この(2)に「開放型病院の整備」というのが大臣あるんですがね。私は、この文章の限りでは賛成です。 開放型病院の必要性は叫ばれてきて久しいし、私自身も地域中核病院なり開放型病院の必要性をずっと議会で訴えてきました。しかし、この開放型病院として何を想定しているかということが実は問題なんですが、いかがですか。
この(2)に「開放型病院の整備」というのが大臣あるんですがね。私は、この文章の限りでは賛成です。 開放型病院の必要性は叫ばれてきて久しいし、私自身も地域中核病院なり開放型病院の必要性をずっと議会で訴えてきました。しかし、この開放型病院として何を想定しているかということが実は問題なんですが、いかがですか。
いま医務局長が述べたように、共同利用型病院即それは医師会立病院、端的に言えば、厚生大臣、その辺が厚生官僚の手でねらわれている。これは先ほど来、前段で論議をした、たとえば公的病院の代表も参加が保障されない、システムとしては。そういうような上にでき上がっていく危険性があるんですね。ここのところはもう一遍、自治大臣、こういう方向で動いていますから、自治大臣の意向が生きるという形にはなかなかなりそうもない。ここのところは生きるように厚生大臣と十分に詰めてもらわなきゃならぬと思うんですが、御両者から答弁願います。
医師会は、プロフェッショナル・フリーダムなんと言っているんですよ。私は冗談じゃないという感じがするんです。医師会の言うプロフェッショナル・フリーダムというのは、乱診乱療のフリーダム、薬づけのフリーダム、脱税のフリーダムではなかったか、今日の実情は。もちろん私は、多くのお医者さんが現在の医療に頭を悩まされていると思いますし、たくさんりっぱな方々がいらっしゃいますが、そういうのは一部の医者だけかもしれません。しかし、プロフェッショナル・フリーダムの名のもとに富士見病院があった、あるいは十全会があった、あるいは近藤医院があった、勝手きわまることをやってきた、こう言ってよいと私は思うんです。 これらの事件を明るみに出して告発したのは、厚
国の責任がこの医療計画の策定に対してどういうふうに一体位置づけられているのでしょうか。 すなわち私は、国の責務として二つのことをきょう提案したいのですが、一つは、国は地域医療計画に対してガイドラインを示すこと、いま一つは、「国は、医療計画の達成を推進するため必要な措置を講ずるように努めるものとする」というふうになっているわけですから、これに財政的支援、財政措置を明記すること、こういうふうに考えるんです。後段の部分は大蔵大臣からも答弁求めたいのですが、まず厚生大臣。
大臣どうですか、大蔵大臣、後の部分。
自治大臣ね、いま厚生大臣が答弁されたとおりなんですよ。これ、地方の負担がずっとまたかかってきますよ。どういうふうに処理されますか。
公的病院に対する病床規制が改善されないばかりか、この法律案要綱を読んでみますと、より一層強化されるような感じがしてならないわけです。この二十数年国及び公的病院は、開設規制を受ける、あるいは病床規制を受ける。で、伸び率が大変に低いわけですね。一方、私的病院は野放し状態になっているわけです。昭和三十年と五十四年を比較しますと、病床数で公的は一・六四倍、私的は五・二三倍、圧倒的に私的病院がふえているわけです。これで医療の公共性が維持できると厚生大臣お考えですか。
ちょっと医務局長に尋ねますが、あなたは、この改正案、改正する必要性について各省で説明をする場合に、都市部において——いまの質問との関連ですからね、内容を伴わない病院が無秩序に進出して、開業医が担っている初期診療が崩壊するおそれがある、開業医を守る必要がある、こういうことを述べ続けていると仄聞をするんですが、そうですか。
私は、この地域医療計画の中心は地域中核病院の設定だと考えています。開放型病院というのは、その地域中核病院でなければならぬのだと実は思うのです。この地域中核病院の位置づけをきちんとすべきです。その基本的な性格、役割り、機能をきちんと位置づけなきゃならない。この病院がオープンシステムになっているということなんだろうと思うんですね。地域中核病院の基本的性格というのは、何よりもまず公的あるいは公共的でなければならない、管理運営が公的なものとして保障されていなきゃならぬだろう、そういうふうに私は考えていますが、この問題もう終わりにしますけれども、厚生大臣、自治大臣の所見を承っておきます。
