ただいまの宮崎君の動議に御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
ただいまの宮崎君の動議に御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
御異議ないと認めます。 それでは、委員長に加藤修一君を指名いたします。 ───────────── 〔加藤修一君委員長席に着く〕
どうも時間が大分長くなりまして御苦労さんでございます。 実は、私は一九二七年生まれなもので、いわゆる旧大日本帝国の教育を受けたわけですね、戦争が終わるまで。戦争が終わったときに改めてもう一遍大学へ行き直したんですけれども。 それで、私どもの世代から言わせると、昔の大日本帝国の教科書というのは、小学校算術というのがあって、黒い表紙のやつ、ずっと変わらないんですよね、これは。ところが、その算術教育を受けた者がなかなかよく伸びておると言ったらおかしいですけれども、松下幸之助さんも小学校算術をちょっとやっているんですね。あの人は学校へ行かずにすばらしい実業家になられた、また技術者でもあったわけですね。 そういうことを含めて、私ど
藤原先生、それをやっていけば私はできるだろうと思うんですが、国の施策としてそういうことを取り組んでやろうとなった場合には、当然教員もそのことを勉強せぬといけませんし、支援の条件もつくらなきゃいかぬですよね。しかし、そういうことは先生の御体験からいったら可能じゃないかとお考えだと私は思うんですけれどもね。 例えば、それをもし国が本気になってやれば、例えば二年なり三年なりの計画を持ってやれば可能だと、こう私は思うんですが、その辺はいかがですか。
それから、下谷参考人が考える力ということを言われたんですが、私も思うのは、私と同じ年の同じ田舎で、もう今は隠居したんですけれども、いわゆる建具屋さんです、子供のうち、高等小学校から建具屋さんでね。それがよく言うんですよ。おい、このごろ大学を出たやつは何にもできないんだなと。要するに、基本的な数の考え方がわからないものだから、建具職人というのはいろいろな数を扱うわけですよね。場合によっては微分積分の、先ほど嫌いだったけれども、発想なんかも出てきますからね。そういう中で彼がいろいろ言っておった中で、私どもも思うんですけれども、例えば昔のツルカメ算とか池の端算とか、文字を使わずに一生懸命になって一次方程式を解く訓練も小学校でやったわけです
時間がないんですが、あと下谷参考人から、学校の姿というか、こんな学校の姿だったらいいんだけどなというふうなお考えはございませんか。 実際に中小企業で頑張っておられる経営者の皆さんや働いておる皆さんが、学校がこんなだったらもっといいんだけどなというふうな、こういうイメージがありましたら。
どうもありがとうございました。
十三年ぶりにこの国民生活調査会での発言をさせてもらうわけですが、随分昔と違った感じで、大変勉強しておりますが、調査会は今から三年間かかって国会並びに政府に対して我々が調査したことを報告する、こういう任務があるわけでして、したがって二十一世紀のかなり何十年間か、何十年というとしかられますか、少なくとも十年ぐらいの展望に立った格好での報告をしなければいけないだろうと思うんです。 ただ、政府は、今差し迫っておりますから、どういうことを考えているんだということで、きょうは政府の考え方を聞こうというので小林さんにも来てもらってプログラムの説明を聞いたんですけれども、私どもは今からいろいろ議論をしてみんなで知恵出し合って、またあちらこちらに
しっかりやってください。 終わります。
ちょっと初めに委員長にお願いしておきますが、山本香苗委員の質問のようなことをひとつぜひ文教委員会全体で議論できるような機会をまた理事懇等で御検討いただきたいと思っております。 そのお話の中に小野事務次官のお話もあったんですが、文部省の皆さんは他の省庁と違って本当に大変な苦労の中で日本の教育に当たるわけなんですね。ですから、他の省庁とは違って、そういう日本の国の教育はどうあるべきかというようなことで大変御苦労願っていると思うんですね。 いろんなことを言われますが、私は初めてヨーロッパへ行ったのが昭和四十年過ぎたばかりのときですけれども、そうしたら、買い物に行ったら、その当時はまだ電算機は今のように発達していませんから、何か計算
今、放送大学の話がありましたけれども、私も実は放送大学を大分前に見に行って、将来展望なんかの話も聞いたんですが、実は、高等教育局長がお見えですからお聞きしておきたいんですけれども、大学における通信教育、これがアメリカでは非常によく発達している。日本でも大分進んではきたんだけれども、それと今の放送との関連ですね、何か含めた格好で高等教育局でも検討しておられるやに聞いているんですけれども、その辺はどうなんでしょうか。国立大学の中では例えばどの程度のことを考えているとかいうようなことは、現在まだ具体化はしていませんか。
