だから、協会として、協会が割り当てられたらしいのですね。
だから、協会として、協会が割り当てられたらしいのですね。
日本血液製剤協会だろうと思います。それが相談をなさいまして、そして、あなたのところは幾ら幾らというふうにお決めになったのではないかと思います。一番最初にお話しに見えて、財団をつくってくれとおっしゃいましたときも、そういうお話でございました。ですから、そこが逐次お入れになったのだと思います。 それから今度は、私自身がどうして出したかというと、私は、その間にいろいろな、例えば学会をいたしました。学会をいたしましたのもありますが、とにかく一番なのは、私が東京大学を退職いたしますときの退職金が入っています。それから外国で、私はもうアメリカに三年おりましたから、それで毎月五百ドルもらいましたから、それをまとめて、そのときには四百五十ドルで
大変難しい、ちょっと言いにくい質問でございますけれども、郡司さんと私は、実は私が郡司先生を教えたのです。ですから、私は彼をよく知っておりました。しかも、学生紛争がございましたときには、あのクラスというのは私を研究室から追い出したのです。そういうふうな事情がございますから、電話を一つかければ、ああ君かというようなわけでございましたので、私は理解をしたわけでございます。
今初めて、ほかの班員が決まっていなかったということを伺いました。私は、私以外の班員をどなたにするかということにつきまして、御相談も受けたこともありませんし、私からこの方を入れてくれとお願いしたこともございません。
それは、まず班の第一回の班会議で、皆さんとこれからどのようにやっていったらいいでしょうかと相談をいたしましたら、ただいまのような線が出てきたのでございます。
これは、私がほかのお医者さんのことを簡単に申し上げることはできないのでございますが、私が理解いたしておりますほど、エイズの原因が血液製剤から入ったのではないかと考えられる程度は、私ほどは強くなかったのではないかと思いたいのです。
私は、よろしいと思います。
郡司課長さんは、たしか加熱製剤のことを聞きたかったようです。それから、クリオのことも聞きたかったようです。だが、それは大変大事な問題であると私は思いましたのですが、そのためにこそ、親委員会では血友病に関する専門家が少ないということが皆様の御意見で出まして、それで小委員会を早くつくってそこで議論をしよう、検討してもらおうということになりました。
感染症である可能性は皆さん考えてはおりましたでしょうけれども、それをどのようにアプローチするかということを、私にはいい方式が、私にはもちろんですが、皆様からも御意見が出ませんでした。
私は、そういうこと、そういうことと申しますのは、結局、危険なものだからそれをなるべく使わないようにしたいということはもちろん私はもうとっくに考えておりまして、だって、クリオだって私がつくったのですから、これを広げていきたいのです。ところが、うまく使えないケースがたくさんあって、しかも、クリオ、もう材料が足りなくてこれは結局できないということになりましたから、これは新しくひとつ意見を出してもらわなければいけないというふうに思っておりました。 ところが、先はどのように、それではどういうふうに新しくいい方法を考えたらいいのかというのを検討すべきであろうという先生のお言葉でございますが、そのとおりでございまして、だからこそ小委員会で一生
クリオを使いたいという、また、クリオが使えればクリオがいいということは、私はもういつも、先ほども申し上げましたとおりでございます。 ただ、クリオは、先ほど申しましたが、足りないのでございますよ。実際は、先生、日本の血友病Aの患者さんに対しては一億単位の第Ⅷ因子が必要なんです。ところが、百万しかないのです。そうしますと、あとの残りをクリオでやりましょうと申しましても、私は、どうしたらいいかということをこれは次の瞬間には考えなければいけませんでしょう。それが私としては大変困難というか難しく、努力はいたしましたけれども、だめでございました。 もう一つは、これはクリオはだれでもできる、どなたでもやれるというものではないわけです。殊に
御質問の意味はよくわかります。けれども、その小さなこういうケースにはクリオをやりなさいとか、これは幾らぐらいのクリオで十分であるとか、そういうことを決めるのが小委員会であったのでございます。でございますから、小委員会にそれをやってくれと頼んだわけです。 ですから、私は、自分自身はクリオをできるだけ使いたいのです。けれども、自分は使いたいけれども、クリオはないのだから仕方がない。
小委員会は、風間教授が委員長ではございますけれども、風間教授だけが小委員会のメンバーではございませんで、十数名の、十名超えておると思いますが、その人たちがそれぞれに独立した考えを持ってその小委員会の結論を出しておられるのでございますから、それは、私が多少自分の弟子だからといって声を大にしたからと申しましても、その小委員会の結論を私のせいで翻したということは私はないと思います。
私がクリオについて風間教授にそのように申しましたのは、もしこのクリオがいいのでクリオを使うべきであると言ったら、クリオを供給する背景をつくってもらわなくちゃ困るわけでございます。それは、失礼でございますけれども、ある方は、それを口で言えば、我々はクリオをつくってあげたのにとか、あるいはクリオはつくれるのだとかいうようなことをおっしゃいましても、大体、あの当時の施設で、あの当時に入手できる血液の材料でどれぐらいができるかと私どもがちょっと考えましても、もうやはり一年以上はかかるのではないかというふうに思って、それならば加熱製剤を急いだ方がいいじゃないかというような結論になったわけです。
各製剤メーカー、会社、メーカーさんですね、その方が、おのおの独立して私のところに、自分の会社のものについて治験をやってくれというふうに、三々五々お見えになりました。
まさしく、先生のおっしゃるとおりに御相談がございました。それは、例えば、御依頼がありました会社の方に、だれがおたくの製剤を一番よくお使いでしょうかというふうに聞いて、それで向こうの御希望も入れて、そして先生に委嘱いたしました。
私が指示いたします幅というのはどういう種類の幅かということが伺いたいのでございますけれども、私流に判断をしてお答えさせていただきたいと思います。 それは、メーカーさんが私に御依頼になりまして、そして、そのメーカーさんもおいでになるし、そのお医者さんたちもみんなおいでになったところで、これはどのようにプロトコルを進めていくかというようなことを御相談をしましたのでございます。でございますから、そこで決まりましたのですから、それは皆様が納得なさらなければ仕方がないのでございまして、そういう意味では、私は、そこで決めたという瞬間にもう私のそういう、何といいますか、自由度はもう決まってしまうわけでございますね。ですから、どういうふうにメー
結論から申しますと、私が辞任を申し入れましたことは確かでございます。そういたしまして、そのときに辞任をいたしますことを決心をいたしましたのは、一つは、郡司さんからのお言づけを持って見えたわけでございます。それでございますから、そのときには私は、先ほどちょっと申し上げましたけれども、治験を、お医者さん方は、これだけの条件がはっきりしない以上は自分は責任を持って患者さんに薬を差し上げるわけにはいかない、だから、これだけをはっきりさせてくれ。ということは、結局、第一相試験のようなことをやりたいという御希望で、現実にそういうことをやっておられた方もあったようでございましたけれども、それはその場で伺いました。とにかく、そういう条件が満足しなけ
そのとおりでございます。
よく記憶いたしておりません。加々美先主とか安永先生……。