知事の選挙の問題は非常に大きい問題でございまして、私としてはまだ結論出ておりませんが、御趣意の点はよく研究いたしたいと思っています。
知事の選挙の問題は非常に大きい問題でございまして、私としてはまだ結論出ておりませんが、御趣意の点はよく研究いたしたいと思っています。
亀山委員にお答え申し上げます。今回地方公務員法の中で地方公務員の停年制を行わんとする案を提案いたしました。しかるに国家公務員に対してこのことなきに、何ゆえ地方公務員だけ取り上げてかようなことをするか、こういう御質問かと思います。国家公務員についてはばらばらではございますが、あるいは大学の教授でございますとか、あるいは防衛庁の役人たちでございますとか、裁判官等については部分的ではございますが行われております。現在におきましては公務員制度の調査会におきしてこの問題と取り組んでおります。今公務員制度全般にわたっての案を得たいとしております。大体におきまして右へならえという場合に、国家公務員の方でやっておりますから、地方公務員関係においても
今この方面に直接関係を持っておる事務当局からのお話も聞きましたが、次の通常国会には提案したいという段取りにおきまして、事を進めておるように聞いております。
私は端的に新陳代謝が行政というものを、特に地方行政を常に新しく常に活発に、しかも仕事の多い地方行政をなめらかに、早く功績の上るようにしていくという意味で、通俗に申します新陳代謝がこのねらいであると申し上げたいのでございます。
行政整理というのは、一つの財源を生み出すために役所の人に仕事から引退を求めることでございますが、新陳代謝はむしろ役所の機構を新たにして、生々発展的なものにしたいというのが目的でございまして、経費の点からのみ考えた行政整理とは趣旨におきまして、目的において違っておるのでございます。ただ最初のときに見ますと、人が減るという意味におきまして行政整理のように思われますが、行政のために実は息を吹き込むというところに、この停年制の意味があるのでございまして、切りっぱなしでやっていこうという意味ではございません。
役人の種類にもいろいろお仕事の関係がございますので、一律には申し上げることができないと思いますが、今申されたような能率の下るというようなことの万々ないようにやっていかなければならぬ。ただいかにも年令が非常にふえてきた、そういう問題につきましては若年停止の恩給関係というようなことも考えなければならぬ。また仕事の種類によっても考えなければならぬと思います。しかし金だけ浮かすという意味でなく、もちろん今申しました新しいお方も採用するという、能率を上げていくという意味において、私どもはやむを得ないことであると考えております。しかし余人をもってかえがたいというような場合におきましては、いずれは条例によって定め得るでございましょうが、特別な考慮
停年制をしく場合の基準として、最も重要な問題であろうと思います。私は速記録も読まず、はなはだ怠ったわけでございますが、新潟県知事が四十五才と言ったのは、どうも私とは寸法が合いません。御案内の通り実業界の一般のケースは五十五才と私は見ております。それから国家公務員関係の特別な職にある者については、いろいろあるのでありまして、あるいは裁判官あるいは大学教授などありますが、最も低いところは防衛庁の関係であったと記憶いたします。防衛庁関係では三十五才になっております。そういうふうにばらばらではございますが、一般的に見ますとやはり五十五才というのが常識的なところではございますまいか。但し医学の発達につれまして、日本全体の停年制というものを、財
これは憲法にもあります通り、性別によって区別することはできませんので、男も女も同様にやっていいと思います。ただ先ほど申しました医学の発展とか、あるいは通俗にいう厄年とか、いろいろな点を考えてみますと問題はありますが、しかしわれわれの取り扱う範囲においては、性別によってかかるものの取扱いを区別することはいけない、この原則は固く守らなければならぬと思います。
清瀬文部大臣と私の話し合いの中においては了解しておるのであります。すなわち文部省と自治庁との関係におきましては、了解しておるわけであります。
北山委員、亀山委員の御質問を聞いておりましたが、私も同様の疑義をこの法案のときにも感じたのでございますが、やはり先ほど北山委員が大体においてという言葉をお使いになった、私もそういうふうに思っております。大体において方角がきまるのではないか、その線を守らなければならぬ、守らない者はいけない、また亀山委員が言われた、もしそういう者があった場合に、次の場合に修正するか、これは私は当然修正しなければならぬと思います。その方法、遡及等の問題につきましては、もう少し研究したいと思いますが、修正しなければならぬということは申し上げてよろしいと思います。
人の生活面におけることは、私も非常に心痛するところであります。その人により家をささえておるというような場合に、特にその点を感じます。私自身の身近でも、そういういろんな場合を見もし、また相談にもあずかっておる次第でございますが、その問題と同時に、町村において今までこの制度が行われなかったためのお訴えも相当にございまするので、この際主として市町村をして、そのような道を開かせるということが、私は制度上必要でないか、もちろん他の一面において、かような問題につきましては、国としても社会制度全体の上からも考えなければならぬ、かように思っております。その人に同情する、それに対する社会施策等をどうするかという問題と、市町村等におけるこの停年制の道を
