その隠していることを私は追及するのじゃないのです。実際国民がかせいで持っておる国家の金がどれだけあるかがまず知りたかったのです。だから、そういうものをどこの勘定に入れたからけしからぬと私は責めるだけの専門家じゃございませんから、あとどれだけの金があるのかということを教えてもらいたい、いまそういう金が。
その隠していることを私は追及するのじゃないのです。実際国民がかせいで持っておる国家の金がどれだけあるかがまず知りたかったのです。だから、そういうものをどこの勘定に入れたからけしからぬと私は責めるだけの専門家じゃございませんから、あとどれだけの金があるのかということを教えてもらいたい、いまそういう金が。
いや、いま言われた、日本が持っております、いわゆる所有しておる外貨の総計がどれだけになるかということで、二百億しか国民の中には発表されていないのですけれども、頭隠してしり隠さずで、外国ではみんな二百五十億とか三百億とか堂々といわれておるのですが、それはインチキなんですか、外国の報道が。国民だけは知らされずに、外国はみんな知っているから、そう隠さなくてもいいじゃないですか。
国民の知る権利を私はもう少しこの場で活用したいと思ったのですけれども、こんなことをやっているうちに時間が来てしまいますから、私、もうこの問題はあきらめて次へ進みます。 一九六八年と記憶いたしておりますが、ゴールドラッシュが起こったときに、各党の書記長が本予算委員会で、可能な限り金にかえておくべきだ、それでなければドルはあぶない、政府はドルに対する過信が強過ぎるというふうに、盛んにこの席で政府に対して、責めるというよりも、忠告をしたことを記憶いたしております。わが党の佐々木書記長も、そのことをこの席で強く政府にすすめたことを私は記憶いたしております。先ほどの大蔵大臣のお話では、持てるほどのものはなかったとおっしゃるが、もちろん、い
そのことを私は否定しているわけじゃないのです。しかしそれとともに、ようございますか、所得倍増という形だけで進んできて、金はたまるけれども国民生活は置いてきぼりを食うのです。物価が高くなり、生活は依然として楽にならずに、勘定だけが大きくなっていくのです。だから、金の保有も必要なんですという実質的な立場から、野党の書記長さんたちが叫ばれたはずなんです。だから、それ以外にしょうがなかったというのではなくして、それも一つの方法でしょうが、しかしながら、余裕のある限り、あるいは多少無理をしてでも、国民生活を向上するために持ちなさいという声というものを、どうしてすなおにお受けにならぬでしょうか。全然そういう余裕がなかったということじゃなかったは
すなおに答えていただきました。このことを踏んまえてみますと、これからもまたそういう態度を持っていただきたいということが、私どもの政府に対する希望であり、かつまた素朴な国民の要求だから、そのように申し上げるわけでございます。 一体、日本がこれから一億の国民の生活と産業をささえるために必要な外貨の適正量というものは、どれだけあったならば商売としてほぼ満足なのか、この外貨保有の適正量がどれくらいかということをお聞きしてみましょう。
大蔵大臣、勘違いしておいでになる。三十六のことを私、申し上げておるんではないのです。一九六八年、四十二、三年のころのことを申し上げておるので、すでに所得倍増がある程度の実験済みで、生産はふえたけれども国民生活は依然としてそれに見合うだけのレベルがアップできなかった、そういうときのことで、三十五、六年はやはり二十億ドルですよ。しかし、私の言っている六八年当時は、もう三十億ドルに迫ろうとしておるような、たしか当時だと思っております。だからその当時のことを私は申し上げておるのです。 しかしまあいいです。そのことをこれ以上論じようとは思いませんけれども、それではドルというものは一体何でしょうか。これは日本にとっては通貨なのですか。貿易の
通貨であり決済手段であることは、再三、もう一時間近くお聞きいたしました。私も寸分もそのことは疑っておりません。だからこそ、資源のない一億の国民が、満足とはいかないまでもある程度の生活がささえられておることも、このドルによってでございます。しかし、通貨であり決済手段ならば、通貨であり決済手段の範囲内で持っておればいいことではございませんか。それを余分に日本がどかっとため込んでおるから、通貨としての機能が麻痺しておるのじゃございませんか。日本とドイツこそが、通貨であり決済手段であるのにかかわらず、財産のようなつもりになってがっちりとこれを押えて動かなくなっておるからこそ、ニクソンはおこって、逆に不渡り手形のドルのたれ流しを無責任にやって
りっぱな財産ですと総理はおっしゃったのですが、りっぱな財産だと私も承知しております。そのりっぱな財産を守らなければならぬ責任は総理御自身にあると思うのです。汚職や疑獄や強盗に取られたよりも、けた違いの多くの財産がごそりごそりと減っていってしまって、財産を守らなければならぬ立場の総理や大蔵大臣、夜も眠られず身の細る思いであると思いますが、そうお思いになりませんか。
もちろん、私はドルと金と円の三つだけに取り組んで話を進めておりますので、別に価値を守れということだけに力点を置くわけじゃございません。そういうお札の価値がごそりごそりと減っていっても、国民はあれよあれよとして見ておるだけで、総理大臣としては、国家と国民の財産を守る立場で、身の細る思いがしませんかと私は聞いておるのです。もっとどんと物を買ってあげて、そしてドルを世界じゅうに、にせの通貨とはいわぬでしょうけれども、裏づけのない通貨を乱発して生活しておるアメリカが、日本に対して債務国ですよ、そのアメリカが、道楽むすこのような状態で、そして世界一豊かな、世界一強い、そして世界一やりたいことをしておって、債権者である日本の国民がどんな生活をし
