親権者の定めをすべき件数が一万六千件余りと三千二百件余りですから、合計二万件弱となります。裁判上の離婚は全体の十数%ですので、協議離婚でおおむね同程度の割合だとすると、年間約二十万組の父母間で離婚に伴い子の親権者の定めがされているということになります。正確な数字ではありませんけれども、年間そのぐらいのボリュームになる。 そうしますと、離婚に伴って父母のいずれかが親権者となっている子がいるケースというのは、これ一年間の数字ですから、全体にすると百万単位に上る、こう考えてよろしいでしょうか。
親権者の定めをすべき件数が一万六千件余りと三千二百件余りですから、合計二万件弱となります。裁判上の離婚は全体の十数%ですので、協議離婚でおおむね同程度の割合だとすると、年間約二十万組の父母間で離婚に伴い子の親権者の定めがされているということになります。正確な数字ではありませんけれども、年間そのぐらいのボリュームになる。 そうしますと、離婚に伴って父母のいずれかが親権者となっている子がいるケースというのは、これ一年間の数字ですから、全体にすると百万単位に上る、こう考えてよろしいでしょうか。
民事局はどうですか。大体そのぐらいの数になっていくだろうということは推定されますよね。
これは容易に推定し得るものだと思うんですが、つまり、どのぐらいの方に影響が及ぶ法案なのかということを推定されていない、その前提もなく議論がされてきているわけですが、法案が成立すれば多くの父母間で新たに共同親権への変更が請求される可能性が少なくともあります。少なくとも子が成人するまではその可能性があります。中には、相当以前にDVや虐待が原因で離婚した父母間で、加害者側が共同親権を求めるというケースもあるだろうと思います。 法案は、将来のDVや虐待のおそれがある場合には単独親権としなければならないと定めています。法務省はおとといの質疑で、過去のDVや虐待について、そのような事実が主張ないし立証されれば今後のおそれを推認する事実になる
いや、主張ないし立証されればという御答弁でしたから、必ずしも立証されなくても必要によって認められる、そういうケースがあり得るということかと伺いました。
ないではないということでしたが、相手が否定すれば難しいだろうと思うんですね。 協議離婚によって調停や裁判のような記録が残っていない、手元にメモや録音もない、いや、そもそもそうした苦しい過去からなるべく遠ざかりたいと思って記録は捨て去っているという方もいらっしゃると思うんです。 最高裁にも伺いたいと思うんですが、過去のDVや虐待の証拠となるのは被害者である本人の言葉だけ、そして相手は否定する、したがって被害の事実は認定できないということで共同親権を認めていくというケースはあり得るんではありませんか。
総合してとおっしゃるんですけれども、そのような証拠そのものが残っていなくて被害を訴える側の供述のみだと、そしてそれを相手は否定をしてくる、そのときに果たして裁判所は、いや、この事件では、このケースではDVや虐待のおそれありとまで果たして判断してくれるのか。そうとは限らないと思うんですよ。だから、合意もないのに父母に共同親権を強要し得る仕組みはやめるべきだと私は考えます。 山崎参考人が、意見陳述の最後に被害当事者からのメールを読み上げました。 既に離婚している父母も申請すれば共同親権にできるとの一文を見ました。きっと私の元夫は申請してくるでしょう。政治家はようやく立ち直りかけた私たちにまた闘えと言うのですね。平穏を手に入れたと
それは、この当事者からの声に全然向き合っておられないと思いますよ。だって裁判では、当事者は双方いるわけですから、片方の声だけに耳を傾け、全てを決めるということにはならないと思うんですね。それを否定する加害者側が、DVや虐待の場合の加害者の側の声についても聞くことになりますよね。そうして、結果としては、ああ、DVや虐待の記録は残っていませんね、今は反省している、もうやっていませんね、共同親権で今後もDVや虐待のおそれはないでしょう、そういう結論になりかねない。いや、既に現在の家裁実務の中でも、不安を感じ、被害を恐れている多くの方がいるわけです。 親権者変更の請求が、言わば遡及的に離婚後共同親権をもたらし得ることの懸念は大きいです。
