終わり。
終わり。
山下防衛庁長官に伺います。 E2Cの問題でございますが、E2CはいろいろなSECの報告もございましたけれども、最近になりましてあなたの他の委員会における答弁等を聞いておりますと、E2Cは政府間貿易でやるんだ、こういうことでございますが、本当でございますか。
これで過去一切の疑惑を払拭したことになるので、防衛庁長官の配慮は非常に結構だと私は思っております。ただしかしながら、野党の諸君で相当防衛問題を研究している方がございまして、そういう方の御意見も承らなくちゃいかぬと思っておりまするが、要するにパーツというものは相当ある。付属品は三万五千点もあるというお話も相当勉強しておる方から承りました。そこで、このパーツ、すなわち付属品もマーチャントを介さずに、エージェントを介さずに、防衛庁対アメリカの国防省といった関係でやられる御配慮がありますか、いかがですか、御質問申し上げます。
初度調弁に関するパーツはFMSでおやりになるということをいま初めて承りまして、非常に結構なお考えだと私は考えております。ただ、初度調弁というのは一応飛行機を整えるだけでございまして、その次に年次にいろいろなパーツが減耗いたします。その減耗いたす部分は、やはりこういう疑惑を受けた以上は政府間の貿易でやってもらいたい。すなわち、USAには軍需関係の防衛官が駐在しておるんですから、その人が一生懸命やれば私はいいと思っております。E2Cは非常に日本の防衛のために必要である。必要であるけれども、過程においてSEC等もいろいろなことを書いておるんでございますから、そういうようなことがないようにこちらは配慮して、初度調弁費以外の部品もアメリカに駐
やはり一たん疑いをかけられたり——向こうのSECの報告も私は完全には信じないのです、本当は。しかしながら政府から独立した存在であるということで相当敬意を払って研究を私どもいたしておるものでございますが、一たん疑惑をかけられたからには、あなたの御配慮によってFMSに本体は切りかえられた、部品のうち初度調弁にかかわる部品も政府間貿易にいたされた、非常に結構だと思っております。しかし、ある程度防衛自衛官を、軍需に関する技術者も相当おるわけでございますから、特派しても多少のことはがまんして、あなたの方針として、毎年度の補用部品に至るまで政府間貿易に出す、こういうことにぜひとも御配慮願いたい。せっかくの御配慮でここまで進行してきたのですから、
防衛庁長官の周到なる御配慮というものに対して私は敬意を表します。しかしながら、ドイツがどうだとかフランスがどうだとかいうことは関係ないのでございます。わが国といたしましては、やはり疑惑を受けたようなものは徹底的に、部品の末に至るまで、自衛官がせっかく外国に駐在いたしておるのですから、これをお使いになる、足らなければ装備局なりあるいは航空幕僚監部なりに言いつけて、それぞれ職員を増派するということがやはり望ましい姿でございます。いかがでございますか。
大変結構な御答弁でございます。 そこで、最後に望みたいのは、軍需関係の自衛官が外国におりますけれども、決算が非常におくれておるのですよ。昭和三十三年の決算が私が昭和四十一年に防衛庁長官に赴任したときはまだできておりませんでした。十年前の決算を一体どうやってやるんだと言ったところが、アメリカの方でも政府が必ずしも勤勉とは言えないということでございましたが、その後私が督励いたしまして六年分だけ、昭和三十九年まで決算をしたのです。それも気の長い話で、昭和四十二年になってから昭和三十九年の決算をさしたというようなことでは私は困ると思っておりますが、その後のことは私は防衛庁にタッチしない方針ですからわかりませんが、恐らく政府間貿易というも
おおむね満足なる御答弁をいただきました。 次に、伊藤さんに伺いますが、過日、五十四年の五月の下旬でございますが、同僚議員の大出俊君から提出されました海部メモらしきもの、「西川社長殿」と書いてあって、中に荒唐無稽なことが書いてございますけれども、これに対してお取り調べはあったでございましょうか、なかったでございましょうか。
一応とおっしゃいましても、ここは簡単なもので二ページのものでございますから、これをお聞きしたいのですけれども、いま、ついさっき海部証人に聞いたところでは、上の半分は情報である、それから有森のことは何か社長の採用した人事であるから、こんなことはないのである、それから最後のあいさつをするということは書いたけれども、全然これはできなかった。最初は情報であって自分のタッチしたものではないと言いましたけれども、同僚のある委員の質問によりますと、ファントム4Eを採用するときに邪魔になるような人事は片づけておいた方がいいということは自分の偽らざる心境ですというような矛盾きわまりないことを言っておりましたけれども、この辺の詳細までお調べでございます
