宣 誓 書 良心に従って、真実を述べ、何事もかくさず、 又、何事もつけ加えないことを誓います 平成八年七月二十三日 塩川優一
宣 誓 書 良心に従って、真実を述べ、何事もかくさず、 又、何事もつけ加えないことを誓います 平成八年七月二十三日 塩川優一
はい、そうであります。
生年月日は、大正七年六月二十七日。住所は、東京都文京区千石四丁目三十七番の十四です。
職業は、医師であります。
私は、昭和五十九年九月、エイズ調査検討委員会ができまして、それで委員長に任命されました。 御承知だと思いますけれども、エイズ調査検討委員会といいますのは、当時、エイズ対策を国で取り上げられまして、そして「AIDS調査実施要綱」というものをつくられました。そして、厚生省の保健医療局長が全国の都道府県知事に協力を求められてできたわけでございますが、その調査の中でそういう患者あるいは疑わしい患者が出た場合には各医療機関はこれを都道府県を通してこの委員会に報告する、そしてそこでこの患者の認定を行うということでございました。そして、この委員会は大体委員が十一名おりまして、十一名によってこの認定を行ったわけでございます。 それで、この場
そのスピラ判定につきましては、八月二十九日に行われたということでございますけれども、私はちょうどそのときに外国におりまして、この会には出席しておりませんでした。 次の第四回の班会議におきまして安部班長からこの結果について御報告があったということでございますけれども、私もこれについて非常に責任があるということで考えておりましたけれども、どうしてもこの班会議でこの御報告があったということの記憶がございません。 それからまた、いろいろ厚生省の調査についての回答書を見ましたけれども、どうも余り聞いておらないという方もおられるようでございます。しかし、これはほかの方のことでありまして、私自身は、これはどうも聞いた覚えがない、あるいは聞
実は、このスピラ判定につきましては、ただいま大変有名になっておりますけれども、私は、このようなことがあったというのは、数年後に、どうも時間が、時日を断定はできませんけれども、数年後じゃなかったかと思います。どうもそれまでは、このお話は私自身聞いたことがございません。しかし、聞きまして、これはそういうことがあれば非常に大変なことだったと思って、そういういろいろ調べたりした次第でございます。
昭和五十九年の十一月二十二日ですか、この京都で行われました班会議におきまして、栗村教授、鳥取大学の栗村教授から、これは初めて血清の検査が開発された、そして、二十二例の血友病の患者さんを見たら四例陽性だったという御報告がありまして、これは私も次の二十九日の、その栗村先生の会議に私は欠席しておりましたけれども、二十九日のときに厚生省から聞きまして、これは大変なことだということを感じたわけでございます。 しかし、このギャロ博士の帝京大学の症例についての検査の結果というのは、私は、文書としては、次の年の六十年のあるいは四月かあるいは三月、そのときに、実は、安部教授が新聞に発表されてから後、入手しております。 今お聞きになった、十一月
ただいま御指摘になりました十一月二十二日の京都における研究班の報告でございますけれども、これにつきましては、厚生省の当局が、もうこれは公開されておりますけれども、そのときの議事録を書いておりまして、これは私たちも見ております。しかし、これには、栗村教授は二十二例中四例の陽性ということを報告した、その後にいろいろ、これを公表するかどうかというようなことが書いてあります。 そういうことでございまして、私は、当時はそのことはよく知っておりますけれども、そのときにギャロ博士のことについてどなたかがお話しした、もしそういうことでありましたら、私たちも非常に重大な関心を持つことが当然でございますから、と思いますけれども、残念ながら、どうして
これは、私は、もう十二年前のことでございますから記憶はございません。このことについては記憶はなかった。もし、しかし、そういう何か証拠が出れば、もちろんこれで私はお認めします。記憶がないということだけお返事しておきます。
この委員会の任務は、調査検討をするということで、常に、上がってきました症例について検討をし、そして御報告をするということだったということでございます。
ただいまの御質問でございますけれども、このエイズの実態把握に関する研究班、これは、私もはっきり目的は実は聞いた覚えがないのでございますけれども。 確かに、第一回、第二回、第三回を通して、まず日本に患者がいるかどうかということを調査したわけですけれども、結局、非常にクロに近い灰色ということで終わったわけでございます。そして、このときに、その診断基準がアメリカのものであったということで、やはり日本でしっかりした診断基準をつくらなければいけないだろうということになったわけでございます。 そして、実は私は、その中で、疫学調査あるいは診断基準をちゃんとつくるということについて何回か発言しましたので、診断基準の小委員会をつくって私にやれ
