法務大臣、どうですか。
法務大臣、どうですか。
「力強い文章」、「荘重・典雅な文章」、「国民がつねに愛唱しうる文章」、「一読して国民の心の琴線に響く文章」、前文をこういうふうに改めるべきだという意見があるわけです。 文部大臣、学校教育のあなたは行政責任者ですから、客観的なこのことについての基準をちょっと教えてください。
答弁になっていませんけれども、法制局長官、これ、まじめにひとつ、こういう判断の客観的な基準というものはありますかね。
客観的な判断、基準。「力強い」とか、「荘重・典雅」だとか、「愛唱しうる」とか、「琴線に響く」とか……。
やっぱり、これ、主観的な好ききらいの次元でもって国民、国家の運命にかかわる憲法の改正を云々する、こういうことでしか私はないんだろう。これは憲法調査会のいわゆるあれですからね、この文言というのは。 総理としては好ききらいの次元の改憲論にくみすべきではない、これははっきりしていますね。
先ほども触れましたが、私が読み上げた「力強い」とか「荘重・典雅」だとか、いろいろな文章というのは、こういう改憲論というのは、実は岸内閣時代に私たち社会党の反対を押し切って設置された内閣の憲法調査会、そこでほとんどの発言者、改憲論者が主張しておることなんです。私は、改憲論者の主張がきわめて扇情的な仕方、あるいは表現で行われていることを許しがたい危険なものだと深く憂慮をしている。押しつけ憲法論もそのたぐいなんですがね。 総理に伺っておきますが、日本国憲法は押しつけられたものとお考えなんですか。
行管庁長官、現閣僚の中でただ一人憲法調査会の委員であったようでありますが、中曽根さんはどういうふうにお考えですか。
法制局長官に伺いますが、内閣が設置した憲法調査会でも、社会党が拒否した結果、改憲論者ばかりが多かったわけだ。それでも押しつけ憲法だったというようなことは明らかになったわけではない。反対に、学識経験者の委員からずっと読みましたが、押しつけ憲法とは言えないという有力な反論、論証が行われていますね。いずれにしろ、内閣の設置した調査会において押しつけ憲法であるということは結論されていない、これはいいわけですね、それで。
憲法調査会報告以後も、あるいは最近の芦田日記、おもしろく読みましたけれども、芦田日記を含めて、押しつけ憲法論は憲法学界においては成り立っていない、破綻した説であります。しかし、政界だけがそういうことにはなっていないような、自主憲法制定国民会議に、「現憲法は、米国占領軍より唐突にわずか一週間でつくられた前代未聞のものだ。条文は、治安、教育、政治、福祉など、あらゆる面で破綻を来している。この諸悪の根源である現憲法は一日も早く改めるべきだ、そういう精神で改正運動を呼びかけてきた。」、こういうのが元総理の岸信介氏のメッセージ。総理はこの考え方に賛同しますか。
まあ、ことさらにすれ違いの答弁をされていて、それで済むというものじゃ実はないんです。押しつけ憲法論は政界の表面から姿を消していますが、その亜流は横行している。法務大臣は、占領軍の指示に基づいてつくられた憲法という言い方をされたわけです。そのことは、言いかえますと日本国憲法は自律的につくられた憲法ではない、したがって自主憲法をつくろうという、そういう理屈になるんですが、総理、そういうことでしょうか。
私は、そういうことであるという認識自体が大変大きな問題だと思っているんです。そういうことではないわけですよね。したがって、私は自主憲法という言い方にトリックを感ずるんですよ。それは、本日の議論においていままで私が述べましたが、日本及び日本人の戦後とは一体何であったのかという疑問なんですね。戦後三十五年、憲法施行三十三年を経た今日、日本という国の基本を定める最高法規について、押しつけられた、占領下につくられた憲法であるということを短い一時期を除けばずっと政権与党であった自由民主党とその前身の政党が主張し続ける。このことは、私は日本の平和と民主主義が憲法においてうたわれながら実態において裏切られるという背離に陥っているという感じがする。
法務大臣はいかがですか。
それでは、占領軍の指示とはどういうウエートが法務大臣あったんでしょう。
論議を深めようとすれば、いまのような形でどなたも論議には乗ってこないわけでありまして、その点どうしましょう。
鈴木内閣は、内閣総理大臣に代表されて、遵守をしていこうというそういうつもりであるから、法務大臣としては大変不満であるけれどもそれには従っていきますという発言ですね、いまのやつは。
私は、遵守義務との関係において、閣僚が改憲論議が勝手にできますなんていう論理は、法制局長官成り立ちますか、こんなの。
そこの部分はどっちみち後ほど少し突っ込んだ論議を九十九条の論議と一緒にやります。 そこで、前段で確かめておきたいのは、占領軍の指示の権力の源泉は米国を中心とする連合国の権力である、その法的な源泉はポツダム宣言と降伏文書にある、これはだれも否定できない、また、していない。占領軍の指示というのは、そうした国際関係、敗戦の事実、そして法理論的理解というものを一切抜きにして、いわゆる無視して、この一つの断片的な事柄だけを取り出して、ことさらに押しつけられた憲法であると印象づけようとする。断片的な一つの事柄でもって全体を言えないことは、これはもう当然でしょう。このことは法務大臣、お認めになりますね。
総理は、九日の衆議院の予算委員会で、自民党の政綱がつくられた段階では、占領下でつくられたものであり、日本国憲法を自律的に改正しなければならないという考えがあったが、今日では現行憲法のすばらしい点は定着し評価されている、現行憲法を自主的に改正すればいいということではない、こういうふうにして憲法は定着しているというふうに明確に答弁をされました。 一方、奥野法務大臣の国会答弁はこれを全く否定をしていまして、改憲発言の発端となった八月二十七日の法務委員会の議事録を読み直してみましたら、「いまの憲法は占領軍の指示に基づいて制定されたものだ、私はこう心得ております。そしてまた当時は、国会はございましたけれども、委員会に提案をいたします場合に
答弁になっていないんですがね。 そうすると、法務大臣の十月九日の衆議院予算委員会の釈明発言で、午前の主権などに関する発言が適切を欠いた点があり遺憾に存ずると述べているところでありますから、当然「占領軍の指示」云々というやつもここでは取り消された、そういうことですか。「占領下」ではありませんよ、「占領軍の指示」云々。
委員長、答弁になっていないです。 取り消されたということですね、それじゃ。法務大臣の答弁全部は取り消されたと。——質問どおりに答えてくださいよ。