それで、そういうことに国鉄も御回感でございましょうか、一度どなたか……。
それで、そういうことに国鉄も御回感でございましょうか、一度どなたか……。
最後に、時間がありませんので、特にこれは民鉄の関係をしてお尋ねをいたします。建設省並びに運輸省当局からお答えをいただきたい。 踏切道改良促進法というのがございます。これによって踏切の立体交差化が促進をはかられたと思うのでありますが、現況はどうでありますか。 それからもう一つ、踏切道と前後の道路の幅でありますが、この道幅というのは同一であることが望ましいと規定されておるように思うのでありますが、これは大体そのような問題は実現を見ておるのでありましょうか。 この二点について建設省並びに運輸省の関係者からそれぞれお答えいただきたい。
踏切道と前後の道路の道幅については、相当強く同じ幅にすべきだという規定がどこかにあるように思いましたが、ちょっとそれを思い出せないのでお尋ねしてみたのですが、市道であるということになると弱いですね。これはひとつ、よくお考えになりませんと、交通安全のためには、たいへん問題だと思います。そこで、国道と私鉄の平面交差しておるところ、一つの例をお答えいただきたいのでありますが、国道八号線と、これは一級国道でございます。小松市内におきまして小さな小さな民営鉄道の尾小屋という鉄道と平面交差しておるところがあるのでありますが、これが現在三万七千台以上の交通量をもちましてバイパス計画さえ立てられております。そこで昭和三十三年の二月十五日に、当時の中
これは運輸大臣にかわって佐藤次官、ちょっとあなたから感想をいただきたいのです。 いまのような場合、相手が弱小資本でありますから、いろいろなことがやれないと思うのですよ。だから、すでに二年、三年前から遮断機をつけようじゃないかという話さえも、いまにやめるんじゃなかろうかという憶測のもとにそれが見送られてしまった。間に合わないということは、そういうことだと思うのですよ。向こうのほうは、こんなぐあいならやめようということは、一たん事故が起きたときには会社はたいへんなことだ、それは成り立つものじゃないです。そういう点がありますので、これがしばしば壁に突き当たってしまったという状態です。大所高所からひとつ御指導していただきたいと思いますと
いまのお話に続きまして、私あまり詳しくありませんからお尋ねをいたしますが、公務員制度審議会が、石の上にも三年というが、それを繰り返し、繰り返し、結論を出さないまま苦労していらっしゃることに対して、私はその気持ちわからぬわけではないが、現在の国鉄労働者を中心とする、公労法上のスト権を剥奪されておるこの問題に対して、不体裁判の判決並びに現在国民世論がどうなっておるかということに思いをいたしてみますると、そんなにアウトロー、アウトローといって声を大きくしたり、公制審無用などという暴言が出てくるものではないと思うのです。それは、現在は資本と政府というものが、ともにどこで譲歩したらいいだろうか、どういう譲歩のしかたがいいだろうかということを研
それでは上尾の問題についてちょっと伺います。 上尾の問題につきまして、あのあと始末がどうなっておるか存じませんが、上尾の駅の被害を受けたいろいろな諸物件の中で、駅長室が荒らされたり、自動販売機が荒らされたということも これも大きなことでありますけれども、とまっていた旅客列車のグリーン車が非常に多く破壊されていたそうであります。グリーン車をあの時間に運転をするという必要があったのかどうか。これは時刻表を見ますと、六時から八時までの間にグリーン車のついた列車というのは、上り、上野方面に行きますのが、六時十二分発大宮行き、それから六時五十四分発上野行き、それから七時五十六分発上野行き、この三本にグリーン車がついておるわけです。そのグリ