適切な医療は適切な説明が前提、ですからその意味で、親権者が同意を与えることによって医療行為が行えるようになる、そういう現場の実態だということですね。
そうあるべきだと思います。 しかし、その下でどんな事態が現に起きているか。大津地裁で二〇二二年十一月十六日、娘の手術に当たって父親に説明や同意を求めなかったのは違法だとして、病院に対して慰謝料の支払を命じる判決がありました。 当時三歳だった娘が、肺の動脈弁をバルーンで拡張する手術を受けました。このバルーン手術は三歳程度までが適用で、その年齢に達しつつありました。当時、父母は婚姻中別居の状態で、父親は家庭裁判所から面会を禁止されていました。 判決は、親権は共同で行使するのが原則であり、子の治療の同意も両親で行うべきだと。例外的に一方の親権者の同意でもよしと言えるのは、親権者の意向に対立があって、説明したとしても同意されない
判決については通告をしておりますが、大臣の方で必ずしも把握されていないということであれば、これは病院が相手になった裁判です、厚労省は把握しておられますか。
一般化できるものではないとおっしゃいますけれども、現にこのような判決が出ているわけです。病院の側は困ると思うんですよ。当事者から、母親から、子の父親は面会禁止になっていると、裁判所がそう決めているという書面も持ってきていたんですね。ですから、今同居している母親の側の同意によって手術をして構わないだろうと病院はそう判断したわけです。問題は、医療機関が萎縮しないかということにあると思います。 資料の二を御覧ください。 昨年九月、日本産科婦人科学会、日本小児科学会など四学会が連名で大臣への要望を発表しています。共同親権を導入する趣旨や理念については理解するとしつつ、父母の離婚後も両方の親権者の同意を必要とすることになれば、生命、身
周知を図っても、現場では実際に困る事態が起こり得ると思うんですね。この大津の裁判の事件も、手術については父親の方が自らの同意も必要だと、こう後から裁判を起こしてきたわけですが、一方で、カルテの開示請求については、同居していない一人の親権者である父親の、一人の請求によっても開示できるはずだと、こう言って求めてきたと。 ですから、医療機関としては、親権者が、どちらも親権者だと言って治療の同意をしてきたり、あるいは開示請求をしてきたり、そのときに一緒にやることもあれば一人一人でやることもある、そういう事態に置かれて、対応によっては後から訴訟リスクを負うことになると。これは、困る事態は起こり得ると思いますよ。いや、現に起こっているわけで
私は、ガイドラインでは医療機関が安心して対応するということはなかなか難しいと思うんですよ。ガイドラインは、ないよりは参考になるかもしれません。しかし、それが裁判官を拘束するわけではありません。訴訟リスクを負うのはそれぞれの機関ですから、医療機関などですね。 法案の八百二十四条の二、一項は急迫の事情があるとき、二項は日常の行為に係る親権の行使について、父母それぞれ単独で親権を行使できると定めています。 木村参考人からは、この条文の下では、学校のプールや修学旅行、ワクチン接種や手術の予約などの決定をいつでももう一方の父母がキャンセルでき、いつまでも最終決定できない状態が生まれるという指摘がありました。言わば無限ループですね。
いや、こうした事態が婚姻中も起こり得るという説明はもうやめられるべきだと思いますよ。婚姻中に確かに起こっているその問題をどう解決するかが政治の側にも司法の側にも問われると思うんですが、婚姻中にも起こっている、だから今度、共同親権で離婚後にも新たな問題が生じてもそれは同じことですと、そういう説明はもうされないべきだと思うんですけれども。 民事局長、その認識は、この法案を提出しておきながら、提出して、その意図が、その趣旨が、いや、婚姻中でも起こっているんだから離婚後も同じように起きてもしようがないよと、それは今多くの不安の声を上げている人たちに対して、まさに崖から突き落とすような、そういう言葉だと思います。大臣も局長も、いかがですか
