いや、私の判が三つ押してあるのです。
いや、私の判が三つ押してあるのです。
私が自分のボールペンで書いたのですから。
署名人は民自党の議員に非ざる名前です。民自党……国会の両院を通じての議員の名前は使つておりません。
閣僚の名前でもありません。
出たらめな名前を書いたから覚えておりません。
私の便箋に、私の印で、私が書いた字なんですから……
そこで申上げます。廣川幹事長なんというそういう責任者の名前を書くこともないし、自分は廣川さんの家へ行つたこともないから知らない。又山口さんの名前でもありません。出たらめな名前です。
それは民自党の幹部に見せたこともありません。贋物だから、落書を持つていたのですから……
ちよつと記憶はありません。
ちよつと記憶ありません。
多数の人に見せておりません。
よく覚えておりません。よく考えて見ます。
第二回目ですか。
ちよつと待つて下さい。
申上げます。国鉄労働組合の方が十五人くらい私の部屋に入つておりまして、大いに激論を闘わしておりました。本会議のベルが鳴つておるのだから行かなければならんのだ、出して呉れと言つて、それではしつかりして呉れ、ぐらついては困るぞというので、注文があるので、七八分遅れました。その押問答をしておりましたので、本会議のベルが鳴り終わつてから、七、八分経つてから自分の控室から本会議場に参りました。
それは本当です。
私が予算問題の、本会議の三日の午後四時頃と思います。本会議場で私は吉田内閣は緑風会の野田先生とか楠見先生とか、労働者農民党の木村禧八郎先生とか、その途の達人を吉田内閣に入れて内閣を改造する肚はないかということを言つた、きめ付けてやつたのです。私は野田先生を呼んだが、ところが野田先生は議場にいなくて、小川君、私の名前を大臣に入れろと言つて呉れたそうだね、あとで感謝に來たのだということで、そうですか、それは有難うございます、何とか大臣に祭り込んじやおうというので、私は抱かつて、向こうもこつちへ來いというから、政界の先輩ですから親父に抱かるつもりで抱き付いたんです。そうしてほめたことを喜んで呉れたわけです。闘志が溢れていたからつい抱き付い
全然ありません。
天下の野田俊作先生がそれに対して関係ないから、そんなこと言えませんよ、あの人は。
そういうことはありません。それは間違いであります。