それがすなおに私は聞きたかったのです。それが国家と国民のために総理から私は聞きたかったのです。大蔵大臣がおっしゃた、これから金との交換、極力強力にやっていただかなければなりません。そして、国民の持っておる財産、国家の財産を減らさないように努力をしていただかなければなりません。そういう形で将来に向かって、アメリカの信用回復と言いますけれども、現在、資源輸出国アメリカでさえも赤字が続いておるとき、十年先にはばく大な資源輸入国に変わるアメリカに信用を置くことができるでしょうか。そういう状態だからこそ、ニクソンはいら立ちの気持ちから八つ当たりにやっているじゃありませんか。そのとき日本、幸い持っておりますところの膨大なドルというもの、これを日
総理、違いますよ、それは。確かにドルとの換算においてはそうです。現物で買うときドルで実は高くなった。円に換算したって高くなってくるんですよ。たとえば、いつか元国務大臣をしておられた方がルノワールの絵を一枚盗まれたという話をされたとき、その一枚の絵が一千万円と報道されて国民は驚いたことがあったんです。いま御承知のように、デパートに行ってごらんなさい。一枚一千万円以上の日本の絵が、一けたじゃないんです、二けたですよ。一枚ともかく一千万円以上する絵をかく画家は、日本にざらにいるんですよ。これで円の価値が上がったといえるでしょうか。円の価値は下がっておるんです。だから、ドルとの関係が上がっただけじゃなくして、円自身だって物というものと比べて
それは、おっしゃるそのことはもう私は全部認めておるんです。認めておるにもかかわらず、いわゆる通貨としての必要以上のものは、やはりこれは死蔵しておるような形になっておる。そのことを、だんだんと目減りしていくその姿を見たときに、一刻も早く将来に向かってこれを使っていかなければ、国民の気風が、そういう形でお札というものは、円によらずドルによらず、たよりにならないものなんだというような形になっていってしまっておるということだから、私はそのことを厳に注意していただきたい。 時間がなくなりましたので、このことを強く要望いたしまして、最後に、私は商品の問題で一つだけ痛切に感じたことを申し上げて、所信をただしてみたいと思います。 急激に特定
強力に実行していただくように希望いたしまして、時間が来ましたから終わります。
厚生大臣にきょうは、看護婦さんが不足しておって医師会がたいへん困っておりますので、そのことについてお聞きしたいと思います。 全国的にはそうでないところもあるようでございますけれども、わが愛知県及び名古屋市は、たいへん看護婦さん不足でお医者さんたちが困っております。政府はこの際社会福祉の政策に重点を置くと、本予算委員会におきましてあらためて田中総理から御発言をいただいております。そのとき実際医療給付をしようとする立場に立つ大臣として、肝心な看護婦さんがなくて十分な手当てができないということについて、今後これを充足させるための具体策について御意見を賜わりたいと思います。
長期的な対策はぜひ具体的に進めていただきたいと思いますが、五年先にならなければ、理想的な、あるいはまた、どうにかの医療が行なわれないということでは、当面にとって困る立場になりますので、この際、制度としては、問題を解きほぐす意味で、滝沢局長にお尋ねいたしますが、高校を卒業したお嬢さん方を対象にしなければ——いま養成の中心が、中卒を対象にした制度が中心になっておるようでございます。しかし、御承知のとおり、どんないなかに行きましても、もう高校が普通になってきております。だから、やはり高校卒業のお嬢さんを対象にするということになるならば、それからなお二年、さらに三年というふうな養成制度では、大学卒業生よりもさらに長い期間がかかってしまって、
来年度といっても、四十九年度には実施できるようにもっと話を詰めていただきたい。局長はなかなか実情をよく把握しておいでになって、共感を呼ぶと思うのです。いままでの看護婦さんの制度は、中卒を基盤にしておるという形でなっておりますが、もうどこに行っても高校卒なんです。そうかといって、全日制のといっても、そこまではまだどこの家庭も、いわば大学と同じことになりますから、お嬢さん方をそこまで出せるものではない。しかも、実際にもう二十になってしまって、それから看護婦さんとして働くということ、お医者さんのように生涯をかける仕事ならば別ですけれども、やはり女性はほとんど結婚をするということになると、実際看護婦さんとして働ける期間はないじゃございません
なぜこれを申し上げるかといいますと、全国的にはまだそんなに急がなくてもいいという大臣の五カ年計画はわかるのです。しかし、先ほどから申し上げておりますように、お嬢さん方なんです。東北や九州から大都市に出てこられる。ここで養成の年限を終えて資格をお取りになってから、結婚してまたふるさとに帰ってしまう。結婚しながらもふるさとでは仕事ができます。しかし、来ていただいて、そして養成だけして、みんな戻っていく。だからこそ大都会では全然足りないという形になる。それはけっこうだ。大都会で養成してもいいが、養成の期間四年間だけは手伝っていただきたいと、こういうけなげな叫びになっておりますから、全国的なその五カ年計画の中の一つとして、いま局長は四十九年
それはあれですか、医師会立でもやっていますか。
運営費に対して五〇%医師会立でも出せるような形に新年度では予算ができているのですか。
これはいま教材だけじゃございませんか。運営費全体に対する五〇%ということで見て間違いないのですか。