市民的な権利とか自由というものが保障される、それが人間だと私は思っております。そうした問題がゆがめられて、職業選択の自由とかあるいは結婚の問題とか教育の機会均等とか住居の問題とか、そうしたことに今日なお問題が残されているというその現実を、私は目をつぶらないではっきり見詰めて対策を立てなければならないという考えでございます。
市民的な権利とか自由というものが保障される、それが人間だと私は思っております。そうした問題がゆがめられて、職業選択の自由とかあるいは結婚の問題とか教育の機会均等とか住居の問題とか、そうしたことに今日なお問題が残されているというその現実を、私は目をつぶらないではっきり見詰めて対策を立てなければならないという考えでございます。
吉田委員もよく御承知のように、日本の社会の発展というものの中の歴史をひもとけば、おのずからそうした封建時代もあるし、その前の時代もあるし、いろいろな世代を通ってまいりましたから、そのいつの時点にこうした問題が発生したかということは、私、つまびらかにいたしておりませんが、しかし今日のこの同和問題というものは、社会的、歴史的な人権問題というふうに私は考えておるものでございます。 いま御指摘のように、身分制度とおっしゃるわけでありますが、身分制度そのものといえども、これは、やはり社会的、歴史的な所産であるのでございまして、私は、身分制度そのものの可否を論じても、この同和問題の解決にはならぬ、しかし、そうしたものの積み上げの中に、今日の
吉田委員の、このままいって十年たっても、たいしたことないじゃないかというような……(吉田委員「たいしたことないとは言いません。ほんとうに解決ができるか……」と呼ぶ)私は、やはり同じような危惧を持ちます。先ほど吉田委員は、私の答弁は、点数はやれるが心がないとおっしゃいましたが、私は、それは非常に不満でございます。私は、この問題は、きわめて重大な問題であるし、こういう問題が解決されて、初めて日本の社会がもっと平和で住みよいものになるというふうに思って、こうした問題を努力したい、その上にまた、いままでやってきたものを反省する意味もあって——物的の投資額については、吉田委員もおっしゃいましたように、相当の投資をやったということでございますが
外務大臣がどう言われたか、私、その場におりませんので、何ともそれは申し上げられることができないと思うのですが、やはり低開発国と言ったり、先進国と言ったり、一つの用語としてみんなが区別をしているということはあると思いますが、そういう見方がいいか悪いか、私は、やはりそういうことばを不用意に使ってはならないと思います。事実、社会生活そのものの中でも、そうした違いはどこのところにもあるわけでございます。ただ、それを先進国と言い、低開発国と言い、発展途上国ということを不用意に使っている、そういう心がまえが、やはり問題をいつも混乱させるもとになっていくように私も思います。 でございますから、そうした現実の区分と、そしてそれをどのように表現す
われわれは、国は、同対法やあるいは特別措置法の精神を十分に踏まえて、この問題に努力するということであると思いますが、いま御指摘のような問題が、各地域社会においてあるいは地方自治体においてあるというようなことも聞いてはおりますが、私は、やはりこの同和問題そのものが、まず第一義的には、地域社会における問題の解決でなければならないし、また同時に、地方自治体の中での解決を先行させるのが問題点の解決になると思う。国は、やはりそうした自治体の活動を、具体的に言うならば、三分の二の財政的な援助を繰り返し行ないながら、各自治体の活動をバックアップしていくということが一番いいのではないか。 ただ、御指摘のように、長期の計画をつくれというお話でござ
全般問題についての政府の努力は、これは決して否定いたしませんし、またそれを促進したい。しかし地域の実際の村や町や、そうしたところの問題については、やはり第一義的にその自治体の活動に負うところを、それを大いに援助していくこと、それが根本問題への解決の大きな足がかりになるので、そうした積み上げをしていくべきではないか。 これは、いまもあなたがおっしゃいましたように、インドや中国やあるいはイギリス、アメリカの問題、そうしたような問題が、はたして政府の音頭だけで動いているかというと、私は、そうは思わないのです。やはりこれは、地域の人たちの理解と協力というものがほんとうに実って、初めてそこに新しい解決が生まれていると私は思います。音頭をと
御満足いただける答弁ではないかもしれませんが、各国家公務員や地方公務員の方々には、この同和問題についての理解を深める研修会等を非常にひんぱんに開いております。また同時に、私、就任以来、六十一国会の当委員会における八木一男委員の御発言、この同和問題に対する長い苦闘の末にできた特別措置法、こうした問題についても、八木委員の御発言を繰り返し私は拝読をしております。当時の佐藤総理の答弁等につきましても、珍しい盛り上がりの中でこれが決定されたという歴史を深く心にとめて、今後は努力してまいりたいと考えております。
私は、やはりこの問題は、地域社会に住んでいる方々の全般の理解と協力の中で進められるのが本筋でありまして、そうした方向を助成し、助長していくということのために、予算措置をし、単価を改定し、いろいろな施策を補助的に行なっていくべきだと思います。あくまでその地域社会の方々の全体の理解と協力ということを前提にして、問題の処理に当たってまいりたいと考えます。
私は、ただいま私の申し上げましたような範囲で、吉田委員の御了解を得たいと思うのでございます。 それで、私といたしましては、この次官通達そのものも、そうした精神の中で出されておるというふうに考えておるわけでございます。
