宣誓書 良心に従って、真実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います 昭和五十二年六月十七日 大庭 哲夫
宣誓書 良心に従って、真実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います 昭和五十二年六月十七日 大庭 哲夫
はい。
住所、神奈川県川崎市高津区下作延千九百四十六。職業、東京空港交通株式会社社長。年齢、明治三十六年十二月二日生まれ。
気分は結構でございます。ただ、持病がありまして、ときどき緊張いたしますと……。
はい。
証言のとおりでありますが、その前の事情が少しあるわけです。
その前の事情がありますし、後から確かめたところ、サインはしてないようでございます。
間違いありませんです。
あります。
四十四年の七月の終わりごろだったと思いますが、ダグラスの方から三井物産の灘波担当の方へ、日本航空の方がだめになったから、その機材がいま残っている、したがって、全日空で要るなら全日空に、条件は日本航空と同じような条件で提供してもいいのだがどうかという話があったから、どうなさいますかということで、灘波君に、それではぼくの方がひとつ頼みましょうということで、ひとつ三井物産と会議を持たしてくれということで、三井物産の社長とそのときに来ていましたダグラスの社長と私とで話をいたしまして、そのときに、いわゆる私の方はどこまでもオプションでいく、しかし形式的にはレター・オブ・インデントになっていたわけでございます。 と申しますのは、私としまして
いや、三者の間でありました。
ダグラスの社長です。
大部分は同じでございますが、一部違ったところがあります。と申し上げるのは、三井の社長とダグラス社の社長と私の間で話し合った問題は、先ほど申したとおりでありますが、それを三井物産のニューヨークの方の店でダグラスと正式の契約をする、したがって、私の方はどこまでもオプションであって、契約は三井のニューヨークの支店とダグラスとの方で正式の取り交わしをするという話し合いで、それは先ほど申しましたように為替管理法に触れるから、そういう話で、私の方はどこまでも正式のものはオプションだけだということで進みますという話し合いでやっていたわけです。 したがって、先ほどの話の途中でありますが、九月に三機、四機というものを四機、六機に改定したのは、これ
日付の点は、先ほど御説明したように、四十四年の七月の終わりごろであったと思いますが、ダグラスの方から三井の担当の灘波の方に申し入れて、私のところへ来た。それで私は、それはよかろう、ひとつ皆を集めてもらいたいということで集めて、そこで話をまとめたわけでございます。
オプションは、いろいろそのときどきによって機数が変わったり何かしますが、私がこの前証言いたしましたのは、先ほど説明いたしましたように、三月に私と若杉君とダグラスの社長とが最終的に打ち合わせた日にちのことを申し上げたわけでございます。
いまのは、もしも前の関連でお聞きくださったら、そういうように御説明しておったと思います。
ありました。それは先ほども申したように、ニューヨークの三井がやったことを連絡がありました。
はい、報告はありました。了承しています。それは、先ほど申したように、三者の合意の上で三井が単独にやっているわけですから。それは為替管理法に触れますから、三井のニューヨーク支店が単独にダグラスと契約をしてやっているわけです。
私は、三者の話上、私としてはどこまでも軽い意味のオプションで通すという話し合いでずっときているわけですから、そういうように御説明したわけでございます。
それは最初の三者の話し合いで、全日空は全然タッチしない、全日空はオプションだけでよろしい、三井物産とダグラスとの間に話し合いでそれは全部始末するという話し合いで進んでいたわけです。