前年、平成二十六年の十二月十九日に、不動産鑑定士から第一統括国有財産管理官宛てにドラフトは提出されているというふうに承知をしています。
前年、平成二十六年の十二月十九日に、不動産鑑定士から第一統括国有財産管理官宛てにドラフトは提出されているというふうに承知をしています。
昨年の三月に確認をさせていただいて、そのときに御答弁を申し上げたのが今申し上げた答弁ということでございます。 先ほど御答弁申し上げたとおりで、昨年三月に、様々な議論があって、国会の御指示の下に担当に確認をして、当時、財務省としてお答えさせていただいたのが今のことでございますので、先ほど申し上げたとおりということになります。
お答えを申し上げます。 今ほどの記述につきましては、我々が気付くのが遅かった、気付けなかったという二十五の法律相談文書を提出させていただいたときに随分御論議を頂戴いたしました。それは貸付料の概算額と書いてあります。一方で、同じことを別の部分には貸付料の水準とたしか書いてあったと思います。 そういう意味で、その貸付料の概算額というふうに書いているから、それはイコールその不動産鑑定士からいただいたものを伝えているということではないというふうに認識をしておりまして、だからこそ貸付料の水準と書いているところもあるということだろうと思っております。
暗黙の提示をしたというふうに、委員からこの間、口頭でお話を承りました。で、今日、その紙をという、多分、見ろということで提出あったと思いますが、委員から御指示がありましたので確認をさせていただきました。 近畿財務局の職員に確認をいたしましたところ、正直に申し上げて、捜査との関係もあってどこまで話してよいか分からないけれども、平成二十七年一月十三日に森友学園を訪問した記憶はないということでございました。
お答えを申し上げます。 委員は、いつも精密に御質問を頂戴いたしますので、一月十三日と日付に力点を置いて聞かれたと思いましたので、一月十三日を確認しております。
お答えを申し上げます。 一月十三日にといってお話をいただきましたので、一月十三日を確認しておりました。更に、更にほかの日も確認せよということであれば、それは更に確認をさせていただきます。
お答えを申し上げます。 委員からの御指摘でございますので、一月十三日以外、恐らくその前後ということだと思いますので、それを調べて御報告をさせていただきます。
お答えを申し上げます。 一月十三日というのを委員は力点を置いてこの間いただいたのでそうしました。でも、委員の御趣旨がそういう趣旨であれば調べます。 その上で、その上でですけれども、先ほどちょっと申し上げましたけれども、ほかの委員から別のところでも御質問をいただきましたが、昨今、それは我々に責任がありますが、三月の報道以来、いろんな意味で、捜査がどういうふうになっているのか分かりませんが、非常に捜査との関係を気にしている状況になっております。それぞれそういう精神状態になっておりますので、電話一本ですぐ聞いてすぐ答えられるような状況にはなっておりません。そういう意味で、きちんと確認をさせていただいて、御報告申し上げるというふうに
お答えを申し上げます。 職員から、要すれば関係した職員からいろいろ聴取をした結果、そういうことの時期は特定できたというふうに考えておりますので、そういうふうに御説明を申し上げております。
文書そのものをいつ書き換えたかというのが分かるのであれば、そこである意味で物的な証拠ということになるわけですが、それは本省の電子決裁の二十九年の四月四日という部分しか現時点では分かっておりません。 ただ、関係した者に確認をしておりますので、我々としてはそこは素直に受け止めていいというふうに、事実であると、認識できていると思ってそう申し上げております。
複数でございます。
指示云々、誰が指示をしてというところは今調査をしている最中だと申し上げておりますが、いずれにせよ、関係した人間が一人ではなくて複数いるということはこれまでも御答弁申し上げておりますが、それは、関係者から聴取をした結果、間違いないと思ってそういう報告をさせていただいているということでございます。
今の委員の感じは、恐らく、トップがいて、その下に何人かいて、それぞれが指示をされて動いているという感覚かと思います。そこまでというよりも、どちらかといえば、複数の人間でいろいろ相談をしてという可能性もあるし、あるいはどこかから指揮命令が一本であってという可能性もあるしということで、そこ、今おっしゃったような、委員は、一人がいてその下に何人かいてという構図でおっしゃられると、そこまでの構図が明らかになっているという状況では、申し訳ありません、なっておりません。
委員からはその結論が早く出ないのかという意味で今何を調べられているのかということだと思いますが、まさにそこの部分は、要するに誰が責任を持ってということで、誰の責任を重いと見るかということですから、それはなかなか、それが私の責任だと、あるいは私だと言うのは、普通の人間はやっぱりなかなかそうは言い難いものですから、そこを認定するのが非常に難しいということだという状況でございます。
要すれば、物理的に作業をするという意味では今委員のおっしゃっているようなことだと思いますが、物理的な作業よりも、中身をどうするかということを考えるという世界の方が先に立っておりますので、そういう意味で、そこは明らかに、物理的に紙を、物理的に紙を差し替えるとか物理的に最後のパソコンを打つとかという話の世界ではない部分のが最初のスタートだというふうに認識をしておりますので、そこでそれがそんなに簡単には分かっていない、でもそれは分からないといけないということだと思っております。 〔理事宇都隆史君退席、委員長着席〕
いや、申し訳ありません、それがきちんとできて、誰がどこまでの役割を果たしてということが、やれというのが御指示であり我々の任務なので、今官房を中心にしてやっておりますけど、それができ次第、できるだけ速やかにと何度も御指摘をいただいていますが、御報告をしたいというふうに思っておるということでございます。
お答えを申し上げます。 まず、会計検査院に提出した書類は書換え前か書換え後かというのは、全て書換え後の書類であります。 その上で、今委員から三月三十日と三月十日という日付の話がございました。書換え前の文書、委員が御指摘ありましたように、その決裁文書の中に三月三十日に貸付合意書の取り交わし等完了という記載が出てまいります。一方で、佐川前局長あるいは会計検査院が言っている三月十日は、その有償貸付けの合意書を一部変更するという日付は三月十日で、先方から、森友学園から御要望があってそれを承諾しますというのを通知をしたのは三月十日でございまして、その合意書というか、それを取り交わしたのが三月三十日という日付だったということでございます
お答えを申し上げます。 会計検査院に資料を出さなければいけなかったのは、ちょっと、御通告いただいたならあれですが、私の記憶では四月の十何日だったと思いますので、要すれば、検査院に出した、資料を出さなきゃいけなかったのは四月のたしか十何日、上旬だったと思いますので、それまでの間に作業をしていると、ある意味で書換え後のものが提出できるようになってしまっているということでございます。
簡単にお答えします。 まず、先ほど四月上旬と。四月下旬の誤りでした。申し訳ありません。確認いたしました。 その上で、今ほどのお話は、十四の文書以外にも書換えがあるのではないかということだと思います。これだけのことをやっておって、いや、それはありませんと言っても信じていただけないのはもちろん承知をしていますが、我々なりには、これは相当調べてやっていますので、書換えについてはこの十四で全てだと思って作業しております、報告をしております。
簡単にお答え申し上げます。 総理から簡潔にお答えがあったとおりで、上の二つはいずれも二〇一六年の三月に地下埋設物が発見されたことによって状況が変わったからこういう結論になっているということでございます。 三番目のは、先方の二〇一五年度中という御要望に対して、結果的には二〇一六年度になっているということでございます。