余り細かいことはお話はいたしませんけれども、このエイズの実態把握の研究班におきましては、まず第一に、やはり日本に患者がいるかどうかという調査をしたのでございます。実態把握という目的だったと思います。そして、その後、診断基準小委員会、血液製剤の小委員会に分かれて、血液対策とそれからそういう調査検討の方に行ったわけでございます。 そして、この調査検討委員会におきましては、これは日本全国に、すべての医療機関を含めて調査検討しておりますので、当然、もう血友病の患者さんであっても、そのほかの原因の患者さんであってもここへ報告される。もちろん、ですからその点で帝京大学の症例を早く報告していただきたかったのですけれども、私自身も日本の最大の問
ただいまの御質問でございますけれども、二月の末に、二十二日だと思いますけれども、男性同性愛の症例が出てきた時点におきまして、当然私も、もう十年も前のことですけれども、日本の血友病の患者さんが非常に重要である、どうしてこういうのが先にならないのか、あるいは将来こういうことについていろいろ皆さんが御質問になるという考えは持っておりまして、そして 委員会の中でも、この帝京大学の症例はどうなったかということを話し合いましたし、また……(長勢委員「いや、一カ月前の話」と呼ぶ)はい。課長ともお話し合いをいたしました。 しかし、この時点ではまだ、帝京大学から必ず報告があるだろうということを考えて、皆さんがお待ちをしていた。そして、三月の二十
これはそういうことでなくて、私たちは真剣にこの帝京大学の症例を考えていたわけでございますけれども、当局にもこの点を御相談をしていたということでございます。それで、その時期につきましては、しかし、やはりこの発表、新聞に発表があった時点ということできようはお答えしておきます。
ゴッツトリーブ博士は学会などで会っておりますけれども、つき合いはございません。
ちょっとこれは長くなるかもしれませんが、なるたけ簡潔に申し上げます。 この患者はどういうふうにして来たかということは、もう既にこの衆議院でもお話ししたとおりでございまして、これは松本医師がエイズに詳しいからということで訪ねてきたのでございまして、私のところへ来たのではございません。 ゴットリーブ博士のことは、この患者がアメリカで数カ所で診断を受けております。昭和五十八年にニューヨーク、昭和五十九年にロサンゼルスで、そのときにゴットリーブ博士の診断を受けておりますけれども、両方ともはっきり診断をしてもらっていないわけでございます。まあ五十九年の一月ということですから、私の推測では、恐らくまだ血清の検査ができなかったのでお返事が
この認定につきましては、もしお許しいただければ、また詳しい、どういう過程で認定されたかということを御説明したいと思いますけれども、もし今の御質問だけにお答えいたしま すと、この調査検討の目的というのは、エイズが日本に広がらないようにする、そして、その報告された患者に十分な注意を与え二次感染を起こさないように注意する、あるいは、これは、一般の人たちにこういう情報を開示しまして、そして知識を広めてもらうという目的でございます。ですから、目的は、防疫といいますか患者が広がらないようにという目的でございます。 今の、「疑いが極めて濃い」ということでございますけれども、当時は、この診断につきましては、当時の診断基準というものがありまして
この帝京大学症例でございますけれども、これはまず第一に、九人の委員が皆さんでこれを討議したということを申し上げておきます。 それから、班長がこれを学問的に認めるかどうかということをはっきりさせろということで、御諮問があったわけでございます。それに沿って、皆さんがいろいろお話をしたわけですけれども、先ほどお話ししましたように、アメリカのCDCの診断基準というのは、当時唯一の頼りだったわけでございます。 この中に、まず、ステロイドの投与はこれは除かなきゃいけないということも書いてあったのですが、そのほかに、この患者につきましては非常に難しいことがいろいろあったかと思います。 それは、エイズというのは免疫機能が低下してくるとい
ちょっと今、お話の中の、私が委員会の中で非常に慎重だったというお話でございますけれども、これはもう九人の委員の方がいろいろな意見を言っておられまして、どなたが特に積極的、どなたが消極的ということは言えないと思います。 この間、参議院におきまして、大河内先生が証言しておられましたけれども、自分は塩川さんよりもシロだった。シロだったというのは、否定する方だったという御発言もしておられますし、これは、私が特に慎重だったということはちょっと保留させていただきたいと思います。 それから、病理の標本の話ですけれども一これは委員長、よろしいでしょうか。配付、お願いしてありますけれども。