尾
尾津久子
證人
1948-05-21
参議院・司法委員会
主人が引つ張つていかれたのは自分にはよく分らなかつたのですから、一日も早く出るようにとお願いしましただけです。
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主人が引つ張つていかれたのは自分にはよく分らなかつたのですから、一日も早く出るようにとお願いしましただけです。
はあ。
そうです。私はその外にお願いすることはないですから。私にお産の肥立ちが悪かつたので寢ていたものですから。
上條さんの外にですか。
その事務員の者に私がお頼みしたかと仰しやるのですか。
そんなことはないです。
それは自分の亭主ですから、外の人には頼めませんことですから、自分自身でやりました。
それはないでしようと思いますけれども……。私お願いしませんから。
はあ。
私が岡戸とか松井に頼んだかとおつしやるのでしよう。
そういう話はありません。
だから、その人達は主人がいないものですから頼んだかも知れませんが、私は頼みません。
そうですね。勝手に行かれたことはあるかも知れないですね。
行つたかも分らないし、行かないかも分らない。それははつきり分りません。
まあ主人ですから、きつと行つたのじやないかと思いますけれども、私がそういう心配をしておるのですから、やはり心配して行つてたのじやないかと思いますけれども。
そういう報告は余り聞いたことはないです。
そうです。上條さんは古くから顧問弁護士になつておりましたから……。
あの方は終戰後になつたのです。その前もしておりましたが。それは上條先生の義理のお兄さんを私が、……。主人がよく知つておりまして、お医者樣で、それのあれで知つているのでございます。
いえ、終戰後だと思います。
たしかそうだと思います。