そうです。
そうです。
金属、宝石を約三十年間やつておつたということだけです。
そうです。
別に申し上げることもないと思います。
そうです。
現在の店に小さいとき入つたのです。
現在の店とおつしやると……。
つまり現在の店に小さいとき入りまして——その履歴を申し上げますと、ちよつと長くなりますが、以前は、一番最初はそこの店の者であつたのです。そうして長い間おりまして、結局今日の店主になつたわけです。
銀座七丁目四番地です。
合資会社マルカと申します。
質、の良否などというものは一見してすぐわかりますが、鑑定方法でございますか。
いや別に——この目だけですな。
ええ、そうです。
カラツトは、あるデパートならデパートにその日のもの——かりに二月十三日なら二月十三日のものが袋へ入つて参ります。そのときによつて、そつくりその袋を渡されるときもありますが、また営団の女の子がそばにおりまして、その日の袋を全部一つのお盆ならお盆みたいなものの上に載せて来る。それを私が片端から伝票と照し合せて、数と目方に間違いがないかどうか、かつ買上げ価格が正当であるかないか、そこを見るのです。
それは鑑定能力でなくして、つまりその日によつて、大きいものが集まつたときには目方がふえますし、小さな石がたくさん来ているときには目方が少いわけですな。
機械というと、つまりカラツトばはかりですな。
ええ、そうです。
そうです。
その日のトータルがかりに二〇カラツト五三なら五三というトータルが参ります。それで最後に私の方で、再鑑定して、買い上げた価格が適切であるか適切でないかを見る。数も大体合せます。むろん目方も最後にかけます。そのときに五三というものが、五五ぐらいありますればよろしいのですが、それが五〇のときには、鑑定人として目方の少いのははなはだ困るのです。で、買い上げる方に対しても、目方は幾らか余分を見ておかないと、どうも私の方で困るからということを申したことがあります。余分といつてもほんの気持だけですな。何しろ御承知の通り一カラツトというのは、日本の目方では五厘五毛ですから、その五厘五毛の百分の一くらいか、あるいは一以内くらいをかけるときに、ちよいと
いや数量においてはほとんど同じですな。ただ百個石といいますか、百個で一カラツトのほんの少さな石があります。それを買い上げたときには、八十五個あつたとしても、買い上げた分が八十三なら八十三買い上げる場合がある。要するにダイヤというものは、数が問題じやない、目方が問題ですから、数よりか目方さえ正直に買い上げればいいわけであります。数では全然価格は出ないものであるから……。