ただいまの御趣意は、一人でもということは、聖書にあります九十九匹の羊は帰って、一匹帰ってこない、これこそ社会問題の中心問題でございます。そういう点を加味しつつ、修正でもされるというときはどうするか、こういうお言葉でございますが、私は修正案というものも、まだ拝見しておりませんし、われわれ入れ得るものでございましたならば、やはり社会の大きい問題ですから、考えねばならぬと思います。私どもの今の立場から申すと、この法案のように御審議、御可決願いたい、こう申し上げる以外にございません。
はなはだ恐縮でございますが、私、その速記をまだ見ておりませんでございますが、われわれが今回合併促進法を九月で切って、新たに建設促進法をもってせんとする立場を申し上げれば、御了解できるかと思います。なるほど現在合併促進法の中においても、国その他の協力援助の規定もございます。また残った未合併のものをやっていかなければならぬ問題もあります。ただこれを引いていけば、それでいいではないか、こういうように考えられる面もございますが、実は合併という事柄を第一段と私は考え、さらに合併したものを、どう仕上げていくかということを二段に考えるという考え方でございました。もちろん未合併の問題は別といたしまして、すでに合併したものをどうやったならば健全に建設
第一の、今までのやり方は非常に手ぬるかった、少しずさんであった、行われなかったのではないか、その通りに私は思います。これは決して立場において前任者のやり方を、どうこういうわけではございません。私になってからの期間も相当ございますので、さようにその点は白状しなければならぬと思います。特にお示しになった国有林野のごときは、十万町歩という予定があったのが、一割にも達せざる現状でございます。これを新地方団体の財源とするとか、あるいは資源としてやっていくという意味におきまして、まことに計画はずれであることを感じます。今回私はそういう意味で、各省と交渉するに当っても、ほんとうに実行するのだ、たとえば電電会社におきまして、無電の電話のない村をなく
今までの合併が拙速であり、さらに急いで間違いを起してはいかぬというお言葉、私も身にしみて感じております。さっき私ちょっと言い違えましたが、六カ月というのは知事の勧告でございまして、それが実際に完成いたすのは六カ月という意味じゃございませんから、さよう御承知を願いたいと思います。この点につきましては、とにかく慎重を期して、そして残ったむずかしい問題、先ほど部長からも申しましたが、あるいは単純な名称等の問題もございますし、一番大きな境地の問題もございますし、それぞれに分けまして、こういう問題を処理していきたい、お言葉のように拙速にならぬように、しかも実績をおさめたい、かように考えておる次第でございます。
ほんとうに合併という仕事はむずかしい仕事でございます。しかし、合併しなければ起債の問題も認めないとかいうようなことを世間でときどき聞きますが、そんなこと万々ないようにいたしたいと思います。結局自治体の自主性ということが根本でございまして、あるいは知事の勧告とか、総理大臣の勧告という問題もございますが、もう最後の最後まで考えなければならぬのは、自治体の自主性ということであろうと思います。灘尾委員のおっしゃるお言葉、その通り私も感じております。
いろいろ経験者のお調べのところで、ほとんどいい成績のあるものはないというお言葉でございましたが、私ども事務当局から聞いた範囲においては、いいものも相当にある。いいその程度等の問題がございますが、全部が全部悪いというようには私はとっておりません。大体におきまして——悪い点ももちろん認めなければなりませんが、合併によって、ことにその新しい村作り、町作りの関係者の努力によりまして、今までの財政力も変ったとか、いろいろな点があげられていることと私は聞いております。
今までの御非難の点、あるいは分村問題等につきましては御指摘以外にも私の耳にも入り、また陳情も出ております。それなればこそというと、変な理屈をつけるようなことになりますが、この建設計画は、もともと赤字もよけいふえたじゃないか、実は合併前には赤字を隠しておいたのが出たような例も少くございません。その他あるいは今までの六・三制制度による実行のために、いろんな隠されたものが今度出てきた、あるいは事業の点もあった、そんなこんながありまするので、見直すという意味は少し強く当ると思いますが、今までの計画をさらに新しい立場から、計画をし直すといいますか、手直しをするというか、よりよいものにするというか、こういう意味におきまして今度建設計画を立てたわ
私の言葉が足らなかったのでございますが、私どもがここに新市町村建設計画の調整というのは、根本的に作り直すという意味じゃございませんので、法文の中にも説明的に「新市町村建設計画の実施のための年度別計画の変更又は作成をいう。」と申し上げておるような次第で、ある計画がありますのを実行上どうするか、実は計画を作るときには赤字は隠されておったが、赤字もわかってきた。そうすればこれを実行するにはどうすればよいかというときに変更を要するのでありまして、もとの計画をぶちこわすというのでなく、もとの計画を実施するためにやるのでございますから、住民の期待した目的、ねらい、その計画そのものを実施に移されるように持っていこうというのが調整の意味でございまし
北山委員のお考えになった点は、実は私の最も憂慮した点であります。国勢調査と申しますか、人口の内容から見ましても、たしか市の人口が五割三分になっておるという、日本の大きく市に片寄った姿が出てきておるということは、全日本を見まして市がそんなに多くなったか、こう私は感じつつ同時に、農村の立場というものを深く考えなければならぬと思ったのでございます。もちろん市と申しましても、その中にずいぶん山もあれば、田もあり、畑もある今日の市の区域でありますが、しかしどちらにいたしましても、つまり商工部面と農村部面というものが同じ市内にあるわけでございまして、これがにらみ合ったり、もしくは今のお話しのように、農村が市に入ったために何の利益もないじゃないか