憲法解釈の問題ですから、私が明確に法理論的な、憲法解釈的な立場でいわゆる法律的に物をはっきり言うということではありませんが、これまでの解散の歴史、そういうところから見まして、これはもう憲法七条において解散ということも今の日本の憲法ではあり得る、こういうふうに思っております。
憲法解釈の問題ですから、私が明確に法理論的な、憲法解釈的な立場でいわゆる法律的に物をはっきり言うということではありませんが、これまでの解散の歴史、そういうところから見まして、これはもう憲法七条において解散ということも今の日本の憲法ではあり得る、こういうふうに思っております。
これは私が言っているわけじゃありませんから。 ただ、私の見解を言わしていただけば、今違憲状態にあるという最高裁の判決が出ていることは事実でありまして、それを踏まえて国会で議論をして与野党が努力をして、そして議長さんにお願いをして裁定ということになって、この定数是正の法律案にこぎつけたわけであります。これはそれなりに国会議員が最大の努力をして今日に至っておる、こういうふうに思っております。そして、これもやはり法律が成立をすればできるだけ早くといいますか次の解散で、あるいは総選挙で解消するということが当然であろうと思いますし、その辺はなかなか気持ち、気分の問題で、私は法律が是正されれば、是正が法律として通れば、そこで国会の意思という
まだ全然、閣内で議論として何も出ておりませんから、ですから、こうした問題はやはり閣内で議論する、されるということになれば、お互いに国会議員として、また閣僚としてやはり憲法は守る、あるいは議会政治を守るという立場から堂々の議論はこれはしていかなければならぬ、こういうふうに思います。
海外援助のあり方につきましては、我が国は南北問題の根底にあるところの相互依存の認識と人道的考慮を基本理念としまして、開発途上国の経済社会開発、民生の安定、福祉の向上を目的として援助を実施しておりまして、かかる我が国援助はおおむね所期の目的を達成しているものと考えております。 援助の適正かつ効果的、効率的実施を一層促進する上で援助評価は重要な役割を果たすものと認識しております。援助プロジェクトを評価するに際しましては、当該プロジェクトが所期の目的どおりの効果を上げているかどうかという点に加えまして、周辺への経済的、社会的波及効果及び我が国との関係に及ぼしている効果についても調査することにいたしております。評価の実施に当たりましては
どういう検査ということではありませんが、日本の援助は非常に膨大な援助、アメリカに次いで世界第二位という膨大な援助をいたしております。これは各国政府との約束事、いわゆる交換公文、それを中心にして具体的な実施を行っておりますし、また無償援助あるいは技術援助等広範な援助をいたしておりますが、これは後でいろいろと評価もいたしておりますし、それから各国政府との関係で、相手の政府からの非常な評価をいただいております。これは私も各国をずっと回ってみましたり、あるいは各国の要人が日本を訪問する際に必ず援助問題が出てくるわけでございますが、その際援助を受けておる国々が挙げて日本の援助というものに高い評価を与えておることでありまして、そういう意味で、全
援助資金の使用は基本的には被援助国の責任において行われるものでありまして、我が国が一方的に会計検査の受忍義務を被援助国に対して課する場合には、仮に現実にかかる義務を認めさしたといたしましても、援助の円滑、効果的な実施が阻害されるばかりでなく、そもそも経済協力は開発途上国の自助努力に対する支援との考え方に立てはその目的に沿わないこととなるものと考えております。私は、援助を日本の国がいたした事業にいたしましても、相手の国、フィリピンならフィリピンの国のまた資金も一部出ておるという面も、プロジェクトも多いわけでございますから、そういう中でフィリピンの会計検査院がフィリピンの事業として検査をされることはこれはフィリピンの国として当然のことで
これはフィリピンとの関係におきまして、私たちは日比間で援助のあり方、援助が効果的、効率的に行われるにはどうしたらいいかということについて十分話し合いはしたい、こういうふうに思っておるわけでございますが、そういう中で援助というものの目的からして、相手の自助努力の補完をするという立場にあるわけでございますし、やはり主体はフィリピン政府そのものでございますから、フィリピン政府の実施に当たっての検査体制、監査体制の強化というものが非常に大事なことになってくるんじゃないだろうか、こういうふうに思っております。 なお金計検査については、これはJICAとかあるいはOECF等に対しては会計検査を行っておるわけでありますが、援助について、フィリピ
