いろいろ再検討の余地もある面もあるとは思いますが、基本的には、本土並みになるまではどうしても年限を延ばすというよりも、縮めはしても延ばすということは、これはもう余りにも長がりし戦後でありますので、そのようにひとつきちっと——これは大祭難渋を示す面も多かろうと思いますが、ぜひ長官とされましては、県民側に立って、沖縄の立場はあくまでも踏まえて貫いていただきたいと、こう思うんですがいかがでしょうか。
いろいろ再検討の余地もある面もあるとは思いますが、基本的には、本土並みになるまではどうしても年限を延ばすというよりも、縮めはしても延ばすということは、これはもう余りにも長がりし戦後でありますので、そのようにひとつきちっと——これは大祭難渋を示す面も多かろうと思いますが、ぜひ長官とされましては、県民側に立って、沖縄の立場はあくまでも踏まえて貫いていただきたいと、こう思うんですがいかがでしょうか。
その基本姿勢で今後ひとつ変わりない御努力をお願いいたします。 次に、午前中に御質問のありました対米請求権放棄の問題につきまして、午前佐藤委員に対するお答えで、地元の推進協議会から要求された百二十億と、こういう地元地元ということを強調しておられましたですね。そうすると、地元の意思を尊重して、地元からの要求に満額それにこたえてやったということなのか、政府としてはそれに対してある一つ積算の物差しを当てて、適、不適を検討して、百二十億にされないままに地元要求をうのみにされたという印象を受けたんですが、その点どうですか。
佐藤さんへの回答の中で、あんたは、国は外交保護権を放棄したのであって、個々人の権利を放棄したのではない、こういう御答弁がありましたね。そうすると、沖縄県民の請求権を放棄したのは沖縄県民じゃありませんね。国が勝手に放棄したんでしょう。そうすると、沖縄県民の立場からすると、請求する権利がありますね。その個々の被害者が請求すれば、これは認めなければいけないということになりますか、それどうですか。
そうすると、結論的に言えば、この百二十億というのは見舞い金ですか、賠償金ですか。
そこを、冷たい法をつくったのは、そのように仕向けたのは日本国ですがね。そう思いませんか。何となれば、ちゃんと法的に請求権を放棄したイタリア、西ドイツはどうなっていますか。一応は放棄した条文があるけれども、後段でその一切の被害については国が補償するということが条文にうたわれておるんですよ、おわかりでしょう。日米の取り交わしにはそれがないんです。ないということは、これは日本政府の非常な沖縄に対する差別ですよ。犠牲ですよ。それを、請求額は詳しく申し上げますよ。件数で十二万三千八百七十九件でしょう。金額で一千百七十二億三千三百六十五万八千三百五円、こういう件数と額が出されておるんです。これは国の責任において、アメリカに放棄したのは日本政府だ
私は、初めに郵政大臣と電電公社の総裁にお尋ねいたします。 先ほど来、不当経理の問題でいろいろな角度から論議されておるわけでありますが、私はいまさら同じことを繰り返す必要はないと思います、時間の関係もありますので。それで、大臣と総裁は、委員各位の質問に対して、たびたびえりを正して今後はこのようなことがないように、二度と再び起こらないように厳しい反省と決意を述べておられたと私は確認いたしております。ところで、病膏肓に入るという言葉がございますが、やっぱり名医は病状を早期に診断し、そしてその診断の上に立ってメスをふるい、そして治療を早目にする、これが医者の世界のとるべき道だと思うのでありますが、そういう立場に立って考えた場合に、病膏肓
私が恐れるのは、国民の政治不信、そこから起爆剤となっていろんな形での怒りが出ておるわけでありますが、さらにそれに火に油を注ぐということもありますが、税金のむだ遣いを許さない。それで、一方では増税、物価高、生活の圧迫、福祉の切り捨て、こういった騒然たるいま国民の底辺に大変な問題が起こっておるわけでありますが、そういった国民の声を背にして、このようなことが行われておるということは私は事は重大である。 そこで、私は、いま抽象的な言い方になったかと思うんですが、最近のマスコミ、毎日のようにその問題がもう燎原の火のように広がり高まりつつあることは、いまさら私が申し上げるまでもありません。 具体的に私が目についた国民の声をメモしてありま
それでは郵政の問題で、この第三種郵便の取り扱いについて、十一月二十五日付郵政大臣あてに指摘したこの資料には、これは一部検査の実態報告であるようでありますが、一部を見ても全く唖然たる事実だと思うのでありますが、まだ検査してない郵便物についての検査については当然検査の必要があると思うんですが、これをどのように思っておるか、どのように検査をしていかれるつもりであるのか、お聞きしたい。