いや、先ほどもリスクはあるということをお認めになったわけですが、共同親権を導入し、この法案の定めるような仕組みを導入することによって新たな懸念が生まれるではないかと、そういう懸念に、批判の声にどう応えるかということが問われていると思うんですよ。 浜田参考人は、日常の養育に関する決定については監護親が行い、非監護親は監護親の権限行使を不当に妨げてはならないものとすべきだ、こういう認識を示されました。 親権者の権限行使の無限ループ、どちらかが認め、どちらかが取り消し、その無限ループを避けようと思えば、合理的な考え方だと思います。民事局長、いかがですか。
権利の濫用と判断されることがあり得ると答弁がありました。確かにそのとおりだろうと思います。 しかし、それはいつ判断されますか。裁判に訴え出て、権利の濫用だといって、不法行為だといって、一審、二審、いつ権利の濫用を、だから同居親の判断が正しいんだと、それを妨害することは許されないんだと、いつ判断してくれますか。
結局、それはいつになるか分からないですよ。数年掛かるかもしれない。そのときに、子の学校だ、病院やいろんな生活に関わる問題についての最終決定が遅れた。その遅れは取り戻すことはできないことになりかねません。 私、法務省がどれだけガイドラインなどで意義や類型を示しても、繰り返しますが、裁判所を拘束するわけではないという懸念は消えないと思うんです。そして、リーガルハラスメント、リーガルアビューズの懸念が現に具体的なものである以上は、病院や学校などが訴訟リスクを恐れて子供についての最終決定が定まらない、そういう事態はなかなか避け難いものだと思います。 この法案について、今日、もう時間がなくなってしまいますけれども、親の資力などが要件と
日本共産党を代表し、民法等一部改定案に反対の討論を行います。 本法案の最大の問題は、離婚する父母が合意をしていなくても、裁判所が離婚後共同親権を定め得る点にあります。夫婦関係が破綻しても、父母間に子の養育だけは協力、共同して責任を果たそうとする関係性の下、親権の共同行使が真摯に合意され、それが子の利益にかなうケースはあるでしょう。しかし、父母間に真摯な合意がないのに親権の共同行使を求めれば、別居親による干渉や支配を復活、継続する手段となり、結果、子の権利や福祉が損なわれてしまう危険が否定できません。 法務大臣は、合意を促していくための仕組みとし、どうしても合意ができない場合には単独でいくと答弁しました。それは条文上明記すべき
日本共産党の山添拓です。 緊急集会について、本日の御説明を受け、法制局に伺います。 日本国憲法に参議院の緊急集会を導入することについて、憲法制定議会では、民主政治を徹底させて国民の権利を十分擁護するためと説明されています。明治憲法の緊急勅令や緊急財政処分といった政府の専断による処理を排除したのは明らかですが、同時に、当時の議論では、あらかじめ国会常置委員会を設置しておき対応するという案も排除しました。 こうした経緯を踏まえると、緊急集会が民主政治の徹底を趣旨とするのは、緊急時であっても民主的に選ばれた議員によることを要求するものと理解するべきではないか。国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動するという憲法
国民代表、国民から選ばれるという点に意義があるだろうと思います。 選挙が長期間、広範囲で行えない場合は、緊急集会では対応し切れないと指摘されます。しかし、災害などで選挙が実施できない場合には、現行法上、繰延べ投票の制度があります。阪神・淡路大震災でも東日本大震災でも全国的に選挙が困難となる事態は起きず、熊本地震では三か月後に参議院選挙が行われました。災害対応という点では、能登半島地震でいまだに深刻な被害が続き、政府の対応の遅さと不十分さが指摘されますが、だからこそ選挙で民意を問うことが一層重要です。 重ねて法制局に伺います。 最高裁判決は、選挙権の制限はやむを得ないと認められる事由がなければならないとしています。加えて、