この地域の問題は、長い交渉の歴史がございまして、広島県の方は比較的中心から同心円で何キロという考え方を持っておられる。長崎県の方々は、被爆当時の風向き、地形等の主張をなさいました。その結果、広島、長崎双方に基準の差ができてきておるわけでございます。 私どもがそういうことを申しますと、逆に言えば、その当時余り政治的な判断に走り過ぎた、科学的な根拠というものをもう少し厳密に適用すればよかったという反省はございますけれども、そういう状態になっておりましたときに、その後で被爆者の被曝の放射能の残留調査というものを行いました。その調査の結果、両市とも格別それを変更しなければならないという数字が出ませんでしたので、今日に至っておるわけでござ
