私はあくまでもしろうとですから、そういうふうに数字で言われると、これはそうかなと思うのか、あるいはごまかしているんだなというふうに思うのか、判断がつきかねるから、長官の言われることを、そうでございますかとお聞きするよりしかたがないと思うのですが、しかし、一・五日くらいずつでいわゆる十八カ月ですか、それくらいな間でこの七十何万件の公開の分類がはたしてできるのでしょうか。私はそんな簡単なものじゃないというような気がするのですけれども、もう一度御答弁いただきたいと思います。
私はあくまでもしろうとですから、そういうふうに数字で言われると、これはそうかなと思うのか、あるいはごまかしているんだなというふうに思うのか、判断がつきかねるから、長官の言われることを、そうでございますかとお聞きするよりしかたがないと思うのですが、しかし、一・五日くらいずつでいわゆる十八カ月ですか、それくらいな間でこの七十何万件の公開の分類がはたしてできるのでしょうか。私はそんな簡単なものじゃないというような気がするのですけれども、もう一度御答弁いただきたいと思います。
私、実務家じゃないから、そこまで重ねて長官がおっしゃればさらにお尋ねするつもりはございませんから、先に進んでまいります。 公開公報をいわゆる管理するということは、たとえば自分たちのそういうものが他に盗まれるということを警戒していく立場から見て、重要なことだと思うのです。ところが、大きな会社はそういうふうに警戒し、そしてどこかで使われておりはしないかということのためにいわゆる人員を配置することはできると思うのです。しかし、小さな中小企業者あるいは個人の発明家等は、どこかでそれが盗用されておる場合、盗まれておっても、それを知るすべがきわめて薄いというふうに判断すべきだと思うのです。だから結局守られるのは大きなものであって、実は小さな
訴訟のことを私は申し上げておるのではない。盗まれてそれが使われておるということを知る、そういう能力というものが小さいものはきわめて薄い。もちろん大企業は専門の分野が多いから、だからそれは盗まれる範囲も多いから同じだというのじゃないと思うのです。一人や二人でやっておるところは、それだけにかかり切りですが、百人が特許関係やそういうような開発に当たっておるような企業においては、その百人が実は相互的に警戒の目を光らしておることができるから、分野は百倍になっても、その警戒の範囲というものは百分の一になってくるはずなんだ。だから結局、大きいところは自分の分野でなくとも、よその分野でも、盗まれたことを察知する確率はきわめて大きい。ましてやこういう
だけれども、それは同じ権利じゃございませんから……。片一方におきましては、きちっと特許ができたものに対しては犯罪者としての盗用に対する心理が働くでしょうし、いわゆる特許がおりるまでの状態においては、しばし失敬といういわば軽い気持ちでやられる心配というもの、これは、日本の国の法慣習にならった国民生活上からくる一つの欠点だろうと私は思っております。道徳的にすべてが縛られておるというのではなくて、法律に触れなければというような国民生活、なかんずく経済界におきましては、いわゆる競争の激しい中だから、それを特許のおりたものと同一にして、そういうことは同じことなんだというふうには当たらないという気が私はいたします。ちょっと長官の御答弁は大ざっぱ
これも大きな意見が分かれておりますので、私ども第三者的な見方からすると判断に困るのです。発明協会というけれども、発明協会みたいなものは、発明家の立場を守ってくれる団体ではないというふうな断定的な言い方で、反対の陳情が押し寄せてきておりますこと、これも長官も御存じだと思います。だから、そんなところでつくられてみたところが、いわゆる発明家を守ってくれるものじゃないと、最初から認めないという人たちが、相当大きな声として私たちの周辺に渦巻いております。この点は長官はどうお考えでしょうか。
それではお尋ねいたしますが、その発明をしようとしておる人たちや実際の発明家たちは、全部発明協会の中で何らかの機関に携わっておると信じてようございますか。
私のお聞きしたがったのは、いままでいわゆる発明の研究をなさっておいでになる方たち、発明家たち、こういう人たちはすべて発明協会という組織に包含されておると判断してようございますか。
それは、発明協会のメンバーになっておらない発明者等は、一体何割くらいあるというふうに踏んでみえますか。
私が危惧することはこのことですね。発明協会は、それは大きな会社等は入っておるけれども、実際に発明の実務家等はほとんど入ってないのだ、いわゆる登録されたものやそういうもの等のパンフレットを売る機関なんだというふうに私たちに説明されると、そんなものかなと、私は実は思ってしまうわけでございます。ところが、いや、そうじゃない、きちっとそれは入っておりますよと言われると、私はいままで多くの法律案の審議に携わってまいりましたけれども、この特許ほど不愉快な気持ちを持つことはないんです。一つの事実に対して、実は全く百八十度違ったような意見が入ってくる。いや、それもそうだけどというふうな形で、ある程度相手方の意見を認めつつ、こういう欠点がありますと言
発明協会がいわゆる紛争のいろいろなことについては調停等をやってくれるという。しかし、そんな人たちは二割か三割であって、あとの八割が不満を起こしておる、反対しておる、あるいは信用してない、こんなところに金をつぎ込んで、こんなところに調停させても、くその役にも立たない。だが、これが七割、八割という大勢であって、異端者といわれる二、三割の諸君がこれを非難しておるだけだというならば、民主主義の世界においてこれもいたし方ないかもしれない。私たちはその意味で、一体発明協会に、地方、中央を問わず、いわゆる何割くらいが加盟しておってくれるのか、このことをおおよそつかんでおらなければいけないと思うのです。判断の下しようが私どもはないと思うのです。だか
