そうすると、残地などは別として、基本的には七百万坪以外の土地は一坪も必要としないと言い得るわけでしょう。
そうすると、残地などは別として、基本的には七百万坪以外の土地は一坪も必要としないと言い得るわけでしょう。
そうしますと、七百万坪の飛行場ですから、九十ホーンの範囲内をどの辺に押えておりますか。七百万坪の飛行場があるでしょう。それから円周に描いてどの辺の距離までを九十ホーンと考えておりますか。
そうしますと、この範囲内の人たちに対しては、あなたのほうで立ちのいてもらわなければならないのか、それとも立ちのくか立ちのかないかをここにいる地元の人たちの自由な選択にまかせるのか。
そうすると、この周辺の人たちに対しては、もはやあなたのほうでは何ら交渉の対象とは考えていない。地元が交渉に来るなら別として、あなたのほうとしては交渉の対象には考えていない、こういうことで理解してよろしいのですね。
そうすると、自由選択にまかせると言っておきながら、交渉の対象というのは、どういうことなんですか。あなたのほうが交渉に行くのでしょう。向こうから来るのを待つのですか。どうなんですか。
代替地四百万坪用意してあると言うけれども、代替地四百万坪の地域はどことどこですか。
この四百万坪の中の国有地の中に、三厘塚の宮内庁の御料牧場は含んでいますか。
現在の段階では、この四百万坪の中に含んでいないということですか。じゃ分類して、この中で県有地と国有地と私有地、三つであなた答弁されているけれども、場所はいいとして、大別した面積を言ってください。
面積ですよ。別にどこに幾らと言っているのじゃない。国有地が幾ら、県有地が幾ら、私有地が幾ら、あなたのほうで三つに分けて答えているから……。
それはおかしいじゃないですか。別に価格と関係ないでしょう。県有地が何ヘクタールある、国有地が何ヘクタールあるということ、私有地はじゃよろしいとして、県有地と国有地について、どうして面積を答えられないということがありますか。
代替地四百万坪。あなたはいま飛行場の敷地に必要なものは七百万坪なんですと、さっきはっきり言っているように、七百万坪の敷地は必要なんです。そういうことについてはいいとして、県有地が幾らあって国有地が幾らあるという、提供できる県有地、国有地が幾らあるかという、面積についても答えられないのですか。そんなことは価格と関係ないでしょう、国有地や県有地は。
どこを幾らと聞いているのじゃないですよ。飛行場の代替地として提供できる国有地は、総面積で幾らあるのか、県有地は幾らあるのかと聞いておるのですよ。どこに幾らあるということを言っているのじゃないんですよ。そのくらい答えられないことはないでしょう。
あなたのほうで内定を発表しておるにもかかわらず、半年になっても決定できないのは、あなたのほうが尽くすべき仕事をやっていないんですよ。じゃあ伺いますが、この県有地や何かは、いまあなたが言われたでしょう、農耕に適するかどうかという問題があるでしょう。たとえば房州の鬼泪山などをあなたのほうで、これは国有地だから提供できる、県有地だから提供できるといったって、あんな山がどうして農耕地になりますか。ならない。ですから、あなたのほうで発表しないんです。できないんです。ないんです。代替地なんというものは、あり得るはずがないんです。ゴルフ場三つとればいいといっているけれども、ゴルフ場は私有地です。しかも三里塚のゴルフ場など、あんなものは農耕地に適さ
たくさん来るとあなたはおっしゃいましたがね。誘致派の人たち、彼らは誘致派と言っていますが、誘致派の人たちは、どんなに大会を開いても、五十名をこえないんです。五十五名をこえていません。八街の商工会議所で絶えずやっております。しかもこの中に入っているのは、はっきり言っていいですよ、ばくち打ち、談合屋、いわばあの土地にもういられない条件を持っている人たちなんです。そういうものの言い分を聞いて、他の仕事をしている農業者の立場というものを、あなたのほうでは実情を調査してないのです。あなたのほうで、最近にでも現地へ行って、現地調査をされたかどうか、された実例があるなら、伺っておきたい。
そうしますと、あそこの居住者——土質や気象の状態は、あなたのほうの答弁でよろしいと仮定しても、あそこに住んでいる人間の状態をどうするのか、それについてあなたのほうでどうして調査されないのか。
一番重大な問題は人間の問題なんです。佐藤総理の言っているとおりなんです。一例をあげましょうか。あなたのほうでもし誠実に飛行場をあそこにしなければならぬという考えで調査をされたのなら、よくわかると思いますが、富里の役場へ向かって左側に、あそこに七軒の農家があります。あの七軒の人たちは、村山の貯水池で水没にあうので、全部移転して八街へ来たのです。そして八街で陸軍の飛行場ができるために追われて、あの人たちは行くところがない。しかも当時東条政府のもとで追い出したのですから、おまえたちはかってに行けと言われておった。そこでわれわれが協力して、あそこに三菱の岩崎の山林があって、その山林をようやく手に入れて、あそこに七軒の人たちが来て農業を営んで
あなたのほうで現地について調査してないから、私のほうから参考のために申し上げましょうか。いいですか、旧法で申し上げますよ。一町から一町五反の農家が八街で六百三十四戸、一町五反から二町が六百十五戸、二町から三町が六百八十五戸、三町以上が百二十二戸、こういうような土地を、しかもあなたのほうでは、事務当局は飛行機の上から見ておられるのですよ。それが非常にこういうような事態になってくる原因なのです。航空審議会もそうでしょう。飛行機から見ると、点々として家がある。あとは、この家を包んで広い耕地がある。それはなぜかといえば、以前あの人たちは交換分合をやって、自分の家の周辺が全部自分たちの耕作地なのです。したがって、飛行機から見て、家が点々として
私が伺っておるのは、中村運輸大臣、あなたは少なくとも主管大臣としてなぜ現地に行かれないのかということを聞いておるのです。行けないのか、それとも行く意思が全然ないのか、その点について聞いておる。
佐藤局長もお答えになられましたが、位置はあなたのほうでかってに決定できます。いまは内定ですが、決定できます。けれども、敷地を取得する見込みがあるかどうかということです。敷地を取得することができなければ、公団法にもあるでしょう、空港公団が確実に取得することができるということを認められなければ、運輸大臣は認可できないでしょう。どうなんです。位置はあなたのほうで決定して、空港公団を発足できますよ。けれども、敷地を取得することができなければ、せっかくできた空港公団、この飛行場の認可をあなたはできないんです。どうなんです。
敷地の獲得はあなたができるという確信をお持ちであるということであれば、あなたは松浦前運輸大臣から一切の引き継ぎをおやりになったでしょうが、富里、八街地区の人たちが、血書を持って当時松浦大臣のところに嘆願に来ております。あの血書をごらんになりましたか。