今回の改正案、これを見てみますと、事業主等の実施する職業訓練に対する援助、これが充実される一方で都道府県が設置をいたします公共の職業訓練施設の経費、この補助方式が現行の負担金方式から交付金方式に改められて定額化しております。長期的に見ますと、国からの補助が削減されるということになります。これによりまして公共職業訓練校、この縮小に私はつながるという心配をするわけですが、この点どのように対応されるおつもりでしょうか、お伺いいたします。
今回の改正案、これを見てみますと、事業主等の実施する職業訓練に対する援助、これが充実される一方で都道府県が設置をいたします公共の職業訓練施設の経費、この補助方式が現行の負担金方式から交付金方式に改められて定額化しております。長期的に見ますと、国からの補助が削減されるということになります。これによりまして公共職業訓練校、この縮小に私はつながるという心配をするわけですが、この点どのように対応されるおつもりでしょうか、お伺いいたします。
公共職業訓練校の後退を絶対に招かないようにということを私は強く要望しておきます。 今回の改正で、職業訓練が職業能力開発と改められております。そして、一方で民間企業の訓練が大変重視をされているわけです。企業が広義に職業能力の開発をとらえた場合、この場合にはQCとかZD、こういうふうなことで生産性の向上とか企業への忠誠心、これを強化させる活動というふうなものも職業能力の開発の一環ということに今の現状からではなりかねないというおそれがございます。職業訓練の名のもとに企業の生産性向上活動、こういうものまでも取り入れることは私はあってはならないと思いますけれども、こういう点についてどのようにお考えでしょうか。
私はその教育、広い能力開発という中で、企業への忠誠心、こういうものは、単に技術が向上するとかそういうこととは別なんですよ。それまでもやはり職業能力の開発の一環というふうなとらまえ方をされるという危険があるのではないか。そういう点はどのようになさいますかということを私は伺っております。
じゃ、職業訓練という名のもとに国がそこにお金を出す、しかしそこでやられることは、職業訓練という名前のもとに企業の生産性向上活動というふうなものまでも取り入れられていく、そういうことを容認なさる、こう承ってよろしいんですか。
では、結果として云々とおっしゃいましたけれども、結局、職業訓練の名のもとに、企業の生産性向上活動というふうなものまでも取り入れるというふうなことは考えていないと、そういうことはしないというふうに承ってよろしいんですね。その点が間違いなければ、それを確認して、時間が参りましたので質問を終わりたいと思いますが、その点、もう一度お答えください。
私、前回、本法案のような大改革をいたします場合、やはり政府のとる基本的な姿勢というのは、これは国民に正確な情報、資料を提供するというふうなことで、国民が正しい判断ができなくてはだめだ、こういう態度を基本に置くべきなのに政府の姿勢というのはまことに遺憾であるというふうなことを申し上げました。私はきょうは国庫負担のあり方、それから年金の財源、婦人の年金権、このようなことについて質疑をしてまいりたいと思います。しかし、時間が非常に限られているということが残念でございます。 初めに私は、年金に対する国庫負担について聞いてまいりたいと思います。 先日、年金改革の論議、これはいろいろあったけれども、国庫負担を減らせと露骨に言っているのは
私が言った七十年、八十年、百二十年でお答えいただきたかったんですね。 それで、今七十年で三千億、それから八十年で一兆三千億、百二十年で三兆三千億というふうになるわけですが、これは率で見てみますと、現行法に対しまして七十年で九三%なんです。それから八十年で八〇%になり、百年になりますと六七%、百二十年になりますと五六%、ほぼ半額にもなろうかというふうな減額になってまいります。私はこの負担減を国民から見ますと、何と多額の国庫負担減、こういうことで納得ができないと思うのは当然であろうかと思いますが、こういう大きな負担減が出てくるわけでございます。国民が納得しないというふうに私は思いますが、一体大臣はどのように思われますでしょうか。
私が聞いておりますのは、国庫負担が現行法に比べて改正案では昭和百二十年、三兆三千億減る、現行法に比べたら五六%、ほぼ半額になるということなんですね。この数字は、これは歴然たる数字で、おたくの方からお出しになった資料ですから、これは間違いないというふうに思います。 この数字自体、なぜおたくの方ではさっさとこのことを明らかにされなかったんですか。これは政府は最初全然明らかにしていなかったわけです。衆議院で追及されてやっと七十年までを出してこられたわけです。この七十年の資料ですけれども、実に簡単な資料を出してこられた。これです。私の方でも資料を事前に要求いたしました、質問の前に。この前は三月二十六日です。出てきたのがこれでございます。
私のところに御説明にお見えになったときには何とおっしゃったかと申しますと、出した数字に政府は責任を負わなければならない、責任を持たなければならない、だから七十年までしか出せないんだ、こういうことでございましたけれども、その理由は違うんですか。
私、この前の質問の中で申し上げましたけれど、あなたたちは六十一年の四月の発足に対して二年の期間が必要だとか、あるいは一年半だとか、あるいは三月の二十六日、その時点で、もうぎりぎりのタイムリミットなんだとかと、こういうことをおっしゃった。それでもなおこの作業を急いで六十一年四月の発足に間に合わせるんだと、そうおっしゃる。こんな簡単な計算ですら十分できないで、なぜそういうことができるんですか。 しかも、私が資料を要求している、委員会に出せるようになっている、それなのに私のところに持ってこないなんて全く失礼じゃありませんか。委員に質疑をさせないという姿勢なんですか。国政調査権を否定なさるという、そういう態度なんですか、厚生省というとこ