私の言うのは、とにかく大宮までの区間というのは相当輸送力の増強が計画されておるが、大宮から先、高崎線と東北本線についてはとかく粗末にされております。そういう中において、急増いたしました上尾の通勤客の人たちが、異常のおくれと輸送力の不足に業を煮やして、たまたまあの際にああいう暴発をしたといわれておるわけです。だから、ことさらグリーン車をつけなくてもいいじゃないですか。それは山手線と同じようにグリーン車なしの、一般の定期客が乗れる車をつけておけばよかったのではないか。それこそ輸送力の増強になるんじゃないか。そういうこまかい点がない。グリーン車に乗る人もあるだろうからグリーン車をつけるというのですが、朝の通勤の絶対量が足らぬときにグリーン
私が指摘した列車について、ついておるかついておらぬかも御存じないというお話であったけれども、言うならば大宮から以遠というのは非常に軽視されておるというのは事実です。いま第一団地というのができて、さらに第二団地という大きな団地がにわかに完成するという段階にある上尾駅のあの施設を見て、皆さんがずいぶん現場からいろいろな意見を言ってきておると思うのです。のぼりおりの階段が狭いとか、いろいろなことがあると思うのです。そういう問題をこまかく見るだけの、意見を聞くだけの雅量というものを当局は持たなければいかぬと思うのですよ。そうしなければ、われわれのやっておることは金がないからこれが最大限度である、これ以上のことはできないというようなことで、理
そういうぐあいによく現場の意見を吸い上げ、それを消化し、かつまた従業員の、労働者の意見を吸い上げ、それを消化し、そうしてそういう中に最も効率ある、最も理想的な国鉄の使命の達成をはかるというのが皆さんの使命、われわれの使命であると思いますよ。だから単に小さなグリーン車の問題でも、あのときにあれだけの憎しみを込めてこわされたということを考えてみましたときには、これから即座にそのグリーン車を、朝に限り上り方向は一般の定期券の方も利用してよろしいというぐらいのことはおやりになっていいのじゃないか。それができないのかどうか。それぐらいの思い切った対策を考え、こまかい配慮をされることが必要だと言っているのです。
ということでひとつ前向きに検討されることが望ましい。その態度が、たとえば動力車労働組合が皆さんに対していろいろなことを言ったり行なっておることが気に入らない、だから彼らの言うことを聞かないのだというような先入感をもって敵対視して今後団体交渉に臨まれるならば、このようなことはどこまでも終点はございませんよ。だからスト、処分、スト、この循環を断ち切るなんて思いも寄りません。したがって、労働組合の言うことも、事前協議という基本的な確認はなされておるわけですから、それをよく活用して、意見を十分聞いて、意思の疎通しないことのないように、あなた方のほうは積極的に乗り出されるべきであると私は思いますが、この点いかがですか。
とにかく労使慣行というのは長い間時間をかけてやらなければでき上がるものではありません。ですから、そういう意味におきましては、国鉄当局はもう少し寛大な気持ちと申しますか大所高所の気持ちから、この事前協議制度ないしは労使の諸問題の話し合いについてはもう少し近代的であってほしいと思いますね。そのほうに合理化を求めていきたいと思う。 それで、一つ具体的な例でお尋ねしますが、新幹線は安全かという問題について、これは三月十一日の何かの新聞の座談会に出ていたと思うのでありますが、ある国鉄の常務さんが、いろいろな問題は政治家の言いなりになっていてはあぶないんだ、安全ということは守らなければならないが、政治家の言いなりになっていてはあぶない、こう
国鉄総裁はいらっしゃらないから、総裁がいらっしゃらないと常務か理事さんですかね。きょうここに出ていらっしゃる方ではないようですね。だから、そういう点で政治不信、政治家不信の報道が新聞に出ておるから、新聞が間違いなら私は取り消しをしていただきたいと思う。ごらんになっておるでしょう。朝日新聞、三月十一日。座談会があるのです。新幹線はだいじょうぶかという。だから運転局長がおっしゃったんでは、これは私も少しばかりいまのお話信頼していいと思いますが、どの方がおっしゃることでも裏表はないと思いますけれども、少なくとも総裁からお答えをいただきたいし、いないとするならこれは運輸省の鉄監局長もいらっしゃいますが、鉄監局長としてどうですか。こういう国会
