東京ではですね。
東京ではですね。
ちよつと数量はわかりません。
それはハトロン紙の袋で、伝票と一緒に石が包んであるのでございます。それを広げると同時に、その数と目方を照し合せて、これが間違いがあるかないかをすつと見て、いいと通すんです。少しいいものになりますと、これはピンセツトを当てがいます。くだらないものは、ピンセツトを当てがつてもしようがないですし、また一々そんなことをやつておつたのでは、あれだけ数があるのに、いつになつてみんなでき上るかわかりませんから——くだらないものと言うと何ですが、ある程度悪いものは一目で、これはこれでいいというぐあいにどんどん処理して行きました。
知りません。
それは名前は存じませんが、一人何ですか始終リユツクをしよつて運搬している人はありました。
今申し上げたように、ただその人が始終運搬していたことは知つております。名前は知りません。
それは確かにそういうことはありましたな。ですから、ダイヤをつめからはずす場合にも、いい石をはずす——また、いい悪いが出まして何ですが、これだけのいい石をはずすのに、もう少しおちついてやらぬと、はずすときにつめあとのきずがつくがというようなことを、みなと言い合つたことがあります。
参りました。
あのときには、ただ石を二、三ちよつと見ただけで、じきに終つてしまいましたです。何のために横浜へ行つたやらわかりませんでしたな。
そうです。ここよりもう少し狭い部屋でした。法廷でした。そこで見せられましたです。
そうです。
せいぜい六、七十カラツトくらいのものじやないですかな、ちよつと見た感じが。
とにかくあのときは……。
ただ横浜に行つたとき、前もつての話は大分やかましかつたですけれども、行つてみまして、あまりそう、何といいますか、向うはずらつと並べて、私たちの自由にはさせないような空気なんでございますね。あまり自由に見たり何かすると、あるいはまたなくなりはしないかという、いるようなのです。あそこで、今あなたが目方がどのくらいとおつしやられたので、六、七十カラツトくらいというのが出ますけれども、そういう覚えはありませんですね。
そうでございます。
さあ、私の方では、かりにきようのトータルが三十五と伝票に出ておりますな。そこでカラツトをかけます。そこで三十八あつた場合に、その三十五で通してしまいます。
そうです。
むろんそのまま三十五、で処理してしまうのです。これをこまかに言いますと、それでは、そこについておるあかとかごみをどうするのかということになつて来ます。あかも、重なれば大きなものです。
買上げ価格が適正か適正てないかということは——問題はそこですね。伝票とその石を照し合せて調べます。私どもの方は、石を見るとすぐ買上げ値段を見るのでございます。この値段ならば適正であるとか、これは少し安過ぎるとか……。ですから、たまたまとても安く買つたのがあります。そういうのは買入店の、かりにデパートならデパートの主任をすぐ呼びつけまして、こう安く買つては困る。現に松屋で渡したか、あるいはどのデパートを通じて渡しましたか、相当の金額をまた別に差上げた人もあります。ですから、もちろんクラスは三段階くらいじやありません。ただクラスといいますが、私の方は値段が適正であるかないかということがすぐ見てわかるのです。結局はクラスの問題になりますな
つまりクラスということは、買上げ価格の適正ということと同じことになるのですが、かりにそこに伝票と石が自分の前に広がつたとしますと、少し大きい石はすぐピンセツトをあてがいます。これは少し高いとか、安いとか、すぐ勘が出るわけです。自分だけではいけない場合がたくさんありますから、そのときはすぐ前の久米さんなり巽さんなりのところに石をほり出して、君、これは幾らだと言えば、すぐそれは幾ら幾ら。二、三人聞いて、これは少し安いねとか、これは少し買い上げたね、ということになるのでございます。