だからその必要がなくなれば政令で以てこの制限をしないということです。今までは必要があつたから制阯をしておつた。ところがそうじやなくて制限をする必要がないと考えて制限をしないということに政令でするということです。
だからその必要がなくなれば政令で以てこの制限をしないということです。今までは必要があつたから制阯をしておつた。ところがそうじやなくて制限をする必要がないと考えて制限をしないということに政令でするということです。
九條で流通制限を外しまして、只今のお話を発展的に推測いたしますれば、流通制限は外してもいもについて供出割当をし或いは配給を続けるという措置をとるべきじやないかと、まあこういう御議論もあるのじやないかと思います。これはまあ想像でありますけれども、私どもはそのはほ買入制度はこれは政府の一つの権能的な規定であるというふうに考えておりまするので、流通制限を解いてこれを自由にしてもいいような状態のものについては三條ですか、食管法の買入に関する規則を適用して、そうして強制割当をして強権発動を以て望むべきような買入の対象とすることは妥当じやないという考え方の下に買入をしない、従つてこれを若し買う必要があるといたしまするならば、食管法に基く買入じや
麦の問題を外す、外すという議論がありますが、外すという意味は結局いも、雑殼についてとりましたと同じようなことをやればやるということだと思います。要するに九條に基く流通制限を解く、外すということからいろいろ誤解が生ずるのでありますが、流通制限を解くという意味になるのであります。流通制限を解いた場合に然らば買入或いは配給をするかという問題が出て来るわけです。それは買入をするにも流通制限を解くようなものについて罰則が伴うような買入制度というものは実はおかしい。従つて流通制限を解いたものについてはそれに相応するような別途の買入竝びに売渡の万策を立てるべきであろうと思うのであります。そういう点については、従つて食管法による買入、売渡の規定にあ
申上げるまでもないと思いますが、その点はいろいろ考え方も違うと思いますが、必要がある場合には制限ができるという規定になつておるのですね。必要があるかないかということですが、従来は必要があつたからそれは制限をしておつた。ところが必要がないという見方になればそれは解いてもいいということでこの法律違反にはならないのではないか。ただ必要があるかないかという点についての認定の仕方が適当かどうかという問題はそれは残ると思います。併し法律論としては必要がある場合には制限ができるという規則があつて、必要がないと認めた場合にはその制限を解くということ違法的な措置じやないという考え方を持つておるわけであります。尤も又麦については蛇足になりますけれども、
公団の清算人につきましては、直接監督、直接の責任は大蔵大臣であります。従つて大蔵大臣の方から清算人が任命されまして、清算事務に当つておるわけであります。
ちよつとはつきりいたさなかつたのでありますが、どういう問題でありましようか。
私も想像にわたつてお話申し上げますが、その問題はただいま公団の清算側と私の方とで、いろいろ交渉いたしておりますが、まだはつきりした結論には到達しておらないのであります。
前段の問題につきましては、至急に解決いたしたいと思います。 麻袋の会社をつくるという話は私は承知いたしておりません。ただこういう事情はございます。麻袋が相当逼迫をいたしておりまして、食糧の需給上麻袋の操作というものも大きな意味を持つておりますので、これは政府が一手に持つている形になつております。それが政府が一手に一々処置をいたしますことは、いろいろできません事情もありますので、協議会をつくりまして、そこで大体全般の動かし方について計画を立てて、実行いたしておるというものはございます。会社の問題は存じません。
それは結局食糧政策に関する基本問題にからんで来る問題であります。先般の政府声明で一応見送りになりましたけれども、食糧需給調節法というようなものを策定いたしますれば、食管特別会計はやめまして、食糧需給調節特別会計というものに組みかえるという構想は、一時持つておつたのであります。御承知のように米穀法当時から、米穀需給調節特別会計というものもありまして、ずつと継続して、食糧管理法になりましてから、食糧管理需給調節特別会計というようにかわつて来たわけであります。今後も手放しの食糧政策というものは、おそらくあり得ないだろう。少くとも需給調整のところまでは行くのだろう。そういたしますれば、この会計は需給調節特別会計というように、肩がわりするので
大体今月末に、先ほど麦価をきめます際に、想定米価として発表いたしております七千三十円という線を、ぜひ実現したいということで進んでおります。
