どうも済みません。だから、大人になってからいい習慣を養おうとしてもそれはむだだということなのです。こういう立場、認識の上に立って、大臣は先頭に立ってハッスルしてもらわなきゃいけないと思いますが、いかがですか。
どうも済みません。だから、大人になってからいい習慣を養おうとしてもそれはむだだということなのです。こういう立場、認識の上に立って、大臣は先頭に立ってハッスルしてもらわなきゃいけないと思いますが、いかがですか。
先頭にお立ちになってちょうちんをお持ちになるだけではこれは意味がありません。それでは、先頭に立ってやるとおっしゃることは具体的にはどうなさることですか。
普及徹底させる方法はいろいろあると思いますが、そういう面から視聴覚教育ということが非常に重視されておることは申し上げるまでもありません。いわゆるテレビを通してということは、個々の家庭、特に母親を対象とした啓蒙啓発です。それはマスコミ、特にテレビを通じてのということは大事でありましょう。それも大事ですけれども、私が特に強調したいことは、先ほど学校教育ということをおっしゃったが、そのとおりです。学校の教育課程の中に食物の実態を、健康食に対する理解をどうしても徹底さしていかなければいけない、教育課程の中へのどう位置づけるか、このことと、それから実際に舌の味覚を培っていくためには、何といっても学校給食のあり方を重視しなければいけないというこ
御苦労さまでありました。 気になることがございますので、そういった気持ちでお伺いいたしたいと思います。 まず、田中参考人に対して。先ほどの、一部の反対があるかという発言がありましたが、それはどういう反対であるかということと、もう一点は、これまで生産農民の立場をそれなりに踏まえてこられたと私は理解したいのですが、その生産農民の要望は、これからもまたどのようにして吸い上げていきたいと考えておられるか。 次に、堀参考人に対して。先ほどのお話の中で、国内価格と国外価格の差が一向に縮まらないということを述べておられましたが、ずばりおっしゃって、こうだからという、これが聞きたいのです。 次に、土方参考人に対して。国外輸出の見通し
大臣は、日本の農業を守るという御決意で頑張ってこられたわけです。結果的には、率直に申し上げまして、多くの国民、わけても生産者農民、また消費者の立場の国民は大変な不満と不安を持っておるというのが、その交渉の結果の反響だと私は思っております。そこで問題の、外交面では一応決着がついたということになりますが、国内体制という面からすると、まさにそれこそ暗い厚い壁が立ちはだかっている、こう思われてなりません。でもそれはほっておく問題じゃありませんので、そういう気持ちを今持ちながら、牛肉に関して六千四百トンという数量を提示して、もうこれ以上は譲れないと交渉を中断したにもかかわらず、さらに譲歩して六千九百トンで妥結をしたということであるわけですが、
牛肉にしましてもオレンジにしましても、二年ないし四年後期限が来れば、好むと好まざるとにかかわらず、自由貿易への路線に向けての足音がもう聞こえるような気がいたすわけですが、自由貿易を意図してのこの現時点の交渉であったわけですか、あるいはまた、そうではありませんでしたか。
次に、アメリカとの交渉は、四年間はこれで一応片がついたということです。ところが、オーストラリアとの関係ですね、この結果がさらにまた、アメリカとの評価が見直されるのであるか、さらに重圧になるのであるか、そういった私は因果関係があると思っております。そういうことで、オーストラリアに対してはどのようにお臨みなさるつもりですか。
アメリカとの交渉の結果というのは、先ほど申し上げましたように、非常に消費者の立場からも、より安い牛肉を容易に手に入れたいというのが多くの国民の願いであります。また、生産者からすれば、やはり再生産意欲をさらに燃やしていくという希望と夢がなければいかぬわけです。それでアメリカの結果からすると、先ほど申し上げましたが、不安と不満を持っておる。ところが、オーストラリアとの協定の結果によっては、この不安、不満がそれによって少しでも救われるのであるか、それとも二つかてて加えて重圧になるのであるか、そういった、結果的にはどうなるだろうというまた不安があることも事実であると私は思っております。そこで、ぜひひとつオーストラリアについては、願わくばアメ
大臣は日本の農業を守るという、こういう決意で行かれた。そうして対米交渉をされた中で、相手は日本の実情をよく理解しておるという感触のもとに向こうと交渉を接してこられたので、相手に対する大臣の見方ですね、日本の立場を、農民の立場を現状よく理解の上に立っての交渉であったかどうか、どうですか。
それで、ずばり申し上げたいと思います。孫子の兵法に、敵を知りおのれを知れば百戦危うからずと教えております。敵味方ということはこれは今日では言いたくありません、と ころがそれが言葉としてあるわけですから。そこで、結局勝負に行かれたわけですから、勝負には私は三つの結論があると思うのです。いわゆる勝負は、勝ったのであるか、負けたのであるか、引き分けであったのか、どっちでしょうか。
