この土地は、小公園として国が無償で都に貸したものでありますから、このような結果になったということにつきましては、都が、管理について国の期待に反したということはいえると思います。ただ占領下でもありますし、いろいろの事情があったことは、今から想像されるわけでありますが、都といたしましても、これを永久に貸したというのではなくて、少なくとも書類で残っておりますところでは、昭和二十四年に、六百五十坪に限って、しかも期限を四年間、建物も木造の仮建築という条件で貸しておるということでありまして、その辺は、これを公園として戻す用意をしておったと思われる点もあるわけでございます。また、かりにそうでないといたしましても、はたしてこの問題について国損が生
