今日なお外務省との間におきまして、現行の検定制度を堅持しつつどのような対応が可能であるかということを鋭意詰めている段階でございます。一致の結論を得てそれによってこの問題を円満に解決したいと考えておるわけでございますが、これは申すまでもなく相手のある問題でございますので、ただいま内容について詳細にお耳に入れるということはひとつぜひ控えさせていただきたい。
今日なお外務省との間におきまして、現行の検定制度を堅持しつつどのような対応が可能であるかということを鋭意詰めている段階でございます。一致の結論を得てそれによってこの問題を円満に解決したいと考えておるわけでございますが、これは申すまでもなく相手のある問題でございますので、ただいま内容について詳細にお耳に入れるということはひとつぜひ控えさせていただきたい。
先方の要求の趣旨は仰せのとおりだと考えております。
問題はあくまで現行の検定制度のルールに従って処理するほかないと考えております。
執筆者の自主的な判断にまるまるゆだねるべしという御要求は、これは現行の検定制度をやめろと言っておられるのに等しいことになるわけで、さようなことはできません。あくまで現行の制度のルールに従って検定を行うほかないと考えております。
具体的にここの個所の表現をこのようにしろと指示したことは文部省はかつてございませんし、そのようなことをすべきものでもございません。
韓国政府の真意につきましては、私が申し上げますよりは、外務省から御説明を申し上げた方が適当ではなかろうかと思います。
もとより無関心ではございません。全斗煥大統領の発言、直接教科書問題に言及をいたしておりません。長い間にわたる日本の朝鮮統治に対する韓国国民の強い批判、不満について述べられておるところと了解いたしております。
もとよりきわめて重大な関心を持って発言の内容を理解をいたしておるわけでございます。
さような趣旨で申し上げておるつもりでございます。
私は、かつてこの問題が国内問題であるという発言をいたしたことがございません。さようなことを強調いたしますことは、いかにもこれは国内の問題であり、日本の主権の問題であるから、要らざる世話をやいてもらいたくないというような高飛車な態度として先方の目に映るでございましょうから、さような発言をいたしたことはございません。 今回、教科書の問題は日本の主権の問題だ、さような趣旨の発言があったことは確かだと報告を聞いておりますが、格別楽観もいたしておりませんし、悲観もいたしておりません。
政府首脳は中国政府あるいは韓国政府の申し入れを内政干渉だなどと申したことはかつてございません。
個々の閣僚がそれぞれ政府の首脳であると、まあこのような使い方を通常いたしておらないと理解いたしております。
閣議における閣僚の発言につきまして、かつてこの委員会で意見を求められたことがございますが、私は私の意見を率直に申し上げまして、事態を円満に解決する上から見てきわめて遺憾な御発言であったと申し上げた、かように記憶いたしておりますし、その考え方にいまも変わりはございません。
主権の侵害である、あるいは内政干渉であるという発言は適切な発言だと思いませんし、事態の円満な解決に資するゆえんでもない、このことは先ほど来るる申し上げておるとおりでございます。
仰せのとおりでございます。
私はかつての戦争を侵略的な性格の戦争である、かような認識を持っておるわけでございます。それであるからこそ、ことごとくの教科書が、たとえば平和主義という表題のもとで戦争に対する峻厳な反省、そのことに対する責任を痛感するということを書いておるわけでございますし、日中について申しまするならば、日中共同声明について叙述するくだりで同様の趣旨を書いておるわけでございます。このような基本的な認識の裏づけとなる歴史的な客観的な事実を教科書は記載すればよろしいのであって、教科書の中に価値判断を伴うような「侵略」という用語を使用しなかったからといって、私が戦争を基本的にどのように認識しておるかということと格別矛盾することではない、こう考えております。
この場で初めて承る意見でありまして、……
私、読んでおりませんので何とも申し上げかねます。
仕組まれた云々ということは間違いだと考えております。
教科書は信憑性のある資料に基づいた事実を客観的に叙述すべきものでございましょうから、ただいま数字についての御指摘がございましたが、たとえば広島に原爆が投下されたことによる死傷者の数を一例に引きますると、これにつきましては広島市の組織的な調査があり、広島県の組織的な調査があり、さらにまた被爆者団体の調査がございます。しかも、この数字がほとんど一致いたしておりまするから、文部省は広島の原爆についてはこの三つの数字のどれをお使いになっても結構ですと、こう申しておるわけでございます。 これに反しまして、単なる伝聞に基づく数字というようなものは信憑するに足らないということ、これは学問としての歴史の世界のイロハでございましょうから、さような