私のいま申しました狭い経験から申しますと、承認制度であっても教育の執行上決して不適切なことはなかった、そういうふうに運行されておるという考え方を持っておるものでございますから、私は、この点について積極的に文部省に自治制度の観点からというだけで申し入れるという考えは持っておらぬわけでございます。
私のいま申しました狭い経験から申しますと、承認制度であっても教育の執行上決して不適切なことはなかった、そういうふうに運行されておるという考え方を持っておるものでございますから、私は、この点について積極的に文部省に自治制度の観点からというだけで申し入れるという考えは持っておらぬわけでございます。
承認制の主体性は中央が持つのか地方団体が持つのかということになれば、これは地方団体が持っているわけでございます。したがいまして、これが地方自治を損ねているものではないと私は認識しておるものでございます。
具体的なことは申し上げる段階ではございませんけれども、やはり地方にとりましてきわめて重大な問題だという認識のもとに、われわれといたしましては、地方の立場に立ってこの問題を扱っていきたい、こういう決意を持って従来当たってきているところでございます。 特に五十嵐さんのおくにでございます北海道につきましては、また特別の事情もあるのじゃなかろうか、こういうことも私は十分認識をいたしまして、主張いたしてきているわけでございます。 しかし、この問題もいつまでも放置するわけにはまいりませんので、やはり近く結論を出さざるを得ない段階に来ておりまするが、いま申し上げましたような趣旨で今後とも努力をしてまいりたいと思っております。
おっしゃることは十分わかっております。最大の努力をいたしたいと考えております。
最近の火災の状況を見ますと、必ず死者が出る、これが不思議でならないのです。昔の火事でございますと、それは家屋が焼失しただけであって、人命の損傷なんというのはほとんどなかった。最近は必ず人命の損傷が生まれてくる。これが最近の一つの特徴でございますが、少なくとも火災を予防すると同時に、人命に対して影響しないような措置は何とか講じなければいかぬのじゃないか、こういうことを痛感いたしております。
いま消防庁長官からもお答えいたしましたけれども、ちょうど初期の段階でございまして、それから体制をつくっていかなければならぬという問題のように承知いたしましたので、その方向に努力いたしてまいります。
暴力団の撲滅についてはやはり市民の協力というものがきわめて重要でございます。そこで、市民の各自の努力によってこれをやる。お尋ねは、それを地方団体も積極的にやるべきじゃないかというお尋ねだろうと思います。これはでき得る限度においてはそういうことが必要であろうかと思っております。
この点はやはり名前を出す方方の判断にまつ問題だろうと思うのです。自治省がどうこうと言う性質のものでもないのじゃないかと私は思っております。要するに、そういう方方のその地域社会においての関係というものを十分に考慮いたしまして善処をしていくことが基本じゃなかろうかと思います。
その事実は初めてお聞きしたわけでありますけれども、大体、そういう暴力団を主体とするようなものは公共事業から排除すべきであるという方針をとっておるわけでございます。具体的な事例につきましては、今後措置をしていきたいと思います。
これもいま初めてお聞きしたことでございますが、お話の点をそのまま承ればまことに適当じゃない、そういうことだと思います。この辺も事実を調査したいと思います。
先ほどお答え申しましたと知り、こういうことはやはりその個人の見識と、それから考え方によるものだろうと思うのです。やはり自粛してもらいたい気持ちはありますが、これは個人の判断に基づくものになると思います。
こうした資料は初めて承知をしたわけでございまするが、過去を思い出させるようなこういうような石塔は余り適当じゃないと思います。しかしまた、本人から言うと、これは霊を祭ってあるわけでございまするから、これをどうするかということは後裔の方々の判断にまつところでございましょう。しかし、こうしたことが過去の歴史的な事実として残っているということについてははなはだ遺憾に思います。
まあいまのお話を承っての感じでございますけれども、こういうところは、個個の墓地で石塔を変えるとかこれを抹殺するようなそうしたことをすれば、一応こういう歴史的な事実というものは消えるのじゃないか、そういうこともやはりその方々としては考えていい問題じゃないか、こう思います。
お話を承りますと、こういうのが一つの墓地に、全部それがそうなんだ、こういう実態だということであれば、個々の名前を変えただけではやはり問題は解消しないで、あそこの墓地であればこういう方の墓地であるぞという社会的な認識が払拭されない、したがって、それを変えなくてはいかぬのじゃないかというのがお尋ねの趣旨のように承りました。そうであれば、やはり別途の方法を講ずる必要もあるのではなかろうかと私も思います。
ただ問題は、こういうものが今度別途のところに移る、そうするとその別途に移ったところがこういうものだけの集団であるということじゃやはり問題は残るのじゃないかという気もするわけです。混在すれば効果的には一番いいわけですね。そういう工夫がないものかどうかということも私はちょっと感ずるわけでございます。個々の墓地だけを全部別の墓地に移す、全部それがそうだということになると、墓地を移したからといって必ずしもその感触が払拭されるということも、問題としてはなかなか残るのじゃないかなという感じがするが、いかがなものでしょうか。
まだ新米なものでございますから、そこまでは承知いたしておりません。残事業のあることだけは承知しております。
理屈はそういうことだろうと思います。
一般財源の配分の問題になりますと、他の団体にも波及する面が多々あるわけでございます。でありますから、この点はよほど研究をしてみないといかぬのじゃないかと私は思っております。
これは計画的に仕事を進めておるのではなかろうかと私は思っております。したがって、いま緊急にそれを繰り上げてやるということではなくて、やはり計画的な事業を執行しておる。ところが、その計画的な事業の中にもいろいろな事情からして十分に進まないという面も多々あるようにも承知しておるわけです。計画どおりにもいかない、そういうために残事業も出てきておる、こういうことでありますから、その辺の財政事情についてはお話しの点も承っておきますけれども、十分実情を私としても承知をいたした上に結論を出すべき問題だろう、こういうふうに考えておるところでございます。
これは大いに勉強いたします。