辺野古新基地建設をめぐっては、その予定されておる場所は辺野古の海域ですね。そこに影響のある、すなわち今回のアセスメントの対象地域は辺野古と宜野座、特に宜野座の松田の陸域、海域が対象になっておると私は考えておりますが、そういう理解の仕方でよろしゅうございますか。
辺野古新基地建設をめぐっては、その予定されておる場所は辺野古の海域ですね。そこに影響のある、すなわち今回のアセスメントの対象地域は辺野古と宜野座、特に宜野座の松田の陸域、海域が対象になっておると私は考えておりますが、そういう理解の仕方でよろしゅうございますか。
私は局長の考え方を伺っておるんです。
今の質疑を通して明らかになったのは、やはり今回のこれで見ても、ジュゴンの回遊した海域は辺野古海域が中心になっていたということでございます。これは、環境省のこの資料で明らかになっております。 次に進めていきたいと思いますが、環境省のこの表二ですね、これはヘリコプターによるジュゴンのフォロー調査結果でありますが、緑の点々で示されておりますが、そのナンバー十六―九、ジュゴンの移動をこれは十五分ごとに示した環境省の記録でございます。 改めてここで質問いたしますが、このジュゴンのナンバー十六―九のジュゴンの右の欄では、辺野古沖をゆっくりと北上し、長島、平島辺りをUターンして南下していったと。このことを確認できるかできないかだけの話です
余り自分たちの調査ではないからとかおっしゃらぬで、あなた方のアセスメントの基礎資料はほとんどジュゴン等々については環境省のものでしょう。ですから、それは持って回らぬで、そうですと、確認できますとおっしゃったらいいと思います。 あと三分ありますから、あと一つ進めていきたいと思います。 皆さんのアセスメントの資料を見ますと、金武湾から宜野座村沖のジュゴンの頭数は二頭と、二頭と記載されております。ところが、環境省のこの表、表の二では、ナンバー十六―一、ナンバー十六―二、ナンバー十六―六、ナンバー十六―九が宜野座沖で発見されたとしているが、なぜ頭数を二頭しか防衛省のものには記載していないんですかということと、辺野古沖を回遊していたナ
もう時間だと思いますから、私はここで、引き続きこれは次回に回しますが、あなたが、局長がそんなことをおっしゃるんだろうと思ったから、私はこの図五を持ってきてあります。したがいまして、今の答弁が虚偽答弁になることを皆さんはお気付きでないんですか。これがどうして、辺野古沖であって、あなたもこれをさっき認めたじゃない、これは。 ですから、今、中途半端でありますが、これで終わります。
今回審議に付されております四件につきましては、特に国際通貨基金協定には若干問題が残っておると思います、今さっきも御指摘がございましたが。この点については、今後、外務省の努力を求めて、基本的には四件に賛成する立場を表明をして、以下、質問に入ります。 先ほどもまた、民主党の方からもあるいは共産党の方からも、あるいは前回の委員会でもこの密約の件につきましては指摘がありましたし、是非証人としてこの場においでいただこうと、こういう話が進んできております。 今のやり取りを聞いておりますと、これは国民から、政治家とか行政はうそつきだと、こう言われるのもこれはもう無理はないと。私は、やはり真実は政治の場でも行政の場でも明らかにしていくのが行
少なくとも日本の外務大臣として、コメントできないというのは、やはりこの参議院の外交防衛委員会を何とお考えですか。私は、この場に至ってもなお政府は存在しないとか隠ぺいし続けるということは、これは問題です。 したがいまして、委員長にお願い申し上げたいのは、この場に元外務次官の村田さんを是非お呼びいただきたいと、こういうお願いをいたします。
はい、分かりました。 次は、私は、防衛省のアセスの方法書と準備書をめぐる改ざん。最近、改ざんという言葉が文科省でも使われてきました、教科書の改ざんとか。こういうことが環境アセスをめぐってもあるわけであります。既に大臣の耳にも達しておると思いますが、少し読ませていただきます。 二〇〇五年、平成十七年三月七日、環境省が辺野古海域で発見したナンバー十六—九ジュゴンが、準備書第六章の表六・十六・一・七、「沖縄島におけるその他の既往調査によるジュゴンの最小発見個体数」には記載されていません。また、図六・十六・一・二十七、「沖縄島におけるその他の既往調査によるジュゴン確認位置及び調査時期別の最小発見個体数」でも記載されていません。
余りね、私の時間を奪うなよ。
その説明は通らない。 時間ないから、問題点を読み上げます。 〇九年六月十五日に沖縄県に提出した「住民等意見の概要と」、事業者、これは防衛省です、「事業者の見解」。沖縄防衛局作成の「(16)ジュゴン」でも、「ジュゴンの生息は辺野古沖では平成十一年度まで、」「確認されましたが、その後は確認されていません。」と書いていますよ。辺野古沖で発見されたナンバー十六—九ジュゴンの存在が記載されていないのはなぜかということをずっとさっきから申し上げているんです。 続けて読みます。 二〇〇七年、平成十九年八月、那覇防衛施設局、これ当時、が提出した方法書の表三・一・五・四、「ジュゴンの確認状況」(三—六三)には、ナンバー十六—九ジュゴン