こういう本案を審議をせよと出しておきながら、国庫負担のその計算も十分にできないんだと、そんなずさんなことがどこにありますか。 申し上げますけれども、五十八年までの年金関係資料、ここの中にはちゃんと国庫負担という項目があるではありませんか。この収支見通しの中に国庫負担という項目がちゃんとありますよ。しかし、今回になってなぜ急に国庫負担というこの項目自体が落ちてしまっているんですか。あなたたちはこういう項目を落として、こういう数字を隠しているんじゃないですか。
改正案を提示しながら、その中での国庫負担がどう推移するかというふうなことが全然計算もできないんだと。そんな複雑なものをこの本委員会に出して審議をせよとは何事ですか。おかしいじゃありませんか。今までは、将来推計としまして、給付費それから保険料の収入、積立金の状態、それと国庫負担と。国庫負担の見通しだって、昭和五十八年度から四十二年間ずっと出しているんですよ。これは責任持たないで出した数字なんですか。そうじゃありませんでしょう。そうなんですか。ちゃんと答えてくださいよ。
その当時は責任を持ったけれども、今は持たないの。
複雑であろうと何であろうと、法案の改正を提案するんでしょう。そんな計算もしないでよくもそんなもの提案しますね。それで私どもに質疑をせい、審議をせよと言いますね。私は全く無責任だと言わざるを得ないと思います。私はせんだっての質疑の中でも、この年金制度の改変のねらいの一つ、それは国庫負担の削減だと、こう申しました。国庫負担の削減といいますのは、これは保険料の引き上げなどで結局は直接国民の肩にその負担がのしかかってくるわけです。このことは紛れもない事実として多くの国民が知って、それに批判の声を上げているわけです。 私は、「年金実務」というこれは専門誌です。これを見てみましたけれども、ここで「年金大改正と今後の展望」という座談会がありま
意図はどうあろうと、いろいろおっしゃいますけれども、結局、私が資料要求したのに、出せるような状態になっているのになぜお持ちにならない。やっぱりここのところで、国庫負担の削減というのが三兆三千億なんていう数字が上がってきますよね、そして、昭和百二十年になりますと五六%、国庫負担もうほとんど半分ぐらい減ってしまう。国民が見たらこんなもの納得しないです。だから私は、財政再計算の資料に今まであったのに、急にこの法案が出たとたん項目ごと姿を消すというふうなことになってきた、全くおかしいと言わざるを得ないということを申し上げておきます。 政府が、高齢化社会が来る来るとこう言いながら、もっぱら国庫負担をこのように減らしていく、そして政府の責任
健保も大改悪いたしました。そしてまた年金の大改悪。私は、高齢化社会という人口構造が変化するわけですよ、それに伴って政治というものもそれに対応した政治をやるのが当たり前だと思うんです。高齢者に対して支出がふえていくというのは、これは当たり前じゃありませんか。普通の家だって、子供が大きくなってきて、そして高校に進むということになり、大学に進むということになれば、それに相応したように家の中の経済だってやっていくわけです。ところが、国が高齢化社会に対応すると言いながら、健康保険制度を改悪していく、あるいは年金制度を改悪していく。私は、予算全体の中で高齢者に対する支出というものをふやしていくというのが政治ではなかろうか、こう思います。大臣、い
私は、高齢化社会が進む中で国民が求めているという年金制度の改革というのは、これは安心して老後を送る、そういう年金制度であってほしいということなんですよ。ところが、政府はこれにこたえて国庫負担を充実させていくという立場でない、逆に、先ほど申し上げましたように、少し国庫負担がそれはふえていくというふうにおっしゃいますけれども、現行制度に比べて三〇%から四〇%も削減していくと、逆行であるということを申し上げたい。私は、このような姿勢を政府がとり続ける限り、公的年金に対しての国民の信頼というのはこれは失われていきます。現に生命保険会社が一斉に夫婦セットの新型の個人年金、これ売り出そうとしているわけです。国庫負担を現行水準で維持するだけでも八
質問にぴちゃっと答えてくださいよ。私は財源を求める方法というのを検討したことがあるのかどうかということを聞いているんですよ。ほかのそんなこと聞いてませんよ。 ですからそれと、次は我が国の厚生年金の保険料の負担、これが労使折半になっておりますでしょう。その理由と、二つ答えてください。
長い歴史があって、出発当時からこういうふうにやっているからと。じゃ、今の年金制度そのものは今の社会に定着していないんですか。だから変えるんですか。
年金制度だって強く定着しているんでしょう。だけど変えるんでしょう。だったら、労使折半というのも強く定着していても、あなたたちは変えようと思えば変えるということができるわけでしょう。 厚生統計協会の「厚生の指標 保険と年金の動向 昭和五十八年特集号」、これに欧米六カ国の労使の保険料負担割合が紹介されております。これによりますと、西独とアメリカは労使折半、こういうことですけれども、イギリスは労働者千分の九十、使用者が千分の百四・五です。フランスが労働者千分の四十七、使用者は千分の八十二。イタリアが労働者千分の六十八、使用者が千分の百四十七。それからスウェーデンが全部事業主負担で千分の九十四・五。いずれも労働者負担に比べまして事業主負