戰災のとき、私痩せました。四貫目も痩せました。それから後、自分の夫の新宿の土地に、一足も他所に行かずに住んでおりました。それで困つている方に、できないながらも、うちで皆さんをお助けして、皆さんと働いて、新宿を発展させなければならないというので、そこに「光は新宿から」というものを自分で作つたわけです。そうしてうるうちに、自分も社会のために盡して、金がなくてもいいから、自分が取らないでもよい、会社の人のために食べさせてあげないといけないというので、自分で一生懸命汗水垂らして自分自身で働きましたのです。随分困つた人に施したのですけれども……。
