終わります。
終わります。
私は、WWFジャパンの顧問をしていらっしゃいます鮎川先生にお伺いしたいと思います。 今年は、二〇〇八年を国際サンゴ礁年として国際的な取組が進んでおりますが、なかなか、日本国内ではそういうPRも不十分のような感じがいたします。 そこで、国際サンゴ礁年にふさわしい、快挙といいますか、三月二十二日に、WWFJの皆さんは、衛星利用測位システムを使って、あるいは潜水を通して、沖縄の太平洋側にあります、沖縄本島の太平洋側ですね、大浦湾にそそり立つアオサンゴと、こういうふうにマスコミは報道をしております。そして、目崎茂和南山大学教授は、内湾にこれだけのサンゴ群落があるのは珍しい、また十数メートルもそそり立った壁を形成しているのは見たことが
ありがとうございました。
社民党・護憲連合の山内徳信でございます。 私は、今日は最初に環境省にお伺いいたします。 人類にとってあるいは国際社会にとって今最も重要な問題は、地球環境あるいは自然環境をいかに守っていくかということが大きな課題であると思います。そこで、二〇〇八年を国際サンゴ礁年と決定されておりますが、その活動目標について簡単に御説明お願いしたいと思います。
国民への周知方はどのような方法を取っていらっしゃいますか。
今年の一月三十日、沖縄県の名護市の東、太平洋に面した大浦湾でアオサンゴの大群落が発見されたという報道がなされました。三月二十二日から、WWFJ、いわゆる世界自然保護基金日本は、衛星利用測位システム測量や潜水によるアオサンゴ群落の形状、分布、環境調査を行っております。 目崎茂和南山大学教授は、内湾にこれだけのサンゴ群落があるのは珍しい、また十数メートルもそそり立った壁を形成しているのは見たことがない、形状的には世界でもまれではないかと群落の存在を評価しております。 二十一世紀は環境の世紀であり、今年は北海道で洞爺湖サミットが開かれ、地球温暖化問題、地球環境の問題がテーマになります。南の亜熱帯を象徴するアオサンゴの大群落が発見さ
環境省にあと一点だけお伺いしておきたいんですが、環境省は報告を受ける省庁ですか。こういうこれだけのまれに見るのが発見されたときには、胸を躍らせて部下の課長かあるいは係長ぐらい三、四名行って現場、現地をちゃんと見てカメラに写してこいと、このぐらいは臨機応変に動かなければ、環境を守る省庁としてはちょっと後ろ向きと言われても返す言葉ありますか。
その報告を受けてその後必要な調査をやりたいと、こういうふうに受け取っておいてよろしゅうございますか。
次は外務省の方にお伺いいたします。ほとんど日米地位協定に関する問題で私の持ち時間は終わるかと思います。じっくり外務大臣と論議を深めていきたいと思います。 民主党、国民新党、社民党は、日米地位協定の改正案を四月三日、三党の幹事長始め関係国会議員そろって町村官房長官、高村外務大臣に提案をいたしまして、是非地位協定の改正をと、こういう要請をしたところでございます。この動きは日米関係の新しい歴史を創造する第一歩であると、そういうふうな思いをしておるところでございます。 官房長官は、しっかり検討させていただきますと、こういうふうに回答されました。外務大臣は、検討をする、検討はという言葉を検討をという言葉に皆さんの前で訂正をされて、誠心
ケビン・メア在沖米総領事は、三日の定例記者会見で、日米地位協定改定の動きについて次のように言っております。ある政治家と団体が政治的に利用し、政争の具にしようとしていることは非常に残念だと批判をしております。日米地位協定の改正要求は、事件、事故が発生するたびごとに県民、国民の大きな世論となっております。ケビン・メア総領事による今回の三政党の日米地位協定改正の要請に対し公然と批判し、その動きを押しつぶそうとする発言は、主権国家、独立国家の公の政党に対する許し難い介入であります。 日本の外務大臣として、ケビン・アメリカ総領事の発言をどのように認識され、そしてその発言は総領事の任務の範囲内の発言とお考えですか。大臣の御見解をお伺いいたし
日本の外務大臣として、一介の総領事のこの発言に対して余りかばい立てするようなそういう答弁は私は望みません。もっと毅然として、やはり日本の外務大臣だと、こういう発言を私も含めて国民は期待しておるんです。 次に進めていきますが、ケビン・メア総領事は事あるたびごとに県民感情を逆なでする発言を繰り返しております。占領意識丸出しの人間を望ましい外交官のタイプと外務大臣はお考えですか。
私は基地の村の村長を二十四年やってきて、フェザーストーンさんという当時の総領事、そして歴代の総領事と毎年数回ずつ会う、そういう機会がございましたが、みんなさすが外交官だと私は思いました。ところが、このケビン・メアさんが来られてから、本当に沖縄で事故、事件が起こるたびに物議を醸すような、県民感情を逆なでするような発言がございます。 そういう意味で、是非、大臣、担当職員にその資料を集めてもらいまして目を通しておいていただきたいと思います。私の手元にもございますから、もし必要でしたら職員をよこしていただきたいと思います。 私は、日本政府は日米地位協定は諸外国の地位協定と比較して劣ってはいないと、こういう趣旨の発言を外務大臣はなさっ
