大蔵省といたしましては、常に裁判の結果が最も国に有利なようにあるのにはどういうふうにしたらいいか、ということを考えておるのでございまして、和解ということの方が国にとって有利だということが訟務局長の御判断であるとすれば、それに従っていきたいと思うわけでございます。ただ本件は、衆参両院におきまして原状回復ということの非常に強い御決議がございます関係から、それに沿わないところの和解に応ぜられないという制約があるだけでございます。
大蔵省といたしましては、常に裁判の結果が最も国に有利なようにあるのにはどういうふうにしたらいいか、ということを考えておるのでございまして、和解ということの方が国にとって有利だということが訟務局長の御判断であるとすれば、それに従っていきたいと思うわけでございます。ただ本件は、衆参両院におきまして原状回復ということの非常に強い御決議がございます関係から、それに沿わないところの和解に応ぜられないという制約があるだけでございます。
二十八年六月でございます。
お説のように、占領下におきましていろいろとこみ入った事情等もあって、今から考えればやむを得なかったと思われる点があるかとも思うわけでございますが、しかし、少なくとも表面に現われておるところでは、都の使用許可の条件といたしましては、木造二階建てということで、しかも一定の期限付きで許可をしておるのでございます。許可の切れましたのちに、都知事の方から正式にこれを返還するという要請までしておるのでありますが、それに対して会社の方は、原状回復はできないということで断わっておるというような実情もございまして、そういう点から申しますと、いかにも不当の使用であるというふうに言わざるを得ないわけでございます。
私の承知いたしておりまするところでは、建築関係は東京都の所管でございまして、国が直接それにタッチしておるということは聞いておりません。
ただいまお尋ねの、換算率を朝鮮、台湾につきまして三分の二といたした根拠ということでございます。これは当時、昭和二十九年の五月であったと思いますが、在外会社令並びに金融機関再建整備法とともに閉鎖機関令につきましても同様のレートを設けて処理をするということになったわけでございます。私は当時おりませんでしたけれども、おそらくその法律の措置をめぐりまして国会では十分の論議があったと思います。私の聞いておりますところでは、換算率を設けました根拠といたしましては、その当時の外地との間の物価等から見まして適正なレートを設けられたというふうに聞いております。 御参考までに申し上げますと、関東州、満州につきましては日本円一円に対しまして一円六十銭
私といたしましては、現在手元に当時の朝鮮対内地におきまする物価の比率を示す資料がございませんので、当時法律を論議されましたときにいろいろやりとりがありましたところによって推察する以外にはないわけでございます。何分にも終戦直後のことではございませんで、昭和二十九年の五月と申しますと、相当終戦の混乱から立ち直って落ちついた世の中にある程度なっておった時代でありますので、必ずしもその問の論議が早々の間に軽率に行なわれたというふうには考えられないのでございます。いろいろな資料ないしは配慮から、この率がきめられたと思うわけでございます。当時在外公館の借り入れ金を返済するというような問題がございました。このときにとられましたレートが一円五十銭で
先ほどから繰り返し申し上げますように、私の手元にはその当時の資料といたしましては、当時のやりとりの公文書しか残っておりませんので、これがあらゆる面から見て妥当であるということを、確信を持って申し上げるわけには参らないわけでございますが、しかし、これがまたあくまで不当であるということを根拠づける資料もないわけでありまして、とにかくその当時の国会におきます慎重な御論議の末に法定されましたレートというものは、今日これを尊重しなければならないという立場で申し上げているわけでございまして、その点御了承願いたいと思います。
閉鎖機関に対する監督は、もちろん大蔵大臣に属しているわけでございますが、この閉鎖機関の清算人に関しますこまかい引き継がれた事務、たとえば債務の弁済等につきましては、特殊清算人というものが任命されておりまして、それに一任してやっているわけでございます。たとえば債務の弁済等につきましては、特殊清算人が一々大蔵大臣の認可を要することなしにこれを支払うことができる、こういうことになっているわけでございます。ただいまお尋ねの、不当な退職金をどれだけ支払ってもいいのかというようなお尋ねでございますが、実は本件につきましては、前回にも申し上げましたように、終戦の際に朝鮮、台湾両行におきまして役員会の申し合わせがあった由でございまして、そのときに、
ただいま六百八十四万円と申されましたのは、朝鮮銀行が新会社に引き継ぎをいたしました貸付金の残高であろうかと思います。これは、たまたまそのときに未回収であった分を引き継いだということでございまして、それと解散手当とを比較するのはあまり妥当ではないのではないかというふうに考えますが、いずれにいたしましても、その解散手当を支払った額という問題につきましては、先ほどから申し上げておりますように、役員会の申し合わせ等もあり、当時の定款に基づく、既定の退職金のほかに妥当な額を支払うということであります。そのレートはどの程度が妥当であるかどうかということは、当時の同様な会社の退職金等の例から見まして、おのずから常識的な限度があろうかと思います。そ