ここら辺はミスがありましたねとか、こういう答弁が出てくるかと思ったら、準備書にこれだけの事実があって、環境省がこんなに七時間と十一分回遊したと詳しく書いてあるのに、なぜこの分だけが欠落するんですか。そして、平成十一年までしかいなかった、確認できなかったなんて、これは大臣の責任というよりも、事務方が、担当がこういう重要な事実があるのを意識的にやはり削ったと、こういうふうに指摘せざるを得ないと思います。 したがって、これは、今日はもう時間だと思いますから終わりますが、引き続きやりますから。沖縄県の環境影響審査会を何と心得ておるんですか。まじめに事実を提示して審査してもらわぬと、できるのもできなくなりますよ。そうでしょう。一言、この指
終わります。 ─────────────
私は、十五分の持ち時間の中で、最初に、沖縄出身の議員として感謝の言葉をあらかじめ申し上げたいと思っています。 私は、やっと日本政府が沖縄に対する責任を果たす具体的な動きが今回の大学院大学の構想であると思っております。そして、衆議院における法案あるいは修正、そして、今日、各政党の質疑者の質疑を通して、この過去に経験のない沖縄の自立という、沖縄の大地にしっかり足を据えて、そして対外的には国際的な技術のそういう国際貢献ができるようにというこの構想は、私たち沖縄の者にとっては初めての喜びであり、感慨ひとしおでございます。そういう意味で、私は心から関係者の御努力に敬意を表したいと思います。 私は、沖縄が復帰して十年たったときに、国会に
ここら辺で論議を深めたいとも思いますが、持ち時間が少のうございますから、次に進めていきたいと思います。 沖縄の自立的発展は何によって阻害されておるとお考えですか。特に、これはもう一九四五年のあの沖縄戦以後、今日までのことに限定をして質問をしておきたいと思います。
沖縄の自立を阻害してきた戦後の要因は幾つかありますが、多くは申し上げません。 一つは、日米安保体制ができて、そのことによって基地負担が今日でも日本全体の七五%が沖縄にあって、土地利用がやはり思うように進められない、都市計画が思うように進められないと、こういうことだと思います。 その他幾つもございますが、その他に触れる時間はございませんが、やはり今の沖縄の基地の実態に対して、沖縄担当大臣として、この沖縄の自立的発展と結び付けて、グアム協定の中身じゃなくして、大臣の率直なお気持ちを伺っておきたいと思います。
私は、大学院大学をつくろうと、こういうふうに構想をまとめられた方々は、従来のいわゆる既成概念を乗り越えて新しい時代を日本の一県である沖縄につくろうと、こういう思いがあったんだろうと思います。 したがいまして、二十一世紀、環境の世紀の初頭において大学院大学を沖縄というところにつくろうというこういう大胆な発想、そして今日は各政党の皆さん方から法案をめぐる非常に重要な御指摘がございました。是非、そういう指摘も生かされて、この大学院大学が成功して、日本の国民としてこの大学の成果をもって世界に誇れるようなそういう大学院、世界に誇れるようなそういう日本の文教行政にしていく必要があると思っております。 そこで、私は、基地問題についてもそう
終わります。
今日は、四名の参考人の現地における御奮闘がよく分かりました。心から敬意を表したいと思います。 それで、質問と提言みたいな形になりますが、佐渡友参考人に申し上げたいのは、あなたの説明を聞いていて、私はいろんなことを教えられました。また、次々と頭に浮かんできたんです。そういう意味で、やはり日本が、日本の若い人々がアフリカのために何ができるか、何をやっていくのか、共に歩んでいくためにどういうことが必要なのかと、こういうふうなことを教えられましたし、そして私からも提言も申し上げたいと思います。 それで、年も聞かせていただいたんですが、弱冠三十歳、非常にうらやましくなりました。お茶の話ですから、私も静岡県の島田市の島田高校で教鞭を執っ
ただいま審議されております三つの協定について、私は基本的に同意する立場であります。とりわけ、ベトナムとの関係について、少しだけ総括的な立場から外務大臣の、あるいは防衛大臣の御認識もお伺いしておきたいと思います。 御承知のように、ベトナム戦争は、アメリカが言っておりますように、日本なくしてはベトナム戦争は戦えなかったと、こういうふうに言われておるわけです。たしか神奈川県にあります相模原からアメリカ軍の戦車は送り込まれていきます。そして、横須賀とかあるいは佐世保とか那覇軍港等からは艦船がベトナムに参ります。そして、港湾労働者も送り込まれてまいります。嘉手納飛行場からはB52が連日連夜爆弾を満載して攻撃に行っております。 その結果
私は、次に、辺野古新基地建設の突堤の問題とオスプレーの質問をしたいと思いますが、私の持ち時間は十二時四十七分まででございますから、この二つはできないと思っておりますが。 まず、防衛省にお伺いいたします。 普天間における事故ヘリの修理についてでございます。過去十年間、二〇〇〇年から今年まで、事故ヘリの修理のために大型輸送機で海外に運んだという実績がありますでしょうか。簡単にお答えください。