七千三十円は、実質的にぜひ実現をいたしたいと思つておりますので、ただいまのところ七千三十円を割つた場合の差益を、現在の消費者価格の引下げというものに使うか、どうするかという点につきましては考えておりません。七千三十円を相当割りますれば、筋合いとしては消費者価格を引下げるという方に、使うべきものだろうと思います。しかしながら生産者価格は、大体現在の情勢からいたしまして、七千三十円をぜひ確保いたしたいというふうに考えております。
過去における問題でなく、その分も見込みまして、将来における消費者価格というものを算定し、消費者価格をきめて行くということになろうかと思います。
供出量が二千五百五十万石にきまつた。当初予算では約三千万石の内地米を買い上げるものとして予算を計上しておりました。今回の補正ではそれを圧縮いたしまして、二千大育ちよつと欠ける数字になつております。しかし年度末における糧券の発行限度は同じにいたしております。大体ことしの作柄はよくありませんので、当初予算で組みました内地米の数量よりも、内地米の買入れ数量を減らして、残りの分については外国食糧を入れるということで、外国食糧の方をふやしまして、補正予算を組んで御審議を願つておる実情でございます。あるいは御質問の点に直接触れないかもしれませんが、大体そういうふに考えております。
外国食糧につきましては、当初計画が年間三百二十万トンの輸入を見込んでおげまして、これは順調に入つて来ております。また今後四月までの間に、確実にそれだけのものは入ると考えております。統制撤廃の議論がありました際に、やはり切りかえ時におきまする政府操作食糧の充実という観点からいたしまして、相当食糧を充実すべきだ、これはまあ常道でございます。そのために五十万トン程度のものを増強しようという計画にいたしたのであります。しかしいろいろな外貨の実情あるいは輸入先の供給力その他の関係からいたしまして、ただいまそれを決定すべき時期じやないという点からいたしまして、四月からの配給を廃止するということは、しばらく機の熟するまで見送るという結果になりまし
統制撤廃の問額は政府黄門にありますように、機の熟するまでというようなことになつております。来年の十一月から必ず統制を撤廃するというような決定的なものになつて知りません。まあできただけ状況が好転いしたますれば、その状況を見ましてその方向に進みたいそういう考えでおるわけであります。従つて来年度の外国食糧の輸入につきましては、来年の四月以降でございますが、大体原則的には三百二十万トン程度のものを考えております。しかし先ほど申しましたように、本年度産米の作況が必ずしも良好だとは申せませんので、この分は不足することになろうと思います。その分の補強はせなければならぬだろう。従つて三百二十万トンを、二十万トンないし三十万トン程度のものは、ふやさざ
二千五百五十万石については、知事側としてはいろいろ議論がございました。と申しますのは、二千五百五十万石を算定いたしました基礎は、予想収穫高六千六十六万石という前提において、完全な保有数量を持たせる、そのほか採種圃等の分も除くというふうなことで計算をいたしますと、計算上二千五百八十万石くらいになると思うのです。しかしいろいろな状況からいたしまして、なかなか出しにくい環境もございますので、それを二千五百五十万石に切りまして、これでひとつお願いしたいということで原案として出したわけであります。これに対して主として九州、四国、中国方面でございますけれども、その後の作況が非常に悪い。従つてその実情は今はつきりしておるのだから、その事情を織り込
二千五百五十万石は収穫高を六千六十六万石という前提において、二千五百五十万石を考えております。従つてこれがくずれて参りますれば、また結論はおのずからかわつて来ると思います。
これは先般政府声明がありましたように、輸入の実情でありますとか、価格の問題でありますとか、あるいは作況の問題でありますとか、そういう点を総合勘案いたしまして、大体はずしてよかろうというような判断ができました場合には、そういう方法で進めて参りたいというように考えております。
先ほど申しましたように、二千五百五十万石は予想収穫高の六千六十六万石というものを前提としての話でございまして、実収高が十二月の半ば過ぎに確定いたします。これが六千六十六万石を相当下まわるということになりますれば、やはりそれに相当する減額補正をしなければならぬだろう、こう考えております。
大体お話のように供出制度を前提といたします限り、端的に申しますと、できるだけ軽い方が万事都合がいいというようなことで、これは県によつて違いますけれども、県で出されます数字は大体一番低い数字が出て参ります。その次に食糧事務務所等で出します数字はそれを上まわる数字であります。作報が一番上の数字になるわけでございます。それで作報はある意味においては非常に恨まれる場合もありますけれども、そんな点において、やはり私ども作報の数字は、全体的にはつかんでおる数字だというように見ております。それ以上まだ米があるのかないのかというようなことになりますと、これはいろいろな勘の問題になりまして、何とも申し上げかねますけれども、私どもといたしましては、大体