一切ございません。
一切ございません。
ありません。
私、大変部下に迷惑を掛けて申し訳なく思っております。 今から十年前に私家を買いまして、そのときの資金としまして、父親からもらった仙台の山、これが宅地分譲地になっておりまして、それを売りまして、いろんなことから借金していたんですけれども、当時私五千万ありまして、その金が当座使わなくて、まあ使わなくてもいいというお金であったものでございますから、それを当時、私の部下が少し殖やしてあげますよと、貸してくださいと言われて、二千五百万と二千万と二回に分けて貸したことがございます。借用書を書いて貸したことが、借用書を書いた、貸したことがございます。
いや、もう全く一般的ではないと思っております。特異、もう私もその五千万というような大金を手にしたというのはそのときが初めてでございますから、その金を何とか殖やしてあげるという言葉に私自身が乗ったという甘いところがありまして、そういうことでございまして、私が、そういうことが防衛省の中で一般的に行われているということではないと思っております。 それから、この話は十年前のことでございまして、私が事務次官になった今行ったというものではございませんから。
十年前の七月に四千五百万、二千五百万と二千万を貸しまして、私の記憶では、貸した当時、返すのがなかなか難しくなったというふうな話を彼から聞いたことがございます。そして、だけど、彼は必ず返すという、貸し借りの分は必ず返すということで、その年の十二月までたしか三千万近く返して、千五百万が残ったわけでございます。それを五年間掛けて返して、最後に一千百万返してもらったということでございます。
委員会の委員長、それから理事の方と鳩山先生が委員長だったときに会合を持ったことがございますが、私どもはそういうところでどんな話をしたかというようなことは覚えておりませんし、鳩山委員長からそういうことを組織として調べるようと言われた記憶もございません。
会合は持った記憶がございます。会合でどんなことを話されたのかについての記憶はございません。そして、そういう話、いや、組織として検討しろよというような指示をいただいたというような記憶もございません。
委員長以外は覚えておりません。
いや、そういう記憶は全く覚えがありません、覚えておりません。
今年でないことは確かでございますので、去年もそうではなくて、おととしぐらいではなかったかと思いますけれども、私の記憶ではそういう記憶でございます。 ただ、この話は、宮崎さんと一緒にいたかということで聞かれましたものでございますから、その中では宮崎さんが中心ではなくて、ジム・アワーが中心だったわけですから、これはよく御理解いただきたいと思います。
私が、衆議院でもお話ししましたけれども、二十三年前に付き合ったときに、海外の、あなたは今までドメスティックで海外の付き合いがないと、そういう人と知り合った方がいいということで、先輩のアドバイスで宮崎さんを知って、国防省、国務省関係のOBと付き合うようになったわけですけれども、その中の一人があのアワーさんだったような気がしております。
私はその前に仕事の関係でアワーさんは知っておりましたけれども、仕事を離れて紹介していただいたのは宮崎さんでした。
接待を受けたということではなくて、その席に、宮崎さんがいた席にお二人の先生がおられたということでございます。 どちらが、だれが接待したのかについては私は承知しておりません。はい。
いや、最初に委員長にも申し上げましたように、私のこの問題についての前提は宮崎さんがいたという前提で話しております。それから、私の記憶も時期がいつかということであいまいであるということは申し上げました。宮崎さんがいなかった席で会っている可能性があるということは申し上げました。 ですから、宮崎さんに確認していただかないとですね、で軽々に名前を言うわけにはいかないということでずっと申し上げておったんですけれども、何事にも、じゃ、その自分の覚えているところを言えということでございますから、間違っているかもしれませんけれども、そういうことで言わせていただきました。
額賀大臣の件に申しますと、それはジム・アワーさんが来たときのことでございまして、その席に私も呼ばれて行きましたら宮崎さんがおられたということでございまして、その後、その席はたくさんおられたと思うんですけれども、そこに額賀先生が来られて、そしてお帰りになったということで、額賀先生が最初に来られたということではございません。 それから、久間大臣のことについては、少数のそういう、額賀先生のときのような大きな会合ではなくて、少数の会合だったと思っておりますけれども、そこで私が確認したのは、私の記憶では宮崎さんがおりますけれども、宮崎さんが本当にいたのかどうかということについては私は確認できない、確定的に覚えてませんので、今まで答弁を差し
宮崎さんが絡んだのが、絡んで、宮崎さんといたという席で、私の記憶として、ほかの大臣と、あるいは防衛庁長官経験者と会ったという記憶はございません。
複数の政治家と会ったというのは、ジム・アワーさんのときにたしかほかの政治家もおられたと思いましたので、その記憶を申し上げました。はい。そういうことでございます。
この間の衆議院でも申し上げましたけれども、地方にゴルフに行ったときに終わってから食事をしたことはございます。ですが、こちらで、東京で現職の防衛省の官僚を連れていったということはございません。 ただ、OBが、山田洋行に就職しているOBと飲んだことはございます。我が家に来てもらったこともありますし、外で飲んだ経験もあるいはあったかと思います。
二十三年間にわたるわけでございますから、私の今記憶しているところではございません。
私は、やはり宮崎さんとの付き合いというのはお互いの立場、ポストをわきまえて付き合おうということでやってまいりまして、仕事を持ち込ませないということでございまして、私は宮崎さんと付き合っているということを防衛省の中の人間に見せるということはずっといたしておりませんでした。 そういうことで、私は宴席に連れていったという記憶はございません。