それは、一義的に申しますと、行政の面だけを申し上げるならば、やはり行政は公平性ということに立脚しなければならぬと思います。そうした意味合いと同時に、私は、特別措置法の三条、四条というようなことが、やはり今後の同和対策においても、現実の行政の面においても十分生かされていかなければならないと考えておるものでございますが、同時に、地域における、各自治体におけるそれぞれの方々のいろいろな活動というようなものが、自主的にそれが自治体を動かしていくというようなものであるならば、そうした運動は、それがどうであっても、われわれは拒否するものではないし、自治体がそのような行動の中で決定したものについては、われわれは協力を惜しまないという姿勢で、公平に
自主的ということは、われわれがそれを判断するものではないと考えます。地域自治体の方々が、それが自主的な運動であると思われれば、それでよいのではないでしょうか。政府のほうが、あるいは総務長官として、それが自主的であるとかないとかいうことを決定する力は、また考えは私はございません。
もうすでに私も二度ほど、皆さんにお目にかかっております。おいでいただければ、私個人は、いつでもお目にかかっております。それですから、それが自主的なものであるかないかということとは別に、私に会って意見を申し述べたいとおっしゃる方とは、お目にかかっております。それで、いまの吉田委員の御質問は、どういう点をおただしになりたいのか、それを、差別といいますか、区分して、こちらに会う、こちらに会わないというようなことをお尋ねになっているのかどうか、ちょっと私も、御質問のお気持ちはわかるような気がいたしますけれども、私は、もうすでに二度、三度、就任以来、それぞれおいでいただいた方々とは、お目にかかってお話をいたしております。
そうした面会というか、コミュニケーションをとりたいという御希望があれば、それぞれ担当者がお目にかかるのは、あたりまえのことだと思います。
私に厳格な法律的なことをお尋ねいただいても、ちょっと困ってしまっているのですが、また後ほどよく検討してからお答えをさしていただきたいと思います。
第一点の審議室を拡充する考えはないかということでございますが、今回、四十九年度から同和対策室をつくりまして、長以下十名の組織をつくりまして、後期五カ年計画の実施について十分の努力を払ってまいりたいと考えております。 それから、第二点の同和協議会の存続のことでございますが、今回の総理府設置法の改正にもお願い申し上げているとおり、さらに五カ年の延長を今回お願いを申し上げておるわけでございまして、ますます協議会の御協力と政策の推進にお働きをいただきたいというふうに考えております。 それから、各省で現在行なっております同対問題施策についての認定の判断でございますが、これは各省それぞれその判断を、地方自治体と協議の上きめておる実情でご
先ほども吉田委員にお答え申し上げまして、多少重複してしまうかもしれませんが、前期五カ年の中におきましては、ある程度物的な施設、設備、そうしたものにつきましては、計画は順調に進んだと考えます。ただ、後期五カ年に入るにあたりまして、われわれが現在反省しております問題は、この長い歴史的な所産であるところの同和問題が、たとえば就職とかあるいは結婚とか住宅の問題とか、いろいろな面でなお問題が残されておって、要するに、この問題は、物的の問題であると同時に、心の問題、精神的な問題を、ぜひ同和問題の政策の前進の大きな柱にしてまいりたいというふうに考えておるわけでございます。 そうした意味合いにおきまして、これからは、そうした物的なものだけでなし
私は、現在の憲法の掲げるところの各条項に忠実に従って行動しているということは、これは申し上げるまでもないことでございます。と同時に、こうした問題を、やはり第一義的には地域社会においてなかなかつみ取る段階に至っておらないのも現実だと思います。そこに一つ、私が先ほど申し上げた心の問題と申しますか、そうしたことを指摘を申し上げている理由がございますが、同時に、やはりこの地域社会においてのそうした問題が根強く解決されないままでおるということは、非常に重要なことでございまして、特別措置法にもございますように、これは全国民の問題なんだ、同時に、全国民の協力と理解が必要なんだということをはっきりと出されておるし、同時にまた、そうしたことを推進する
私は、現在の政府の姿勢の中で、現行の憲法を無視するようなことはないと思います。また歴代の政治の中におきましても、また同時に、社会生活全般を見ましても、この同和問題という非常に不幸な事態は別といたしましても、全般として憲法というものが、国民生活の日常生活の中に十分とけ込んできておると私は思います。そういう意味で、いま憲法が無視されておるのではないかというような危惧の念を表明されましたが、私は、はっきり申し上げれば、そうしたことはないというふうに申し上げたいと思います。
いまのお話でございますが、私は、人間だれでも自由であり、かつ平等でありたい、これは、もう憲法のいま示しておることで、だれも異存がない。しかし、いろいろな点について、いまあなたもおっしゃいましたように、多少意見があるというのも事実でございます。また同時に、この憲法そのものを、いかにもわれわれが全く無視しているような言い方をする方もおるので、やはりその点については、なかなかいまここで私は答弁が苦しいわけでございます。 そうしたいろいろな現実を踏まえながらも、祝日としてわれわれは憲法記念日を設定しておるわけです。そのときに個々の国民が、それぞれの自由な立場に基づいて、その祝日としての中で行事をやることを、われわれは一向にそれをとめてお
先ほど申し上げましたように、この計画化ということは、特に精神面の問題、就職の自由あるいは就業の自由とか、あるいはまた結婚の自由とか、そうした問題については、なかなか計量的には出せないから、そうした問題については、もう繰り返し申し上げておりますように、特別措置法の第一条の「日本国憲法の理念にのっとり」ということ、これは、私ら決して忘れているわけではございません。同時にまた、三条、四条における全国民の理解と協力という面も、やはり強くわれわれは国民に訴えていきたい。 それと同時に、物的な問題につきましては、四十七年度の調査で、これは、やや不完全ではございますが、物的の投資額を、その当時の単価で、物価水準で換算しますと、大体四千七百億円