ゴルバチョフ書記長からの提案については承知をいたしておるわけでございますが、広島で開催しようという呼びかけがあったということについても承っておりますが、しかし日本側に対しては何も連絡なしに日本の広島を使おうという話でありまして、私たちはそういう呼びかけがあるとするならばまず日本側に相談があってしかるべきじゃないかと思うわけでございます。しかし、呼びかけは呼びかけとして、我々としては軍縮が推進されることは大変結構だと思いますけれども、今の状況のもとでアメリカがこれを受けるということにはならないのじゃないかと思っております。事実、私の想像したように、アメリカはこれを拒否しておるということのようで、アメリカとしては米ソの第二回目の首脳会談
我が国としましては、核実験全面禁止というのは我が国の年来の主張でありますし、しばしば国連にも決議の形で我が国の考え方を述べておりますし、軍縮会議、委員会等におきましても強く主張しております。最近具体的な提案もしておるわけで、全面禁止ということを、ここでまず米ソがそういう方向で一致するということは大変結構なことだ、心から期待をし歓迎をするわけでございますが、ただ、我々が幾ら期待をしても、米ソが合意しなければこうしたことはできないわけで、今の状況からいくと、米ソの第二回首脳会談は行われるというこれは約束事になっておりますし、我々としてもそれを強く推進しておるわけでございますが、しかし肝心のアメリカが、こうした軍縮だとか地域問題だとか、こ
私は、ソ連が核を廃絶していくという方向で努力している、アメリカが核を拡大している、そういう方向で進んでおる、そういう考え方はちょっと疑問がありますですね。私は、ソ連とアメリカは基本的には核問題に対してそう変わっていないのじゃないか、こういうふうに思います。 そういう中で、とにかく核実験を全面的に禁止する、核を廃絶していくということは、これは日本の理想でもありますし、世界がまさに求めておるところでもあるわけで、日本も、国連総会とかあるいは軍縮委員会等では、具体的な提案も含めてこれを主張しておるわけです。世界に対して強く主張しております。日本の考え方は、そういう面では世界の中で明らかになっておるわけでございますし、また、それがために
この一月に八年ぶりに日ソ定期外相会談が行われまして、これは私は、これから日ソ間の対話を進めていくという意味におきましても、日ソ関係を改善するという意味におきましても、ある意味の成果というのはあったのではないか、こういうふうに思っておるわけであります。 世界情勢はいろいろと変化をしておりますが、しかし大事なことは、こうした日ソ間の定期外相会談というものをこれから継続して定着させていくということが今まさに必要なときであろう、こういうふうに私は考えております。こうした一つの定期外相会談を定着させていくというモメンタムというのが大事だ、その時期としてやはり今が一番いいんじゃないかという考え方のもとに、これは日本だけが決めたといって決めら
まず、私の訪ソにつきましては、私自身が政局というものにとらわれないでこれは決めたわけです。やはり日ソ関係、特に将来の日ソ関係というものを考える場合に何としても大事なことは、今の定期協議を定着させる必要がある、そして一月に日本で議論したことを今度はモスクワでもう一回議論をしてはっきりさせなければならぬ、そしてこれを今後継続的に行っていくということが今一番大事じゃないかということでございますし、将来の日ソ関係にとっても非常に大事だ、こういうふうに思いまして決断をいたしたわけでございます。 もちろん、そういう中で成果があれば大変いいわけでございます。例えば文化協定についてもここで調印できるということになれば大変結構だと思います。この点
まず、中曽根総理が、お話によりますと何かしりをまくってどうだというような御質問でございますが、そういうようなこともないだろうと思います。やはり我々の尊敬する総理大臣ですし、長い間の政治家としての経験をお持ちですし、その辺はやはり十分判断をされて、決断をすべきことは決断をされる、私はそういうふうに思っておりますし、何もそう——いろいろと時局が動いておりますけれども、それは政治家の見識を持ってそれぞれおやりになるわけでしょうし、お考えもあると思います。しかし、これは全体的に政府とか党とかあるわけでございますから、十分話し合いの中で、私としては、政党政治ですから少なくとも我々のサイドの、政府・与党のコンセンサスがあってすべて問題が行われる
自民党の総裁問題、党則問題については、これは自民党のことですから我々にひとつお任せをいただきたいと思いますが、いずれにしても自民党の場合は、政党政治に誇りを持って我々は政党の運営をしているわけですから、自民党の総裁が総理大臣候補である、これはかたい原則というのがこれまであるわけでございまして、この路線を外すことはあり得ないわけですから、そんなことは到底我々としては考えておりません。夢にも考えておらないことでございます。自民党の総裁になって初めて総理大臣候補、そして議会の過半数を得れば総理大臣になっていくというのが政党政治の鉄則であろうと私は思っておりますから、それに対して何にも疑問を持っておりません。 解散問題については我々が今