それでは動労が盛んにいっております安全の問題についてもう少し具体的にお尋ねしますが、いまスピードシグナルは国鉄においてはどの程度御採用でしょうか。
私の質問に答え得る能力を持つ方がいらっしゃいますか。スピードシグナルをいままさに取り入れている、いわゆる入り口論のように承りましたが、現在の高速、過密そして線増が多うございまして、進路見誤りがちなときにはスピードシグナルが安全の第一の条件ではございませんか。
たとえば信号にその信号の所属するルートを示すために略語が出ていますね、何「本」とか。その字が書いてありますのは夜は見えないように単なるペイントで書いてございますが、ああいう場合でも運転士に対して安全を守らせるためには、施設の面においても安全が確保できるという条件を備えるものを完備しなければならぬと思うわけです。なぜ夜遠くから見えるように発光体によってあれが書かれないか。そういう点などは昔のままでしょう。
私は動労がいう安全の幾多の原則というのはわかるような気がするんですよ。実際上二人制をあなたたちが、話し合いに応ずる筋合いのものでないといって拒否した、こういうことが今度の闘争を誘発した非常に大きな原因になっておるでしょう。それから各安全施設の問題について指摘されたことについても、皆さんのほうはなかなか理解を示されないので、そこで動労は安全運転、安全輸送のために、言うならば国民の生命を守り、福祉を増進するためにやったことなんでしょう、いい意味で言えば。だからそういう意味において、皆さんがその人の熟練度にたよるというやり方で放任されておるということはどうもおかしいのではないか、そう思うのです。運転士の熟練度にたよる、それでよろしいのです
定められたとおりにやればと運転課長はおっしゃいますけれども、その定められたとおりにやれるであろうというのは、これはあなたのおっしゃる熟練度というものに依存しておる。運転士そのものの熟練度に依存をしておる。そんなあぶないことがありますか。だからあぶないならあぶない、非常に危険なら危険ということはだれが見てもわかることです。特殊な熟練度の天才的な手腕を持つ者でなければ、その任務が完全に果たされないというような条件を与えておくということは、近代的国鉄の管理者のとるべき道ではないじゃありませんか。
それでは重ねてお尋ねをいたします。 駅構内に入ってまいります際に、房総線におきまして出ました追突の事故がございましたね。信号線停電、それからATSが関連して、前方に停車列車あり追突した事故がありましたが、国鉄当局の設備されておりますATSというのははたしてSになるのかどうか。自動列車停止装置であるのか、自動列車コントロール設備であるのか。いわゆるATSではなくATCではないか。コントロールはできる。言うならば、ブザーが鳴るから、鳴ったブザーをオーケーといって押せばそのままとまるわけじゃない。原則としてそのままほうっておいたらとまらないでしょう。危険なところに来たならば即座にとまるATS、完全なストップ装置をつけるべきではないか、
私の言うのはATSのことですよ。Sは肩たたきでしょう。言うならば目ざまし時計でしょう。目ざまし時計方式などというものを使っているのは、よほどこれは運転手の注意力とその技能というものに一切をまかせたことであって、機械というものにいろいろなコントロールさせるという機械化の時代とはちょっと違うんじゃありませんか。
人間の注意力が中心ということは、その動力車操縦者の注意力が中心となっておるのですね。だから、その人たちに対する当局のいろいろな態度や施設その他が、その人たちの仕事の態度、気持ちというものに対して、心の乱れ疑惑を持たしていけば、これはその運転手は平静な気持ちでその熟練度を発揮するということはできないようなことになると思うのですよ。あなた方は求めて事故を起こし、求めて紛争を招来していらっしゃるのじゃないかという気がするのです。いまの東北本線、山手線あるいは東京付近を見ましても、必ずしも信号の精度、信号の設備、よろしくないじゃありませんか。 では、運転課長、赤い信号というのは、目玉の中のどこについているのですか。