海洋国家日本と言われた時代から、どんどん低落傾向をたどって、ある意味では港湾というのは日陰の存在か、これはちょっとオーバーな言い方ですよ、しかし、そういう時期を経て、国際化社会の中で、あるいは経済活動の中で港湾の占める比重というものが認識をされて、五カ年計画を何回も繰り返しながら整備を図ってきた。前段にも申し上げておりますように、港湾というのは半年や一年でできる問題ではないだけに、十年後にどうなるのか、二十年後にどういう経済活動が展開をされるのかということを前提にして五カ年計画を組んできたわけでしょう。したがって、五カ年計画と五カ年計画のはざまで取り残されるということのないように、次から次へと新しい計画を上乗せして充実強化していくと