リビアの問題につきましては、これは確かに声明でリビアをメンションしたことは事実であります。この点については日本もリビアがテロ事件に関与したという認識を深めた。これはアメリカ、ヨーロッパから詳細な具体的な説明を聞きまして、それはそのとおりでございます。そういう意味で日本も賛成したわけです。しかし、テロ声明はアラブ国家とかあるいはまた中東諸国とかそういうものを対象にして発しているわけではありません。世界全体のどこの地区で起こるかわからないテロに対して、参加国としてのこれに対して断固たる決意を述べた、そうして防止措置についての合意をここで行ったということでございまして、決してこれがリビア以外の中東諸国、そういうものを対象にしているものでは
今コウモリ外交と言われましたが、まさにそういう外交はとれないわけですし、とるべきではないと思っております。サミットの中で仮に今おっしゃるような議論があったとしても、これはサミットの中の問題でありますし、議論でありますし、これは表に出す立場にはありませんし、そういうことをすることは日本自体の信頼を損なうことになることはおっしゃるまでもなく明白ですから、日本が一々そういう言いわけをして歩こうということを私は言っているわけでは決してありません。日本は議長国としまして、またサミットの中の一国として声明に参加したわけですから、その限りにおいて日本は責任があることはこれはもう事実でありますし、その結果について日本は明らかに責任をとらなければなら
日ソ関係は、戦後日本外交の中で最も難しい関係にあるわけですし、また一番冷たい関係にあると言ってもいいんじゃないか、私自身も外務大臣を三年数カ月やりましてそのことを痛感しておるわけです。しかしそういう中で、今おっしゃいますように、何といっても隣国でございますし、この関係を安定させていくことはアジアの安定にとっても極めて大事なことである。これは日本だけの問題でなくてアジアにとっても非常に必要なことであろうと思うわけでございます。 そういう中で、日ソ関係を妨げる最大の問題というのは領土問題でございまして、これはこれまでも実はいろいろな経緯がございましたが、ソ連が領土問題は解決済みだ、領土問題は日ソ間にはないんだという姿勢でテーブルに着
まず、日ソ間で一月に合意したことは、これは簡単でございますからちょっと読ませていただきますが、共同声明の中で「両大臣は、一九七三年十月十日付けの日ソ共同声明において確定した合意に基づいて、日ソ平和条約の内容となり得べき諸問題を含め、同条約締結に関する交渉を行った。双方は、モスクワにおいて行われる次回協議の際にこれを継続する旨合意した。」こういうことになっておりまして、これは両国間の明快な合意でありますし、声明でございます。したがって、この声明に基づきまして私もモスクワで継続して行うわけでございます。その日本側の基本姿勢としては、これはこれまで明らかにしておりましたように、北方四島は日本の固有の領土である、この返還を一括して求める、そ
おっしゃるように、私も渡部さんの非常な御見識に対しまして心から敬意を表しておりますし、そういう基本的な姿勢で訪ソしたいと思っております。いずれにしても、腰を据えてやらなければならない、功を焦ってはならないということが非常に大事なことであろうと思っております。今の文化協定にいたしましても、少なくとも相互主義という点から見ましてこの条約、協定は結ばれなければならぬと思いますが、ただ、これを締結するためにいたずらに、また私が行くために締結を急ぐ、そのために譲歩するということは、これは避けなければならぬということは、事務当局にも、交渉当局にもよく言っておるわけでございまして、あくまでも堂々と交渉してまいる、功を焦るということで成果のみを求め
私も司馬遼太郎の小説なんかで高田屋嘉兵衛の事績等を読みまして大変感銘を受けた思いがございます。明治政府も、維新政府とはいえ随分時代錯誤的なことを政策としてやっている面もあるように、私も当時のことを考えて、いろいろ歴史等も読んでみると感じるわけでございますが、そういう中での高田屋嘉兵衛に対する処罰は間違いだったと私も思います。後で回復しているようでございますが、これは後のことでございます。 今、外務省なんかでも、日ソ関係に非常に熱心な人たちを中心にして高田屋嘉兵衛の研究も進めておるようでございますし、今聞くところによれば、お孫さんが高田屋嘉兵衛の歴史といいますか一生についての調査もいろいろとされておるようで、これを本として著そうと