この前半のうちで、私があなたのお取り調べの参考に申し上げておきます。 それは田中空幕副長というのは、すでにこのときは中部管区司令官になっておるのですよ、このメモを書いた段階では。彼は非常な不勉強でございます。「牟田空将は明年」というところは昭和四十三年までということなんですね。それはうそでございまして、牟田君は非常に優秀であって、その年の十月に統幕議長に栄転したわけでございます。その後に、これまた非常に人格のりっぱな大室という空幕長を据えました。田中君という人もなかなかいい人でございまして、感情をもって私はやったことはありませんが、すでに田中耕二空幕副長は私の赴任当時は中部管区航空隊司令官であったということをあなたのお取り調べの
エージェントにもメーカーにも会わないということは非常に結構なことです。防衛行政においてもし誤りがあれば世の中ひっくり返ってしまうと私は思っております。国家の綱紀がもたれなくて、どうしてわれわれが為政者として国民にいろいろなことを教訓を与えることができましょうか。 それから、これは一般論になりますが、ここは道義的政治的の責任を問うところですから言いますが、世の中でも、公職選挙法で出てきた人もあるいは任命による役人でも、何か役得があるかねというようなことを聞くのですよ。こんなことがあるようでは世の中よくならない。私は伊藤刑事局長を補佐するような立場で言うておきますが、世の中全体に対して、何か役得があるかねということをまだ国民は言って
ただいまは、私の永年勤続表彰の御決議をいただき、まことにありがたく、心より深謝申し上げます。 国権の最高機関たる、各位の構成される衆議院より与えられました栄誉は、私にとり至高の名誉と心得ます。 今日の栄誉は、ひとえに、わが父、母、わが妻、わが親族、さらには長野県の皆様の並み並みならぬ御厚情と、先輩、同僚各位の御鞭撻のたまものにほかなりません。(拍手) 私は、昭和二十二年四月初当選し、翌五月三日、皇居前広場における憲法施行式典に国会議員並びに閣僚として参列し得たことは、まずもって回想の第一事でございます。 次に、昭和二十六年夏、今日わが国平和の基礎たるサンフランシスコ平和体制確立のため、でき得る限り各党より全権を出して
証人に伺いますが、ただいま委員長の御質問の中にございましたそれに対する答弁のとおり、たしか三次防大綱というものは私の前任者、上林山榮吉君が昭和四十一年の十一月の末に決めて、私に引き継ぎをされました。証人のおっしゃるとおりです。それから私の代になりまして昭和四十二年の初頭において第三次防計画というものの細目まで決定したわけでございまして、証人の証言はそのとおりだと思っております。 私がこの際申し上げたいのは、何かこの前予算委員会において海原元官房長、これを呼びまして、私どもはそのときに呼ばれなかったのですが、いろいろな質問をしていろいろな答弁をされておる。その中に大人の推理であると言って、F4に対して自分は反対であった、ノースロッ
承りました。 その後三次防が決まりまして、計画大綱が決まり細目が決まりまして、いよいよFXの選定に入ったのは昭和四十二年でございまして、あなたの御在任とは関係ないわけでございます。そのときには初め九種とか十五機種とか言っておりましたが、三回調査団をやりまして、しかも操縦できる人でなかったならばどの機種がいいかということはわからないわけでございます。われわれジェーンの年鑑とかあるいは英国の戦略研究所の年報とかいうものを読んだだけでは、とてもわかるものではないのです。それでパイロットに実際乗らしてみました。あるいは類似の型のものであるならば類似の型のものに乗らしてみまして、その結論が、第三回目が出ましたのは昭和四十三年のたしか九月だ
それから、人事というものは大体行政府がやることであって、人事は国政調査の名においていろいろ介入されたんでは三権分立の線が崩れてしまうと私は確信しております。そこで、何か覚書とか大人の推理とかいっていろいろ書いたものがあって、そして防衛計画の大綱なんという、昔だったらちょっとこれはSの扱いを受けると思います、そういうものがあって、そういうものを根拠としていろいろ質問されたり応答されたりするのは、こちら側はわりあいに知識がない人ばかり当時はそろっていました、ことしの二月の予算委員会でございます。私は委員ではございませんから出る機会はございませんでした。そういうことで終始して非常に迷惑に私は思っております。私の見識において人事は行ったもの
終わります。
これより会議を開きます。 私が年長者でありますので、衆議院規則第百一条第四項の規定によりまして、委員長が選任されるまでの間、委員長の職務を行います。 これより委員長の互選を行います。
ただいまの松永光君の動議に御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
御異議なしと認めます。よって、永田亮一君が委員長に御当選になりました。 〔拍手〕 委員長永田亮一君に本席を譲ります。 〔永田委員長、委員長席に着く〕
これより会議を開きます。 私が年長者でありますので、衆議院規則第百一条第四項の規定により、委員長が選任されるまで、委員長の職務を行います。 これより委員長の互選を行います。