それでは、電電に一つ聞きます。 結局、このようなあの手この手で不正なことが行われるということは、やっぱりそこに迷いを起こさせる財源が豊富にある、豊かにある、このことも大きな原因になっておると私は思うわけですが、そこで、予算配分上、旅費額が多過ぎるのではないかという、こういう疑問も持つわけなんですが、その予算の配分上の旅費のバランスの問題ですね。多過ぎるというと残す、残すとまた来年削られるから、何とかかんとかこれを完全に消化した方がよろしいと、こういう考え、悪知恵もだんだん生まれてくる可能性もあるわけですが、その予算が適正な旅費の予算であるか。どうですか。
次に、まとめといたしまして、私は、この問題の浄化していく、軌道に乗していく一つのかなめをこのように考えます。時間の関係上抽象的な表現になると思いますが、まず第一点は検査の厳正、第二点は法の盲点、第三点は綱紀粛正、第四点は監督、責任の完全遂行、それからもう一つは予算の編成。こういった角度からこれを科学的に合理的に検討していくならば必ず目的は達成すると、こう思っておるわけなんですが、大臣、総裁、いかがでしょうか。
それじゃ次に、時間が迫ってまいりましたので、二つの問題は、僻地、離島区の解消は通信網の整備、これが最も大事なことであると私は思うんですが、いかがでしょうか。
じゃ、沖繩は離島県であると同時に多島県であります、どの県に比較しても。ところが、東京を中心とする大都市では、電話架設は一週間あれば間違いなく架設できる、その他の県は一カ月以内には架設できると、そう聞いておりますが、これは事実でしょうか。
ところが、沖繩では四年、五年前からの申し込みが積滞しておるんです。五十五年の九月現在でも三万台以上積滞しておるんですよ。これはどういうわけなのか。理由はどこにあるんですか。
いま一刻も早くという言葉がありましたが、十年よりは九年は早いですね、九年よりは五年は早いですね、三年よりは一年は早いですね、その一刻も早くということは、それでは私は承知しませんね。何年度まで、何年何月までに完全に解消します、この答弁が欲しいんです。それをお聞きします。
五十六年度いっぱいで解消すると、こういうめどで臨んでおられるということですな。
やや具体的に答弁してくださったんですが、現地ではコザ市の管下は五十七年の初めまで、その他は五十六年いっぱいで解決のめどを持っていますが、これとの結びつきはどうなりますか。
いますっきりした御答弁をいただいて、それを信じます。五十六年いっぱい、このめどでひとつしっかりがんばってくださるよう、県民にいままでのハンディを、五年も六年も待って離島区、僻地区の解消ができないということではいけません。それを信じて私の質問を終わります。
私は、初めに養護教諭の完全配置の問題を中心に質疑いたしたいと思います。 毎年、児童、生徒の身体検査が行われております。そしてまた能力測定も時に行われております。ところが、その全体の傾向として、特に戦後の児童、生徒の傾向として、非常に肥満児が多くなっているとか、あるいはトラホームが多くなっておる。虫歯が多くなっておる。それから、集団行動の中で貧血が多くなっておる。あるいは骨折が非常に多くなっておる。骨がもろくなっておる。こういうことを聞くのでありますが、これはまあいま大まかに申し上げたんですが、お認め願えますかどうか。
注文つけておきますが、時間の問題がありますのでね。それで、私が申し上げた点は、お認めになりますか、当たっておりますか、当たっていませんかという、答えはそれだけでいいんです。実情を話してくださいと聞いておりませんから。そのように注文つけておきます。 そうしますと、これに対する具体的な対策もお聞きしたいんですが、これはまた今後に求めたいと思います。 私が次にお尋ねしたいことは、このような実態の中から当然考えられることは、養護教諭の使命の重大性ということであります。いわゆる児童、生徒の健康管理、それで安全指導の面から、非常に重要な使命を持っておる養護教諭であると私は思っております。それをお認めになりますか。
そこで、この重要な使命を持つ養護教諭は、学校が規模が大きいとか小さいとか、あるいは町であるとか、田舎であるとか、僻地であるとか、こういった条件によって、これが差別されるべきものではないと思います。 なぜならば、人間の、特にこの場合には児童、生徒の命にかかわること、健康にかかわること、安全にかかわることは、何よりも最優先しなければいけないと私は思っております。これが、予算があるからやる、予算、財政が困難だから当分待つと、こういう形で処理さるべきものではないと私は思っておりますが、この点、大臣いかがでしょうか。