ぜひひとつ御検討願いたいんです。 それから、フィンランドでは小学校の子供に一台ずつパソコンがついている、そういう教育をやっているんです。恐らく日本も、森内閣のときに森さんがそういうことを言われたんですけれども、やがてそういう時代になっていくとパソコンを使った教育というものがもっとうんとできるだろうと。そんなことを思うと、高等教育の中でもそれを使わぬ手はないだろうと。だれでもそこで勉強できるとなって、その中で、ただし単位を認定するとかなんとかはやっぱりシビアに、厳しくやっていったらいいと思うんですけれども。 そんなことも含めた検討、そして、もしも日本じゅうの小学校に一台ずつやると、これは大変な景気振興策になるんです。道路をつく
きょうは、大学教育、特に法律家になる人たちの教育とか、あるいは医学、薬学のところをちょっと聞こうと思っておったんですが、その前に、午前中亀井委員からお話がございましたし、今、畑野委員からお話がありましたので、ちょっと私も触れておきたいんですが、学校というのは私は役場や県庁とは違うと思うんですね。ですから、先生が朝八時出勤で五時までおって、はい、さようならと、その後は知りませんよということでいうのならば、私は教育は崩壊すると思う。自分のうちへ帰ってもお父さん、お母さんから電話がかかってくるんですよ、子供はこうだと。それにいつでも相談に乗る。あるいは子供が自分の下宿に、若い先生の、遊びに来る、一緒に遊んでやる。そういうことがあって初めて
ただいまから国民生活・経済に関する調査会を開会いたします。 本院規則第八十条の八において準用する第八十条により、年長のゆえをもちまして私が会長の選任につきその議事を主宰いたします。 これより会長の選任を行います。 つきましては、選任の方法はいかがいたしましょうか。
ただいまの中原君の動議に御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
御異議ないと認めます。 それでは、会長に直嶋正行君を指名いたします。(拍手) ───────────── 〔直嶋正行君会長席に着く〕
本日は、朝以来、具体的な項目についての確認質問といいましょうか、また問題点の指摘がずっと行われてまいりました。 今度の三法案がさまざまな立場から問題が指摘される、また法案提出の経過についてもいろんな議論、疑問が提起されているという状況ですね。そういう状況の中で、今から私が六十分間時間をいただきますので、そういうものも含めて、もう少し根っこの部分から議論をしてみたい、また見解を承りたいと思っているわけであります。 教育がこのままじゃどうにもならぬというふうな議論が随分内外で行われております。私は、三十年ちょっと前ですが、三重県で全国紙に報道された尾鷲中学校事件というのをいつもこういうときになると思い起こすんですね。漁村といって
中教審ではそういう形でのまとめ方になると思うんです。 先ほど言いました尾鷲中学の事件ですが、そのときに実はそれ以外に大学騒動がありました。東大が占拠されて大騒動になった。もちろん昭和二十年代以後も学生運動はいろんな活発なことがありました。皆さんの大先輩の事務次官をした佐野さんは当時東大の学生の自治会の会長ですよ、緑会のね。しかし、本当にそのときは日本の国を憂えて学生諸君がいろいろ運動をした。しかし、時計台の占拠のときはちょっと私もいささかびっくりしたんですね。学生運動もいろいろ変わってきたと。 しかし、それじゃ一体国が学校というものをつくってからやってきた歴史はどうなんだろうかと。我が国は明治以来ですね、国の名前でやったのは
この前もちょっと申し上げたんですが、教育刷新委員会あるいは中教審というものができていった経過、またその当時の国会の論議等をずっと見てまいりますと、やっぱり政権というものはそのときの総理を中心にして、先頭にして、その中で自分たちの考えている政治方針を貫こうとするんです。政権がかわれば政策が変わるのは、ある程度はこれはやむを得ないことだろうと思う。しかし、国家百年の大計といいますか、教育というのは政権がかわるたびにがらがら変わったらどうにもならないと思うんです。 かつて大学は象牙の塔と言われた。それは何かといったら、そういういろんなものに動かされずにあるべき教育の姿を追っていたということだろうと私は思うんです。かつては、私はこの前も
そこで、これはちょっと蛇足かもしれませんが、我が国は、明治憲法ができてから、いわゆる文部大臣、初めは文部卿と言ったんですが、ずっと続きまして、文部大臣になったのが明治十八年、森有礼が初代。遠山大臣は調べてみたら百二十六代。有馬先生が百二十二代。中曽根先生、それぞれ歴代の大臣がずっとお見えになりますが、それぞれの中で一生懸命頑張っておられたと私は思うんです。 それで、その中には特徴が二つある。一つは、政治家の出身。それはもう文部省から政治家になった人も含めて政治家といえば政治家ですよ。そういう政治家の出身で大臣になられた方と、学者から大臣になられた方、または教育の専門的立場にあることからなった方とあるんです。そのときに総理がだれだ