昨年の私の質問にも、長官は、発明協会を母体としていわゆる紛争を解決させるような、そういう処置を講じます、というような御答弁が速記録に載っております。だから、いわゆる発明協会そのものがやるんじゃないことは、重ねて長官も御説明したことは、私は承知いたしております。だが、いわゆる発明家たちにとって、その発明協会というものが信用されておる――その何割ということがわからなければ、過半数を占めておるかどうかということはわかりませんか。
しかし、そういう過半数を占めておるかどうかもわからないような団体を信用して、相当の金をつぎ込んでと、こういうふうな昨年の御答弁でございます。この金はどこからつぎ込むのでしょうか。
いわゆる盗まれるかもしれない。そしてまた、そのときの補償請求をしよう。裁判になるならば相当の時日がかかる、費用がかかる、しかし幸いなことに、そこまでもっていかなくても、発明協会が母体となって、いわゆる有識者等を委嘱することによって、相当な金をつぎ込んで紛争処理の任に当たらせる機関ができます。その金はと聞けば、発明協会そのものが出します――それじゃ、信用しない諸君にとっては、向こうへ持っていかれてしまって――初めから発明協会の過半数を占めておるという現状の中にそういうことがなされるならば、私は圧倒的な信憑性を持つと思いますが、それさえもつかんでみえないところで、そうして発明協会自身が金を出すということになると――発明協会の会長は、実は
しかし発明協会の中にメンバーの過半数が入っておるならば、この制度はいいという形で押してきているし、そしてまた、審議会からの答申もこうだというような形だから、君たちはこの段階ではその意見に多数決で従うべきだ、しかしその心配な点はこういうふうにして補ってあげるんだというふうな、やはり反対の諸君に対する――納得できなくても、第三者が見て通るような大義名分というものがあるはずだと私は思います。しかし、発明協会というものがそんな権威のないものであるとするならば、そういうものを母体とした仲裁の機関あるいはあっせんの機関等があっても、危惧する人たちにとっては、それは安らぎにはならぬというふうな心配が、いまなお私自身に消すことができないということで
あとの質問はまた大臣がお見えになる後日に譲りまして、あと関連質問があるそうですから……。
私は、この情報産業に対しては技術的なことはよくわかりませんので、ほんとうに初歩的な立場で大臣にお尋ねしてみたいと思っております。 この法律の第一条に目的として、「国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。」こういうふうに定義づけられております。国民経済の健全な発展にこの処理がプラスになることはすべてが認めておりますけれども、しかし、国民生活の立場から考えてみますと、人間の思考労働というものが機械に転嫁されていくことはきわめて便利なことですけれども、人間の思考というものは、使えば使うだけそれだけ発展をし、また熟練をしていくという一面を持っておると思うのです。それを機械に転嫁させることによって、かえって人間の思考能力というもの
読み書きそろばんということは、生活に欠くべからざるものだから、好むと好まざるとにかかわらずこれは利用していかなければいけない。しかし、芸術的なことについては必要性があるかどうかと言いますと、いや、そういうことは必要性のほうに食われてしまって余地と能力がないだけだから、それを機械化させることによって、みんな芸術的なことや文芸的な方向に、余地を与えられるならば伸びていくのだということ。それが未来への想像でありますから、私はそうかなという感じはいたしますけれども、これは、通産大臣にお尋ねするよりは、ほんとうは文部大臣にお尋ねしなければならないことだと思いますけれども、こういうことを普及させることによって、単純なる思考労働というものは機械に
おっしゃるとおりだろうと思うのです。私も、日本の国家構造がこの十年間、ほとんど経済優先主義で走ってきておるように判断されるわけですね。これはいま大臣おっしゃったとおり、そういう頭脳をさらに高次のいわゆる人間性豊かな方向に利用する余地をここでつくるためにも、情報化社会というものがたどる宿命でもあり利点でもあろうと思っております。しかしその場合に、いわゆる教育制度、あるいは文部大臣の範囲でそれをやれといっても、これは無理なこと。というのは、日本の国家構造が経済優先で、言ってみれば経済が日本国家発展の牽引車としてこの十年間に進んできたということを振り返ってみますと、やはり経済人の立場あるいは産業経済の立場、もう一度人間性というものを指摘し
もう一つだけお聞きしておきたいと思いますが、ここでぜひひとつ、教育の舞台だけでなく、産業人自身が、あるいは産業界自身が、まずそのことを先に考えて進めていただくことが必要じゃないかというふうに思いますので、これをおそらく私だけじゃなくて、素朴な国民指導的位置の人たちは、すべてすぐそのことに思い当たるのではないかというふうに感じますので、強く御検討いただくように要望しておきます。 一つだけお尋ねしますが、この法律が通ることによって実はアメリカとの差がどういう形になるという見通しなのか。あまりにも大きな差があり過ぎると説明されております。十対一くらいの違いになっているという説明でありますが、予算的に見ると、この法律の裏づけとしても、そ
取引所の鈴木会長さんにお尋ねいたしますが、市場管理委員会というものがありますが、この権限と構成はどんな形になっておるか御説明いただきたいと思います。