第二次振計が名実ともに実っていくためには、私は二つの大きな柱があると思っております。 それは、振興開発事業費の中身、それから振興開発金融公庫の中身、この二つが車の両輪としてスムーズに走ることによって第二次振計が名実ともに実っていくと、こう思うのです。 そこで、私、先ほど来長官のこれを見まして、文章表現というのは政治的配慮から考えるとするならわからぬわけではないけれども、少なくとも数字に対してはひとつ厳粛なごまかしのないようにとらえてもらわぬといけない。これはすべてに通ずる私は原点であると思っておりますので申し上げたい。それは何を指摘したいかといいますと、開発庁予算要求額は二千百六十三億七千三百六十七万九千円、そして、これは前
時間も差し迫ってまいりましたので、もう一つお尋ねいたします。御検討お願い したいことがあります。 沖縄の農業生産を上げていくために、どうしても再生産意欲を、そして希望の持てる、こういった基本的な姿勢から、沖縄における特殊病害虫、この問題がどうしても重視されなければいけない。そこで、その面から開発庁と、それから林野庁、防衛施設庁、環境庁に簡潔に次のようにまとめて答えていただきたい。 まず、その前に何を私は皆さんにお聞きしたいかといいますと、その特殊病害虫の中で特に開発庁につながるのはウリミバエの問題、それから林野庁と防衛施設庁と環境庁に対しては、実は今沖縄で非常に大きな問題となっております松くい虫の空中散布のことで、野鳥の会
官房長、以心伝心という言葉がございますね。そのことが真実であるなら、私のただいまの心境は、アメリカで頑張っておられる山村農水大臣に、この声、気持ちよ届けよ、時既に遅しならば、何とか今からでもあなたを通じて伝える方法はないものかと、こういうことなのです。それはどういうことかといいますと、農水大臣がアメリカに行かれるまでの過程において、私におっしゃったこと、また、皆さんにおっしゃったことを私は受けとめてこのことを申し上げたいのです。アメリカに振り回されることなく、初心を忘れずに毅然たる態度で対話し、日本の農業を守ることということを遠いアメリカにいる山村農水大臣に届けたいのですけれども、その気持ちを、いかがでしょうか。
あえて私がこれを冒頭に申し上げましたのは、いつぞやの質疑の中で、そのつもりで頑張ったけれどもどうにもならなかったという報告はいけませんよと私は念を押しましたら、そのとおりと、こうおっしゃいましたから、よもやこのお言葉には間違いがあってはいけない、弁解があってはいけないと、こう私は期待し、信じておるからです。 では、次に基本的な問題、ただいま質問された田渕先生との問題にも何かがみ合うような、あるいはかみ合わないような、そういった気持ちも持ちながら、当たらずとも遠からず、また、結論は一緒であるというふうに私は自分で受けとめて、次の問題をお尋ねしたいと思います。 中曽根総理もよく、戦後政治の総決算だとかたびたび言っておられる。なら
もっと突っ込んで言わしてもらうならば、いわゆる日本の農業問題あるいは食糧問題をとらえた場合に、終戦以来今日まで一貫してその背景になったものは、よく言われております国際分業論という背景があるわけです。それは、国際分業論に対するよりどころが現時点でも同じ比重で考えておられるかどうか、いかがですか。
国際分業論に対してこういうことがストレートで言えるかどうか知りませんが、いわゆる国内分業論という内容は、日本のように細長い、寒帯あり、温帯あり、亜熱帯、いわゆる三帯に大きく分けてまたがります。だから、国内分業論という立場に立ってその地域で生産し得るものは一体何であるか、こういうことをまずとらえていく。そして、それが国民要求と結びつきにおいて、その地域ブロック別に農業形態を打ち立てて、そこでできるものを国民要求と結びつけて最高度に生産をしていくというふうに考えた場合に、寒帯、温帯、亜熱帯と、この亜熱帯という分野は、これは今沖縄、鹿児島を一応入れてもいいと思うのですが、いわゆる純然たる亜熱帯というのは沖縄県です。そういうとらえ方において
今生産過剰ということをおっしゃったのですが、いわゆる日本一億一千万の国民の食糧資源ということからしますと、生産過剰ということが、米は事実があるわけなのですが、その他でも生産過剰ということはそう多くは考えられぬじゃないかと私は思うのです。ならば、なべてひとしく国民の台所に消費させるには、それを解決するものは一体何か。生産が絶対量は過剰ではない。それを生産過剰みたいにさせるには、これは一つの盲点があるわけなのです。それを解決すればいいと思うのだ。そこで、生産過剰にならないためにはどうすべきであると思いますか。
いや、さっきの問題でもう一つ大事な点は、流通機構の問題が基本的な問題であるということを私は言いたいのです。そこで今、日本人の食生活ということをおっしゃいましたが、その問題に結びつけてお尋ねしたいと思います。 いわゆる日本型食生活のあり方という立場からお尋ねしたいのですが、まず何といっても主食は米の問題です。その米が超古米として今ストックしておるのは、超古米の中身は何年からありますか。
私が聞きたいことは、五十一年といいますともう十年近いのです。もう古米、古々米、古古古古古古古と言わなければ終わらないぐらいの古米、古い米があるわけです。その超古米の安全性ということがはっきり立証されないということ、ここにまた重大な問題が出てくるのです。その点についてはどのように考えておられますか。
聞くところによりますと、超古米に対する安全性の立証は、間違いなく安心して食べてよろしい、食事に供してよろしいというところまで確認をされておらないと私は聞いておりますが、その点、厚生省の方がみえておりますが、いかがですか。