詳細には覚えておりませんけれども、当時、私の方の、今回の、当時の私が参りましたのは、海上自衛隊のイージスの情報漏れのあれが、アメリカが大変この問題に関心を持っているということで、私どもの防衛省の対応、そういうものについてアメリカと協議することで参りました。 それで、まあアーミテージさんは国防省関係者ということでございますから、大体どういうふうな受け取り方をされるかということについて意見交換をした記憶がございます。
詳細には覚えておりませんけれども、当時、私の方の、今回の、当時の私が参りましたのは、海上自衛隊のイージスの情報漏れのあれが、アメリカが大変この問題に関心を持っているということで、私どもの防衛省の対応、そういうものについてアメリカと協議することで参りました。 それで、まあアーミテージさんは国防省関係者ということでございますから、大体どういうふうな受け取り方をされるかということについて意見交換をした記憶がございます。
私が今回訪米したときにアーミテージさんと会っているのは事実でございますが、アーミテージさんと会ったときに私の記憶に残っているのは、そういうことをお話ししたと。それから、私とアーミテージさんが二人だけで会ったわけでなくて、向こう側もおりましたし、私どもも、行った出張者を全員連れていっての会議でございますから、会議の中身は、その中でみんな聞いていたわけでございますから、聞いていただけばと思います。
ございません。
寺岡防衛課長と会ったという記憶はございません。委員会での答弁を、議事録を私も読ませていただきましたけれども、私以外にも官房長あるいは事務次官、大臣に会ったと言いますけれども、統合幕僚会議議長の会議が終わってから彼が説明するまでの期間にあれだけ多数の人に会うことができたのかどうかということと、それから私が会います場合には、幕の担当課長が会うということは、前に、私の下に防衛政策課長という者がいるわけでございますから、そういう者との関与を経ないで直接私のところに来るということは考えにくいということでございます。 とにかく、当時の記憶として、私は、防衛、海幕の防衛課長に会ったという記憶はございません。
私はその発言について承知しておりませんし、アメリカ側がどういう考え方を持っているのかということについて私が承知しているわけではございませんけれども、私どもが担当局長として当時のアメリカに申し上げたのは、テロ対策特措法というのは、テロ対策特措法に基づく米艦、アメリカに対する給油というのはテロ対策特措法の目的に限定されると、これを常時認識して対応してほしいということは会うたびごとに申し上げていた記憶がございます。
私は油の細部にまで知見がございません。そういうふうな艦船用の油を供給しているという説明は受けたこと、受けた記憶はありますけれども、その艦船用の油の中にいろんな種類があるというような知識はございませんし、そのような説明を受けた記憶もございません。
承知しておりません。そういう説明を受けた記憶もございません。
承知いたしておりません。
いや、今日、私の知識としては初めて先生の質問でその名前を知ったということでございまして、私の記憶にはございません。
当然、中東の、寄港地は忘れましたけれども、そういうところで調達していたというふうな認識に立っております。
まあ、私の記憶が間違っていたら大変な御迷惑をお掛けすることになるんで、私の気持ちとしては軽々に申し上げられないということでございます。
それでは申し上げますけれども、久間先生と額賀先生ではなかったかと思っております。
ええ、それはございます。
御一緒したことはあると思います。
承知いたしておりません。
そういう話を、在任中ですね、報告を受けたということは一切ございません。指示を受けたということもございません。
私が辞めてから久間大臣のところにごあいさつに行ったときに、久間大臣からそのような話は聞いた記憶がございます。
まあ、物によって、命令というだけじゃなくて、指示とか、あるいはこれを伝えろとか、大臣が省内でおやりになることはいろんな形態がありますから、私はそのことについて承知しておりませんので、私から申し上げるということ、そういうことで実態を知らないで申し上げるということはなかなか難しいということでございます。
少なくとも私が在職中にそういうことを装備局が検討していると、そしてその検討した結果を私のところに説明に来たという記憶は私には一切ございません。
会議が終わっての別れ際でございましたけれども、君に言わないでおったことが一つあったと、GEと直接契約できないか担当課長に指示しておいたんだけど、おいたということは、別れ際、大臣から聞いたことがございます。