社民党・護憲連合の山内徳信でございます。 私は、二月十二日から十四日にかけまして沖縄及び北方問題特別委員会は、沖縄の振興開発及び基地問題等に関する実態調査ということで沖縄に参りました。そういう実態調査をしていただきました委員会の皆さん方に、沖縄出身の国会議員の一人として心から感謝を申し上げております。 沖縄の抱えておる産業振興と雇用問題、過重な基地負担、普天間飛行場の問題、少女暴行事件問題、日米地位協定の抜本的改正の問題、あるいはキャンプ・ハンセンにおける伊芸区からのレンジ4への移転の早急な実現等々、大変胸の痛くなる、そういう訴えがございました。離島宮古に参りまして、医療問題が関係者から強く訴えられております。本当に深刻な思
二番目に、中部の市町村長会から少女暴行事件問題と、そして普天間飛行場の早期返還が強く訴えられておりましたし、その中で特に絞って最後に訴えておりましたのが、沖縄県中部市町村長会から強い要請のありました事項として、沖縄振興中部国際文化交流センター建設構想の件がございました。 内閣府として、沖縄振興の観点からその実現に向けた御努力を是非お願いをして、その実現によって基地が集中しておるこの中部全体の振興、発展に寄与することができるだろうと、こういうふうに考えて、ここで大臣の決意を伺っておきたいと思います。よろしくお願いします。
大臣の予算の概要説明の中にもございましたが、離島、へき地の医療確保対策ということが強調されてございました。 沖縄本島の離島、宮古群島とか八重山群島、そして北部の市町村長たちとお話合いをしましたときにも出てまいりましたのが医療の問題でした。とりわけ、宮古に参りましたときに、産科の医者がいないと、そういう自治体がございました。ところが、その自治体は日本一出生率の高いところと。赤ちゃんを産むのにその島からさらに次の宮古島市に船で移らなければいけないと。そういうような深刻な医師不足のことが切々と訴えられておりました。 そういうことで、医師の確保問題は行政にとっても、今や沖縄だけじゃなくて日本全体そういう医療の崩壊現象があります。その
私が通告いたしましたのはその三点でございます。 もう少し持ち時間残っておりますから、あと一点ぐらい付け加えて質問をいたしますが、私は、読谷に二つ飛行場がありまして、日本軍の造った旧読谷飛行場、米軍の造ったボーローポイントという飛行場がございます。ボーローポイントは約百八十ヘクタール、そういう返還をずっと求めてまいりました。そして、読谷飛行場についても返還を求めて、今跡地利用の真っ最中でございます。その御支援もいただいておるわけでございます。 そこで申し上げたいんですが、普天間飛行場の跡地利用については、内閣府のこの予算の概要説明にも跡地利用あるいは返還という言葉が出てきております。 なぜこの問題が一向に前に進まないかのこ
社民党・護憲連合の山内徳信でございます。 二月に、沖縄及び北方特別委員会は、二日間にわたって沖縄の産業経済あるいは基地問題の調査で参りました。その場でも強い要請がございましたが、また今日も、私から普天間飛行場の一日も早い閉鎖、撤退、返還を求めての質問を行います。 なぜ閉鎖、撤退、返還かといいますと、その理由から申し上げたいと思います。 その一つは、普天間飛行場は米海兵隊の基地であることは防衛大臣、外務大臣もよく御承知のとおりでありますが、宜野湾市の市街地の真ん中に基地がありまして、これは異常な基地でございます。したがいまして、異常とも言える、あるいは殺人的な爆音が朝早い時間から夜の十一時までもまき散らされている。ヘリコプ
少なくとも、主権国家、独立国家の日本国内におけるアメリカの海兵隊の飛行場がこのような、滑走路の向こうの方に、いわゆるクリアゾーン地域に小学校があるということはこれは大変異常な状況でございますから、外務大臣も防衛大臣もこの深刻な状態を認識をしていただきたいと思います。 前に進めてまいりますが、二月十三日、ホワイトハウスの報道官、ペリノという報道官は、基地は撤退を求められれば撤退する、撤退しないのは求められていないからだと、こういう発言をしております。これはAFP通信からそういう情報が入っております。 市民を代表いたしまして宜野湾市の伊波洋一市長は、先月、外務省、防衛省にも要請に伺っておりますが、恐らく大臣には直接要請の機会はつ
クリアゾーンについての今説明もございましたが、いずれにしろ、この普天間飛行場というのは、アメリカ軍が上陸をしてきて、そして早い時期にそこに九つもあった集落を全部そこから立ち退きをさせて飛行場できていくんですね。そして、その向こうの方に飛行場ができて、その近くに小学校ができると。こういうふうにあれからもう六十三年もたって、世の中もここまで落ち着いてきておるわけです。ですから、そういう意味で、やはり危険な飛行場ということにはもう間違いがないわけでございますから。 それで、一度は石破大臣もラムズフェルドと同じように、那覇空港に来られてヘリコプターで、できたら私も、喜納昌吉、地元の外防の委員も一緒に乗りまして、いかに普天間飛行場が危険な
はい。じゃ大臣、一緒に飛行機乗りましょうという。