老人医療で一つだけちょっと。 前の安恒委員の総括的な質問に補足的にお尋ねを申し上げておきたいのは、病院で積極的な医療を必要としない老人のために、在宅と病院の中間的な医療福祉施設というような意味で、特別養護老人ホームをもっと積極的につくっていく、また看護中心のナーシングホームをつくる、あるいは養護老人ホームの医療費は病院の約半額ぐらいで済むと言われているわけです、そういう事例もあるわけですから。在宅と病院との中間的機構を積極的につくっていくことが私は今日求められていると思うんです。新潟県の大和病院であるとかあるいは福島県のいわきの特養だとか見ましたけれども、大変病院と在宅との関係、中間的な機構がよくできていますよ、最近。こういう先
言われるように、私はそれを制度的にきちんと明確化することが必要なんだと。どうですか、今度の法律にそれぐらいのこと明記されたらいかがでしょう。
大臣、結論は得られていないのでしょうが、私は提案をしたわけですから、どういうふうに臨まれますか。
きょうの理事会で、外務大臣、二十一日に訪米されて米国要人と会談をされるために休暇届を出されまして承認したわけですが、さて、予定とどんな会談の内容になるのか、もう一遍、総括でもいろいろありましたが、ここでお述べください。
今度の日米会談の意義はどこにありますか。どういうふうにお考えになりますか。
このレーガン新政権は内外で前政権と大きく異なる政策を打ち出してきていますね。そうした米国新政権の新しい戦略、路線について、その出てきた背景とともにどういう認識を外務大臣はお持ちになっているのか。具体的に後入りますが、まずひとつ大局的な見地から一遍答弁願います。
レーガン政権の新政策は、アメリカの影響力の後退を前提に組み立てられていると私は思うのです。そこで、一体アメリカの影響力の後退というのはどういうものなのでしょうか。どの程度なのか、必ずしも私ははっきりしていないと思うのですね。特にこの米ソ関係を軸に、いわゆる東西関係にアメリカの影響力の後退がどういう形で生じているのか、近い将来生ずると認識しているのか、具体的にちょっと聞かしてくださ
軍事面に限ってみますと、米国内にも米国の軍事優位は確保されているという有力な意見、これはもうカーター・ブレーンなどを中心としてあったわけですから、カーター、レーガンの大統領選挙というのはまさにそれは大きな争点だったわけでして、カーターが敗れてレーガンが勝利した。皮肉な言い方をすると、米国の力の後退派が勝利して新戦略が出てきた、そういうふうに言ってもいいと思うのですが、もちろんアメリカの政治体制を私はとやかく言っているわけではありません。しかし、カーターからレーガンへの大統領交代は、余りにも大きな認識の差というより以上に対立と言っていいくらいの相違があるような感じがするのですよ。ところが驚いたことには、日本の政府もあっさりどうも変身を
レーガン政権は、リンケージ政策を打ち出してSALTIIだけを単独に取り上げることはないとして、デタントに逆行する立場をとっているかに見えるのですね。この点については、日本政府は、支持する、あるいは理解をする、それともデタントへの努力を要請する、それらのうちのどちらですか。
デタントについては、米ソにもともと認識の相違があったと言われます。「ソ連は、以前から一貫して、デタントを米国との核戦争の回避と欧州での現状固定化として捉えてきた。」、ところが米国にとっては、「デタントはグローバルなものでなくてはならず、東西間の緊張緩和のためには、欧州以外の地域においても一方的利益を追求しないというソ連の白制が必要である」、そういう米国のデタント論、これをソ連の立場からすれば、「形を変えた「封じ込め」であり、「米ソ対等」の原則に反し、受け容れられないということ」になる。では、一体ヨーロッパではどうだろうかと思って読んでいましたら、「西欧は、建前の上では、デタントの一体性を認めながらも、本音では、できるかぎり欧州のデタ
私も、いま言われたとおり、この問題でネックになるのは中東の情勢だろうと思っている。一つは、アフガニスタンへのソ連軍の侵攻で世界情勢に大きな影を投げかけておって、これは私たち社会党もソ連を厳しく非難をしています。しかし、アメリカ軍のベトナムへの軍事介入のときには米ソの対話は続けられた。あるいはオリンピックには東西各国が参加した、デタントの努力は続けられた。その点からすれば、アフガニスタン情勢を一気に世界情勢に結びつけて、デタントへの努力を停止するというのはアメリカ——日本もそうですが、どうも過剰反応であるという感じが前々からしていました。ベトナム戦争のときにもドミノ理論が唱えられました。今度もドミノ理論に近いところがあって、ソ連がアフ