などを指摘をされているわけです。ここのこの叙述というのは、合併の勧め、合併をお勧めいたしますというふうに読まれて仕方がないんですがね、そういう
法律案の論議のときにいろいろやらせていただく参考に御意見を承っているわけですが、金融機関の同質化という現象は、これは事実として認められるわけですが、この現象は一体どういうようなことで生じているのだろうかということを考えますと、どうも私は都銀のデパート化といいますか、あるいは機能の拡大、そういうところに一つはあるとは思いますが、それが唯一の理由ではないにしても、一番大きな理由であるようには思われるわけですね。会長はそういうふうにお考えでしょうか。
いわゆる都銀の機能の拡大というのは、一言で言えば大企業の銀行離れというスタグフレーション下のビベービアによる。それはそうでしょうかね、そうだったんでしょうかね。
金利の自由化は、まあ大勢としては乱そういう方向に向けられるべきだとは思うんですが、金利の自由化を阻む理由といいますかね、そういう理由としては一体何が考えられましょうか。
そうしますと、この金利の自由化を進めるにしても、小さな小口預金者の保護といいますかね、そういう観点は私は残すべきだろうと強く考えますが、それはいかがですか。
小口の預金者の保護という観点は残すべきだろうというふうに考えますがね。
そうしますと、たとえばこの文章の中に「複利預金等の金利・条件については、預金者にできるだけ有利な金融資産を提供していくという見地からも、民間金融機関として可能な限り流動性と収益性の両面において国民のニーズに即したものとすることが望ましい。」、こうされていますね。これは複利預金以外の庶民預金も含むというふうに考えておいてよいわけですね、ここのところは。
またこの「流動性と収益性」そして「国民のニーズ」という言葉がこういう形で出てくるわけですが、ある場合には、この国民のニーズと金融機関としての収益性、流動性とは対立する可能性があるのではないだろうか。この辺の兼ね合いはどういうふうにとらえておいたらいいんですか。
全銀協の立場ではどうお考えになりますか、いまの同じ質問です。
それに関連しまして佐々木会長、いま大問題になっている郵貯と預金とのイコールフッティング論が展開されているわけですけれども、これはここでいうところの(イ)項の国民のニーズ論を踏まえて出されてきていると考えてよいわけだろうと思いますが、そう考えておいてよろしいでしょうか。
これは村本参考人にお聞きするんですが、率直に言って、庶民感情としまして、銀行に対しましてはいんぎん無礼であるとか、あるいは預けるときはえびす顔ですけれども借りるときは渋い顔とか、閻魔顔だとかいろいろ世上言われているわけです。そういう国民的な感情があることは間違いがありません。 それに対して、郵便局というのはふだん着て、げた履きでとことこ行くことができると、あるいは郵便局長とは隣組的な感覚でつき合えると。そういう感覚なものだから郵便局長が自由民主党の票を全国区で集めるのは一番強いと、こう言われているんですが、郵貯が急激にふえたという事実は、単に金利選好性が強まっただけではないというふうに私たちは思うわけですね。その点、全銀協は何か
次に、ディスクロージャーの問題にちょっと移りますが、ディスクロは金利の自由化、経営責任の明確化との見合いで導入されるということであるわけです。したがって、一方で金利の自由化などの監督行政が撤退、こういう状態というのは、ディスクロの拡大にならなきゃならぬ、そういう関係にいまあると思われるんですが、これは佐々木会長、村本会長、御両人から御意見承りたいんですが、いかがでしょう。