大体しか申せませんが、下つておるものもありますが、上つておるものもあると思います。
大体しか申せませんが、下つておるものもありますが、上つておるものもあると思います。
農村の賃金の問題については、これはよく調べないとお答えができませんが、今家計費の調べをもらいましたが、この調べによると、二十五年七月から二十六年六月、平均家計費が一〇二・八六であつたものが一〇六・七九として織り込んであります。
生産者価格を決定するときには二十五年七月から二十七年六月までの平均をとつておるのでありまして、月々にして申せば今のような点もございます。しかし平均について申しますと、私がただいま御答弁いたしたように相なつておりますことは多分お手元にあるのですから、ごらんくださるとよくわかると思います。
炭鉱労務者住宅建設の経緯につきまして申し上げます。 終戦後わが国の経済を再建するにあたりまして、まず石炭の増産が強く要請されましたが、当時の石炭鉱業は、戦時中を通じての強行出炭と償却不足によりまして、設備の荒廃が著しく、また一般的な資材の不足がこれに重なりまして、坑内外の設備をまず充実して、合理的な採炭方法により増産を実現することは、まつたく不可能な状態にあつたのであります。しかしてこの矛盾を克服するために、設備面の不備を労働力によつて補い、ともかくも増産の目標を達成するという施策が、総司令部方面より強く要請されまして、政府もこれが実現のために、多数の労務者を炭鉱に集めることと相なつたのでありまするが、当時炭鉱といたしましては、
今中曽根さんが言われました点で、当時の石炭事情につきましては私はよく存じませんが、しかしこの炭住をつくりました当時のいきさつはよく承知いたしております。この炭住をつくります当時は、御承知のように、日本の従来のものでなくして、一人に対して何坪とかいうような相当大きい要求がありまして、当時の炭鉱業者では、それは耐え得ないものであるという苦情がしばしばあつたのであります。しかし向うの厚生的な目から見て、これだけのことはぜひやらなければならぬということを強要されましたので、しかもその炭住資金を出しました当時の石炭事情は、日本として、いわゆる傾斜生産をやるくらいの事情に置かれたことは、よく中曽根さんの御承知の通りであると存じます。
その件については、政府委員より答弁いたさせます。
私が承知しておるところを申し上げます。当時の事情におきましては、GHQの方にも二つありまして、炭鉱の方の部面における係官は、この金利を引下げて五分五厘にすべきである。それで石炭の増産をやるべきであるということを言いましたが、大蔵省部面の金融を担当している方においては、金融面から特別な除外をなすべきでないということがあつたように聞いております。その点が強く出て、九分五厘というように金利が高められたのでありますが、その後におきましては、炭鉱業者は相当成績を上げたということで、これはまた下げてやつて、いささか功に報いてやつてもいいじやないかというような考え方になつたので、こういうことになつたと私は承知しております。
私の言葉がたいへん間違つておりました。もうかつたというふうにお聞きになつたのは、増産の実を大いに上げたという意味でもうけた、そういうふうに申し上げたわけであります。
私の承知しておりますところでは、当時の炭鉱業者の意思に反して押しつけた、炭鉱業者の意思に反してやらした次第でありますから、それらの措置をやることが必要であつたと思います。
供出に対しましてのお話でございますが、これは日本の食糧需給の計画から立てておるのであります。その点からこういうふうな取扱いができたのであります。 〔発言する者あり〕
お答えいたします。石炭の増産に関する一般の資金は、一般の金利で出しておるのでありまして、炭住に関する問題だけが、さつき申した通り、GHQの方の注文によつて、やむを得ず業者の意思に反してやつたのでありますから、それだけの資金は別になつておるのであります。
今おつしやられている米価については、当時としては相当であると考えております。
供出米価につきましては適当だと認めます。
約束ということは少し過ぎておつたかもしれませんが、無理やりに建てさせたという事実を申したのであります。
私が申し上げる通りであります。
経理内容等から見ますと、借金は相当大きいのでありまして、炭住資金については、最初申し上げた通り、特別なはからいをするほかない情勢に置かれたので、特別なはからいをしたものと存じます。
具体的な経理内容は今ここに持ち合しておりません。必要の場合後刻お知らせを申し上げることにいたしたいと思います。
五分五厘ということに、最初の貸出しが当時の閣議でなつておりましたので、その後かわりましたけれども、それが元にもどつたので、最初の閣議決定の五分五厘ということになつたのでございます。
繰返し申し上げまする通り、この炭住というものは、取扱いの最初のいきさつにおきまして、業者が好まざるものを、当時の占領行政下において、向うの要望によつて石炭増産のためにやむを得ずやつたのでありますから、そういう炭住のとりはからいが行われたことと存じます。
経理の内容につきましては、私ども十分調査いたします。