多少誤解があるようでございますが、五百三十一万六千円をほかに払っておると言われますのは、そうではございませんで、これは、当時もう外地ですでにおやめになっておるような方に対する退職金を別ワクで計上したものでございます。内地で支払いました役職員に対する退職金は、二千四百八十二名に対しまして三千九百二十九万二千円、一人当たりにいたしますと、ただいまおっしゃいましたように、大体一万五千円見当になるわけであります。これが当時の一般の退職金基準から見て高いかどうかということは、私は現在それを比較する資料を持ち合わせませんが、この退職金は、当時政府の認可を得てできておった正式の朝鮮銀行の退職金支給規程に基づくところの正確な額でございます。
先ほどから申し上げますように、一人当たり一万五千円、これが高いかどうかという問題は、ちょっとここでそれを判断する資料を持ち合わさないわけでございますが、これはあくまで退職金支給規程に基づくところの支払いでございまして、まあ銀行から見れば正規の債務になっておったわけでございます。この支払いは実は昭和二十四年ころでございまして、当時の貨幣価値から見まして相当これを割引して考えなければならないという実情でございます。 それから、五百三十一万六千円、これは多少さっきから誤解をしておられるのではないかと思いますが、これはすでに朝鮮におきましておやめになっておった方に対するところの、これも退職金支給規程に基づく正規の退職金債務を外地で支払っ
五百三十一万六千円というのは、これは先ほどから申し上げておりますように、現地でおやめになった方に対しまして現地で支払われた額でございます。支払いの時期は決してあとになって支払ったわけではございませんで、今の調べによりますと、八月十三日ころの支払いということになっておるわけでございまして、その間若干御意見の行き違いがあるのじゃなかろうかと思います。これは決して内地で払ったものではございません。現地で払ったものでございます。
私は決して朝鮮銀行の立場をかばうこともいたしておりませんし、またかばう立場にもないのでございます。
現在手元にあります資料に基づきまして——何分古いことでございますから、あるいは間違いということがあるとも思いますけれども、できるだけのことを誠意をもって御答弁している次第でございます。 五百三十一万六千円というのは、私の手元にあります限りでは、終戦のときにすでにおやめになっておった方の退職金で未払いになっておりましたものを、退職金支給規程に基づいて八月十三日ごろ支払った、こういうことになっているわけでございます。 なお、鮮銀総裁は八月上旬及び下旬ごろは京城におられたということを聞いております。
あまりこまかい資料が現在ありませんので、御満足のいく答弁になるかどうかわかりませんが、本件の七百七万六千円は、やはり先ほど申し上げましたようなことで、現地でおやめになった方に対する支払い、正規の退職金規程に基づく退職金、債務の支払いでございます。支払いの時期は、昭和二十一年五月ごろということになっております。 人数がわかりましたので申し上げます。行員が四百五十九名、金額が七百七万五千六百八十九円ということになっております。
全部が全部清算事務に携わるということは考えられないわけでございますが、実際問題といたしまして、現地におきましては、ある期間の間は相当の人数の人が清算事務に携わったというふうに聞いております。
二千四百八十二名、これは朝鮮銀行についてでございますが、これは営業停止をいたしましたときに現に役員または職員であった人の数で、ございます。実際はそれより前にすでに女子職員等相当やめておったような人がございまして、それに対してあとで解散手当を支払う、こういうふうなことで、資料の方では多少人数がふえてあがっておるというようなことでございます。
先ほど申し上げましたことを繰り返すようになりますが、終戦時の混乱のときにおきまして、正規の退職金を支払うけれども、それは事態が落ちついた後に解散手当をもって支払うという役員会の決議があったというふうに聞いているわけでございます。事実昭和三十一年の四月十日に第二十四回の衆議院の大蔵委員会附帯決議といたしまして、閉鎖機関の従業員の解雇手当の支給に関して、旧役員より指定日以前の重役会決定事項について申出があったときには、終戦時における混乱事情、他の閉鎖機関の場合との権衡等を考慮の上、政府において善処する、という附帯決議がございます。こういう点の御趣旨を尊重いたしまして、その当時の他の機関との権衡を考慮した上で、その退職金の支払いを容認した
預金者を犠牲にして解散手当を支払ったというふうな御発言でございますが、私どもはそういうふうには考えておりませんので、その間のバランスがとれているかどうかということは別問題といたしまして、解散手当を支払ったがために預金の一部切り捨てが行なわれたとか、全体の債務が弁済できなかったという事情はございません。法律上は、朝鮮銀行、台湾銀行、いずれも預金者に対しましては、完全に債務を弁済いたしていることであります。ただ、その切り捨てと申されましたのは、おそらく換算率を三分の二にきめたということが不当であるということから、三分の一が実際上切り捨てられたのじゃないかという御意見だろうかと思いますが、それは二十四国会におきまして換算率の問題は十分に論
当時は退職金は内地払いということになっておったようでございます。朝鮮銀行、台湾銀行といたしましては、これは邦貨によるところの債務——日本円による債務というふうに考えておったようでございます。現地でやめられた方は、朝鮮銀行券で現地で支払われましたが、内地にお帰りになった方につきましては、内地払いをするという定めになっておったように聞いております。大体換算率の問題は、ひとり閉鎖機関の預金者に対して適用があったわけではございませんで、当時の在外会社あるいは内地の金融機関で外地にありましたものの外地におきます預金債務並びに未払い送金債務に全部一律に適用になったわけでございまして、決して鮮銀、台銀の預金者だけが不当な扱いを受けたというふうには